LIVE レビュー
見に行って、楽しかったLIVEの感想です。
2008/6/1 音や金時
出演:太田惠資
(太田惠資:vln,per,vo,sampler,etc.)
入り口のカンバンに書かれた、開演時間は20時。それを軽く回って、大荷物で太田惠資が登場した。観客へ詫びつつ、あっというまにステージを準備する。
エレキバイオリン2挺にアコースティックが1挺。タールとメガホンを置き、足元にエフェクターがずらり。さらに横へサンプラーを置いた。
カウンターでワインを片手に一呼吸置いたあと、ステージへ向かう。客電がすっと落ちた。
「全て即興でやります。・・・ではまず、チューニングとサウンド・チェックというものをお聴きください」
観客の笑いを誘いつつ、エレクトリックからチューニングを始める。楽器を丁寧に説明しながら。手早く終わってしまい、「あんまり面白く無かったですね」とぼやく。
次にサウンド・チェックへ。配線の問題があったのか、プラグを一度抜き差し。プラグの先を擦りながら「たまに接触不良があって、こうやって擦ります」と、解説を加える。
続いて足元のエフェクターを。うまくエフェクトがかからない。マスターと確認しながら、結線をいじる。どうやら手元側の接触関係だったらしい。
「こういうこともあります。・・・だから、もっと早く来て済ませておかないといけません」
と、苦笑して爆笑を呼んだ。
おもむろに太田は背筋を伸ばし、青いエレクトリック・バイオリンを構えた。
すっと一音。さらに、次の音へ。しずしずとライブの幕が開く。
リバーブをかかった音は足元のサンプラーへ吸い込まれ、忘れた頃にフレーズを戻した。
かなり長い周期でサンプリングしてるのか、空白をはさんでおもむろに響きがよみがえる。
そのまま即興は展開。拍子をぼやかせた息の長いフレーズがどんどん溢れ、穏やかながら芯の強い音像が膨らんだ。
次第に音が厚くなる。太田はふっとサンプラーを押した。タールのリズムが提示された。
太田はバイオリンを置いて、自らもタールへ持ち替えた。
捧げ持ったタールとサンプリング・リズムで複合ビートをしばし。微妙にポリリズミカルだった印象あり。
タールを横へ置き、アコースティック・バイオリンを構えた。
サンプリング・リズムに乗って、強くメロディを弾き絞る。歌声も飛び出した。
さらにサンプラーを押す。今度はワンコードのファンク・ビートが漂った。なんとなくマイアミあたりを連想。シンプルなリフがえんえん連なる中、バイオリンのソロが果てしなく続く。
赤いバイオリンへ持ち替えていた気がする。
再びアコースティック・バイオリンを。リズムは唐突に切り落とす。
そこからエンディングまで、静かに即興のメロディを太田は慈しみ、膨らませた。
穏やかなサウンドが店内いっぱいに広がる。約40分のソロ。
15分ほどの休憩を挟んだ後半は、すさまじい聴き応えある即興だった。今まで何度か聴いた太田のソロの中でも、ひときわ良かった。
青いエレクトリック・バイオリンを持って、静かに弦へ弓を滑らせる。長く。そして短く。リバーブのかかった音色は、どんどん深みを増す。多重録音をその場で行い、ループが深まった。
鳴り響くループへ耳を澄ませながら、太田は次々に音を重ねてゆく。音は全く濁らない。最初のサンプリングが次のサンプリングへ埋もれてゆくが、耳を澄ますと確かに存在する。
あるときはフレーズ、あるときはリズミックな響き。さまざまなアプローチを無造作に重ねる。響きはあくまでも荘厳に。多層サンプリングで一人オーケストラを見事に作り上げる、圧巻のひとときだった。
いつしか構築されたリフが繰り返される上で、存分にアドリブのフレーズが舞った。
太田はかがみこみ、バイオリンのボディを叩いたり、ぎしぎし絞ったり。リズミカルな要素を、あたりに漂うサンプリングへ加え始めた。
これからどう展開するんだろう。そう思ったところで、太田はサンプラーへ手を伸ばす。
今まで積み上げた高らかなループの響きを、潔く捨て去った。
新たに登場したのは、欧州・・・ロシア風のリズムだろうか。メガホンでひとしきり、即興ボイスを叫ぶ。
やがて青バイオリンを構えた。かなり長いフレーズのサンプリングを、時に寄り添い、時に全く独自に。サンプリングとのセッションが始めた。
ひとしきり演奏が進んだところで、このセットは終わり。まだ続くかと次の展開を待つ観客へ向かって、ぺこりと頭を下げた。
次はロック風のビートで、4小節のループ。打ち込みが派手に鳴り、ハードロック調ながら、打ち込みゆえの軽みを残した。
アコースティック・バイオリンを弾きまくり、歌いながら奏で続けた。この展開も新鮮。ロック調ながら、アコースティックの響きがカントリーっぽさも漂わす。
このブロックも、いったん終わりで区切りをつけたろうか。
次はタブラっぽい打ち込み。しばらくバイオリンのソロを重ねたあと、またもやワンコード・ファンクのビートをサンプラーから呼び出した。複合ファンクは西海岸の香りを感じたが、バイオリンが乗ったとたんに音世界ががらりと変わる。
太田の叩き込む即興ラップは、アラビック。いきなり世界が中近東へずれてゆく。
なによりもメガホンを使ったラップがかっこよかった。
それまではビートに寄り添い激しくシャウトしていたのが、メガホンでは急にクールさを。ビートの足元をすくうような冷静さが、ひときわ寸前の熱気を強調した。
アドリブはまた青いバイオリンへ戻る。サンプラーのビートを消し去り、無伴奏で。これもまた、ゆったりとフレーズが錯綜した。その場で巧みに即興フレーズをサンプリングし、あらたなメロディを重ねてゆく。
そして、おもむろに奏でる即興の美しさときたら。
ループがわずか残る中、太田はバイオリンを下ろしてマイクへ向かった。
「即興で作るメロディが頭に蓄積され、作曲になっている。よく言えば、最初から立ち会っている観客へ感謝します」
というようなことをしみじみと、告げた。
ループの音が全て止む。太田はアコースティック・バイオリンを持った。
「落ち着きたいので・・・グラッペリの"フィリンゲンの思い出"を」
丁寧に、太田はメロディを紡いだ。即興は控えめに。繰り返し、メロディを暖かくなぞる。
最期に、軽くトリルを効かせて・・・演奏が終わった。
大きな拍手が飛び交うなか、太田は深々と一礼した。約70分のソロ。
さまざまな音楽要素を縦横無尽に行き来する自由さと、サンプリングの即興多重バッキングを巧みに使い分け、とても濃密な音世界を作り上げた。
常に通低するのはきれいなメロディであり、どんな展開も受け入れる懐の深さ。寛いで聴きつつも、目の前で産まれているのはべらぼうに刺激的な音楽だ。
太田がリーダーのユニットも今後立ち上げ、さらに新しい地平へ向かう。
今夜のモチーフが、曲に昇華されるのか。ますます楽しみ。
とにかく聴きどころ満載、濃密で充実したライブだった。