LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2012/12/30  高円寺 Showboat

出演:灰野敬二ソロ
 (灰野敬二:g,vo,electronics,etc.)

 灰野敬二は、二律背反である。
 今夜ひさしぶりに彼のソロを聴きながら、ずっとそんなことを考えていた。

 年末恒例のオールナイト・ソロは今年、夕方開始に時間軸が変更した。60歳を迎え、そろそろ体力の関係かな・・・と余計なことを考えつつライブへ向かう。実際は知らん。少なくとも年齢などを超越した、すさまじいライブだった。

 16時半に開演。終了は22時を予告された。混み具合が読めず、思い切り温かくして開場1時間前にはショーボートへ向かう。既に数人が並んでた。
 最終的には数十人もの長打となり、たぶん50〜60人が入ったはず。パイプ椅子が前詰でずらり並ぶも、立ち見出てたと思う。

 フロアは暗闇。BGMはSP盤起こしのバイオリンとピアノによるクラシック。お香の匂いが立ち込め、むろん禁煙。灰野のライブらしい雰囲気だ。
 30分ほど予定から押した17時頃に、ふらりと灰野が現れた。手には3弦の細長いネックの民族楽器。サズー、かな。彼のライブで幾度も聴いた楽器だ。
 今夜はコンタクトマイクでなく、フロアに置いたマイクで音を拾ってた。厚手の布を敷いた椅子に灰野は腰かける。
 挨拶も前置きも無く、無造作にサズーを鳴らした。

 エフェクタ無し、しばらく軽快に引いた後で灰野は歌いだす。どんな歌詞だったかは、覚えていない。途中で超ロングトーンで歌い上げた。フロアに響き渡る、甲高い喉を震わせる声。
 10分くらいかな。ひとしきり歌った後、さっくりと楽器を置いた。

 ちなみにフロアはがらんとした風景。背後にアンプが数台並び、向かって左手にマイクスタンドが数本。奥は何のためにあるか、開始時は不明だった。向かって右にはテーブルがひとつ。リズムボックスやミキサー、ノイズマシンが載る。
 中央足元にはエフェクターが15台ほどずらり。ステージは背後から数本のライトで照らすのみ。黒づくめの灰野は、やはりほとんど姿を伺えない。

 さて、楽器を置いた灰野はテーブルに向かう。リズムボックスを手早く操作し、ダイナミックなパターンをたちまち作り出した。個々の打音は音量もタイミングもバラバラ。拍の頭を巧みにずらし、奥行あるビートだ。打音の定位もそれぞれ変え、3次元的な響きが心地よい。これはライブでこそ味わえる音像だ。

 灰野はフレーム・ドラムのタールを手に持ち、つっと立ちあがる。マレットで叩き始めた。ステージ中央で舞うように。
 これもあっさり。机に戻った灰野はノイズマシンでハム・ノイズを重ねていった。
 前に見た灰野ソロでは30分くらい弾き続けが常だったため、「今年はサクサクか」と思ってしまう。それが、大きな間違いと、後で思い知るのだが。

 ひとしきりノイズをいじった後、灰野はステージ下手のマイク・スタンドへ。何かと思ったマイク・スタンドにはAir Synthが据えられていた。
 大きく身体を動かしながらAir Synthに手を押し付け、振り回す。このあたりから、ぐんとフロアの音量が上がっていった。轟く風がステージから吹き降ろす。
 ここまでで約1時間経過。ようやく、灰野はエレキギターを持った。
 
 ループされるハーシュ・ノイズで、既に耳をやられてることに気が付いた。
 灰野がかきむしるギターは、耳に届くノイズと全くリンクしない。
 ここで二律背反の一つ。轟音の中、耳を澄ませるという、矛盾を行っていた。
 
 フレーズではない。音色でもない。猛然と奔出する音の塊。ごつごつと鋭く噴き荒れる。灰野がエフェクタをいくつか操作し、音のバランスが変わった。ディストーションとリバーブとフィードバックと・・・さまざまな加工を施した、剛腕ギターがくっきり聴こえる。
 低音が空気をびりびり震わせる。メルツバウのライブみたいな極低音の圧迫感は無い。音圧が柔らかく締め付ける。

 マイクスタンドへ向かった。二本セットされ、一本はリバーブ、もう一本はドライ。
 シャウトする灰野の声(というかボリューム)に、いきなり鼓膜と脳をゆすられた。
 何を言ってるか、まったく聴き取れない。ぼくは耳鳴りで完全にやられており、ひしゃげたシャウトは、既にノイズでしかなかった。これが残念。

 灰野はエフェクターを操作しつつ、ループと生演奏のバランスを次々変えていく。
 時折ふっとすべてのループを消し、ドライな音色でギターをかき鳴らす。フレーズでなく、ストロークのスピード感とタイミングでスリルを構築した。
 楽曲の切れ目はもちろん無い。ただただ、続く。ここも、二律背反。終了地点を待ちつつも、いつまでも終わってほしくない。

 照明は色が変わっていた。暗闇の中、ライトに照らされた灰野の頭がブロンドに見える。 
 さらさらと揺れる髪。強烈なエレキギターとステージ風景のしとやかさが対照的で印象深い。

