読書感想文

2000年 2月

姫野カオルコ「終業式」(新潮社):文庫:☆☆☆★

単行本時の題は「ラブレター」。文庫化時に改題された。

 高校の同級生だった男性一人と女性二人。その3人を主軸に据え、10代から30代へと歳を重ねるにつれ知り合う、新しい登場人物たち。
 そのさまざまな人間関係と恋愛模様を、すべて登場人物同士が出し合った「手紙」で綴った恋愛小説だ。

 授業中にこっそりまわすメモ用紙から、便箋に書かれた手紙。そして葉書やFAX、時にはさまざまな案内状。そういった「文章」にこめられた思いが淡々と並べられていく。
 読者は手紙の内容と、時たま記される日付でもってのみ、時の流れと人間関係の推移を推測していくしかない。

 最初は単なる実験小説を読むつもりで手にとったけど。かなり小説世界に引き込まれて楽しいひと時を過ごせた。
 ただ、普段の調子で斜め読みしてたら、人間関係がいまいち頭に入らないのには困った。結局、読了後にもう一度、ぱらぱら読み返してやっと理解できたしだい。

 この登場人物たちは、ちょうど僕の一回り上の世代。作者が意識して書いているのはわかるのだが、冒頭の高校生時代の文章表現が古臭くて、小説世界にのめりこめないのが困り物。
 だけど、彼らが大学に入る頃から、俄然面白くなってくる。

 えらくドラマティックだなあ、と感心してしまう展開だし、「ほんとに筆まめだなあ」と思ったりもした。しかし、再読した時に微妙に張られている伏線には唸らされた。
 それにしても時代の変換をまざまざと感じる。今の時代を舞台に書いたら、電子メールの占める比率がほとんどになるだろう。そして手軽に語れるぶん、もし同じ形式で綴ったら、えらく饒舌なものになるのではないか。

 「手紙」というワンクッションおいた表現でだけのみ語られる世界なだけに、どこか感情は抑えられる。どんなに感傷的な場面であっても常に一歩ひいた立場から表現される視点が妙に心地よい。(2/24記)


E・S・ガードナー「恋に落ちた伯母」(早川書房):文庫:☆★

  弁護士ペリイ・メイスンシリーズの第71作だそうな。

 48歳の富豪未亡人が恋に落ちた。結婚詐欺にあっているのではと心配する姪とその婚約者が、メイスンの元へ相談に来たところから物語りは始まる。

 正直、このシリーズは今の時代に読むとだいぶつっこみたいところがある。
 人物が類型的で深みが足りない。ストーリーが唐突でご都合主義的。そもそも、弁護士があそこまで活躍することが荒唐無稽だ、などなど。
 また、ガードナー自身に罪はないが、翻訳もだいぶ古めかしい。
 登場人物の猫撫で口調は、時に苦笑を通り越してむずがゆくなってしまうのが困り物。
 だけど、このシリーズには爽やかさがある。主人公のメイスンや秘書のデラ、私立探偵のドレイクら、おなじみのメンバーが活躍するのは読んでいてほっとする。例えがふさわしくないかもしれないが、とびきりのホームドラマを読んでいるかのよう。
 後半の法廷シーンで、メイスンがかっこよく相手を論破するのは、いつ読んでもすがすがしい。
 ちなみに、僕はメイスン・シリーズはそれほど読んだことがあるわけじゃない。学生時代に十数冊読んだ程度かな。
 なにはともあれ、息抜きに読むには最適なシリーズだ(誉めてます。念のため)(2/21記)


中嶋博行「司法戦争」(講談社):単行本:☆☆☆★

 以前にこの欄で紹介した「違法弁護」を書いた著者による第三作目。

 最高裁判事が沖縄で殺されたことをきっかけに始まる、女性検事を狂言回しにした法律サスペンス。つぎからつぎへのどんでん返しと、ダイナミックなストーリー展開。プロローグのシーンが最後で見事につながったときはうなった。動機つくりの意外性もいい。ちょっと強引なところはあるけれども。
 文章が妙に硬くて、感情移入しづらかったのが難点。僕が感情移入できてドラマにのめりこんでいれば、☆四つは固い。(2/19記)


小野不由美「月の影 影の海」(講談社):文庫:☆☆☆

 十二国記シリーズ第一作。

 いきなり高校に現れた妖魔。優等生の陽子は有無を言わせず異世界に連れ込まれ、一人ぼっちで生き抜くことを余儀なくされるが・・・

 読み始めたときは文体が素直に頭に入らずにちょっととまどったが、慣れてくると自然に物語世界に没入していく。登場人物に対する感情移入もなめらかにできた。小説の構成もうまい。ラストシーンをすぱっと切るところは、思わずうなった。
 あえて注文をつけるならば、書き込みが足りなすぎ。もっと原稿用紙をつかってほしい。とことん小説世界に没入したかった。
 グイン・サーガを読んでいてつくづく思ったが、異世界になじむにはそれ相応の文字数がいる。この小説が10倍の長さでも迷わず読んだと思う。それほど、魅力的な世界だ。(2/7記)

鴻上尚史「ドンキホーテのキッス」(扶桑社):単行本:☆☆☆★

 SPA!で連載中のエッセイ集第5弾。
 第三舞台の大ファンなので、著者の本はほぼすべて読んでいると思う。
 一回の原稿の文字数が少ないのか、説明はしなくても分かっていると思っているのか。思わせぶりな口調を多用するのが特徴だ。
 だけど、この本は楽しみながら本当にいろいろ考えさせる。
 酒の席なんかでこのエッセイ1回分のネタを話したら、最低でも1時間、長ければ一晩中でも語り合えるほど、刺激的な視点がつまっている。
 自立すること。固定概念にとらわれないこと。そして頭で考えつつ身体を動かすこと。本人もエッセイの中でぼやいているが、こうしたエッセイで小出しにするのでなく、じっくりテーマと向かい合った小説なり、演劇論なりを読んでみたいとつくづくおもう。お願いしますよ、ほんとに(2/7記)


椎名誠「新宿熱風どかどか団」(朝日新聞社):単行本:☆☆

 椎名誠による自伝小説第5弾。
 今回は「本の雑誌血風録」につづき、小説家としてデビューしたあたりの時代を書いている。
 このシリーズ最初の「哀愁の町に霧が降るのだ」から続いているのだが、後になるにつれて小説と言うよりエッセイになっているような気がする(笑)
 語り口は、いつものとおり面白い。どたばたと身の回りが変わっていくさまを、いたずらに熱っぽくなることなく、懐かしさをちょいとくわえた抑えた筆致で書かれている。
 あとがきによれば、このシリーズはあと一作で終わってしまうらしい。
 とはいえ、この時代以降の椎名誠の日常は、いろんなエッセイでたのしめるから。そっちを読んでくれってことかな。
 たしか、映画撮影のエピソードについて書かれたエッセイもあったような気がしたけど・・・僕の勘違いかなあ?(2/1記)

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