 灰野はギターを弾きながら、机にしゃがむ。輪ゴムみたいなのを持ち出し、ギターの弦に巻きつけた。ピックアップの上あたり。数本の弦をはさみ、上へ引っ張り上げてゴムのほうをはじく。サワリたっぷりのノイズがばら撒かれた。
 そのまま灰野はマイクへ向かう。叫びと歌詞。依然として、耳のせいで聞き取れない。

 スタッフがその間に、フロアへ新しい楽器を準備した。初めて見る。横置きで一メートルくらい。エレクトリック・ベースを横長にした趣きで、指板部分は琴のように駒型。だが間を空かせつつ固定された。低音楽器のようだが(ヴィーナの一種らしい。両端の瓢箪は見えなかった)。

 ギターを置いた灰野は、まずノイズマシンで甲高いループを作る。出来上がった空間で、床に置いた楽器を爪弾いた。弦を押さえ、はじく。淡々と。
 エフェクターでフレーズがループされた。立ちあがり、灰野は袖へ消える。
 BGMが加わった。うっすらと客電が着く。・・・休憩、か。
 すでに時計は20時になろうとしてる。1stセットだけで二時間半ほど経過。

 自分の耳がめちゃくちゃなことを実感。人の声がフランジャーかフィルターかかって聴こえる。ここまで轟音のライブと耳鳴りは久しぶりだ。休憩時間は20分程度。すっと灰野が現れた。再び床に座り、1stセット最後の低音楽器を鳴らした。まさに、休憩。音世界はつながったまま。
 やがて灰野はテーブルのリズム・ボックスとノイズマシンの加工に向かった。
 電子ノイズのループの中で、床置き楽器がざくざくと演奏される。

 次に灰野が持ったのは、ハーディガーディ。アンプにつながれ、冒頭からキンキン響くノイズが絶好調。腰かけたまま演奏する。ぼくから見えたのはくるくるとハンドルを回す右手だけ。
 ドローンの清流が泰然と流れる。ハンドルを回すペースは、一定とは限らない。時に鋭く、柔らかく、回転を灰野は変えた。
 ハーディガーディを持ったまま立ちあがる。無造作に鳴らし続けた後、マイクへ向かって弾き語りを始めた。
 ぼくは休憩時間で治るわけもなく、後半セットも結局、灰野が何を歌ったか聞き取れないまま。他の観客は身じろぎもせず平然と聴いてるが、耳のつくりが違うのかな。

 ハーディガーディだけで、おそらく30分以上。再び灰野はエレキギターに持ち替えた。
 超高速のストロークがすさまじい。はじけ飛ばんばかりにかき鳴らすギター。二列に並んだエフェクタ群の向かって右下、赤いのがループ用のエフェクタだろうか。
 あれを踏むたびに、ループが変わる。
 ドローン中心の轟音が、ときどき灰野の操作で入れ替わる。ループが消え、ディレイがしだいに終わり、リバーブが落とされ、ディストーションがクリーンに鳴る。
 そして、再開される轟音。

 ここの二律背反は、サウンドとは相反する演奏の安全さ。およそ暴力的な音でも、観客を含めステージから来る乱暴性は皆無だ。ストイックさと現出する音のギャップ。
 破滅的なノイズでも、不思議とやわらかさがある。
 めちゃくちゃな轟音で耳をやられ、灰野が表現する音をきちんと聞き取れてるか自信が全くない。超高周波の持続音は、単なるぼくの耳鳴りかもしれない。
 しかしこの音量による音圧が産む、気持ち良さも良くわかる。耳栓で防御したら意味が無い。悩ましい。

 マイクに向かった灰野は、つぎつぎ歌い継ぐ。譜面台に置かれた歌詞をめくってるとこから、曲をやっていたのかもしれない。ひしゃげたシャウトでしか耳に届いておらず。
 基本は自らのループとストロークを重ねるが、時間のうねりとともに音像の構成を変えていく。
 時にはストロークを思い切り強調し、スピードで突き抜けるさまがかっこいい。
 全てを止めて手刀でピックアップを叩く、ざくざくした音表現の場も。骨太な響きのまま歌を重ねる瞬間も良かった。そして、轟音へ。

 いつ終わるともしれぬ、ノイズギター。灰野は振りかぶって、柔らかくギターを弾き下ろすそぶりを幾度も繰り返した。
 その柔軟さ圧倒される。60歳とは思えない。冗談抜きで、未成年のギター小僧が暴れてるかのような、しなやかな動きだった。

 エフェクターを次々踏み、音が途切れていく。全くクリーンな状態で、灰野はエレキギターを静かに単音で鳴らした。
 間を置きつつ、ゆったりと。高く、低く、音程を変えて一音づつ丁寧に鳴らされる。
 最後に、着地した。
 その余韻を持たせ、灰野はマイクに挨拶を呟いてステージを去った。

 後半セットは2時間以上「、22時半頃かな。予告時間を軽々と越えた。しかし観客の何人かは、さらに灰野を求める。
 なんとアンコールに応えた。いきなり轟音ギター。高らかにシャウトする。
 Air Synthに向かい吹き荒す一幕も。中盤のギターもたっぷりあり、10分くらい演奏してた。最後はギターを弾きやめ、アカペラで呟く。
 深く一礼して、灰野はステージから去った。

 終わってみると、23時に時間は近い。締めて5時間くらい灰野の音に触れてたことになる。本当に、彼の音楽はすごい。このままずっと、疾走してほしい。

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