LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/5/26   大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln)

 数日間のツアーと2ndのレコーディングを終えたバンドが、ホームグラウンドのin-Fでどんなライブを繰り広げるか。楽しみでいそいそ聴きに行った。
 今夜はツアーでやらなかった曲中心に選んだという。即興も考えたが結局は、曲演奏になったそう。

 今日は太田惠資が開演時間ぎりぎりに現れたため、黒田京子トリオの掟に従いMC役をつとめる。
 なんだか3人ともクールな雰囲気。心なしか、即興もシビアで鋭い刺激的な展開だった。
 どの曲も着地点を安易に見出さず、タイトかつ豊潤に進める。振り幅広く展開しつつ、しかし耳ざわりはとてもふくよか。
 相反する要素を大らかに受け止める自由な、黒田京子トリオらしい演奏だった。

「みんなー!死んでるかーい!」
 と、翠川敬基が冒頭で呼びかけ、大笑い。仲井戸麗市のTシャツを着ている。ロックンローラーを連想しつつ、楽屋で飲んで酩酊した体調に引っ掛けたようだ。
 このフレーズを気に入って、幾度か掛け声をかけていた。観客はリアクションに困り、笑うのみだったが。

<セットリスト>
1.baba yaga
2.2.5 cycle
3.Link
4.It's tune
(休憩)
5.All things flow
6.Zephyros
7.Bonfire
8.May 3rd(新曲)

 一曲目はチャイコフスキーの曲を黒田がアレンジした"baba yaga"から。イントロで太田が入りそびれ、チェロとピアノのデュオ・インプロから。
 太田はバイオリンを小脇に置き、じっと耳を傾ける。しばし二人の即興が続いたあと、ごく滑らかに弓を構えてアンサンブルへ加わった。

 この展開が、今日を象徴するシーンだった。今夜はデュオの構成になる場面が幾度もある。
 二人でも、サウンドの質感は変わらない。しかしもう一人が加わった時点で、ぐわっと音像が複雑さを増し、いわゆる"黒田トリオ"なサウンドを実感するシーンがしばしばあった。

 "baba yaga"は長い即興でイントロをじっくり作る。おもむろに太田がテーマを奏でた。
 ピチカートのばらつきはご愛嬌、翠川はぐいぐい前へ出る力強さ。黒田が微笑みながら畳み込んだ。隙間無い鍵盤の奔流が美しい。グリサンドを入れるさまも新鮮だった。

 "2.5 cycle"は富樫雅彦の曲。ひさびさの演奏かも。コンパクトな印象だが、弦2挺が強烈に迫った。濃密な音使いで、二人が絡むように弾きまくる。
 ぎしぎしとバイオリンが弦を軋ませ、チェロはメロディを解体しながら、超高音部分のポジションを指がせわしなく動いた。

「"2.5 cycle"は新しい薬です」
 唐突に即興で、太田がバイオリンを置いて喋りだす。
「裏返して脱いだ靴下もこれを振り掛けると元通り・・・のはずが、"2.5 cycle"なので、くるりと回って元通り・・・そんなわけ、あるかい!」
 最期は凄みを利かせ、一気にバイオリンのソロに雪崩れた。

 今夜、極上だったのが翠川の曲"Link"。冒頭のピアニッシモからエンディングまで、まったく隙の無い名演だった。
 イントロは極小音から。翠川がかすかにチェロで長いフレーズを弾き、バイオリンも静かに合わせる。
 ペダルを多用した黒田は、漂うロマンティシズムを強烈に示し構築。それでいて、即興要素を前面に出した。

 テーマの旋律がとても美しい。バイオリンのメロディへチェロが絡む音使いが、妙なる響きだ。即興ももちろんばっちり。太田がふんだんに旋律を溢れさせ、チェロは休み無くフリーと旋律の間を行き来する。
 ピアノがペダルを軽く踏み換えながら、切れ目を感じさせぬ雄大でふかふかの音世界を軽やかに広げた。アドリブでも流麗なフレーズが惜しみなく出る。地面ごとゆっくり浮かんでは沈むように、音世界がたゆたった。
 まさに"作曲する即興"の面目躍如なひとときだった。

 時計を確認した太田が「短めに」と前置きして、富樫雅彦の"It's tune"を。
 一気にジャジーな世界へ突入した。
 翠川は指弾きで猛然とランニングする。シンプルな刻みにとどまらず、ときおりトリッキーな引っかけフレーズを加えるのがいかにも。
 前曲とは一転、黒田はノーペダル。ファンキーな高速アドリブを弾きまくった。

 太田が弾きやめ、ボディをコツコツ叩いてリズムをとる。ピアノのフレーズが途切れた瞬間に加わった。
 この日の太田はメロディだけでなく、執拗に弦を軋ませる奏法も多用。
 後半セットだったかもしれないが、弦の底部に弓を強く押し付け、鈍い音でリズムを刻む場面も。次々と弓の毛が、ぷつぷつ切れるのもお構い無しに。

 後半セットは翠川の"All things flow"から。フリーなイントロからテーマが浮かび上がり、すぐに即興へ。3人の音が絡みあう。
  この曲でだったか。チェロのダイナミックなフレーズ展開がかっこよかった。
 バイオリンにテーマやアドリブをまかせ、ときおり波打つようにぐいぐいと骨太なリフであおる。足元から揺るがす力強さだった。

 アドリブではときおりポリリズミックな展開も。たっぷりとメロディを歌わせる。
 翠川はピアニシシモを多用し、音が埋もれ気味になる場面もあったが、音量はさほど変わっていないのに、いつの間にかチェロの音がくっきりと耳へ流れてくるのが興味深かった。

 黒田の曲"Zephyros"は、情緒をあえて控えめ。滑らかな旋律を踏まえつつ、さくさくと曲は進行する。
 即興の中から、太田がさりげなくテーマを浮かばせた。あえてくっきりとテーマを見せず、主題の提示がすぐさま即興へ溶けた。
 フリーながら3人のバランス感覚はひときわ鋭く、速度感ある音の交錯。瞬時に互いの音へ反応し自らの立ち位置をくるくると変え、スリリングに表現された。

 続いて富樫の曲、"Bonfire"。
 即興部分で太田が"焚き火"の童謡を、キーを変えてひしゃげた感じで変奏する。
 それを受けた翠川が、"蛍"の旋律を断片的に挿入した。 

 最期は翠川の新曲で、2nd用に書き下ろしたという"May 3rd"。
 ほんとうはレコ発までライブでは封印の予定だったらしい。が、さりげなくツアーでは1度演奏したとか。
「in-Fでは本邦初公開」という、謎な前置きを太田がして、
「CDも買ってもらうのが条件で今日は演奏します。ちゃんと覚えてますからね」
 と、微笑んだ。

 黒田が手を振り、テンポを提示する。このくらい?と翠川に尋ねる。
「いいけど・・・もうちょい早く」
 鷹揚ながら、きっちり決めるあたりが面白い。
 
 基本は3拍子。ゆっくりめのフレーズでバイオリンが3連符を多用し、中盤で16分音符の連続。一瞬拍の頭がわからなくなる。たぶん、変拍子じゃないと思うが・・・。
 ピアノが低音を小節の頭で淡々と鳴らし、チェロが4拍子っぽいカウンターのフレーズを。とりあえず、3拍子のままで聴いていたが。ポリリズム的にはならない。自然に拍子が変わって、また戻るかのよう。

 ハードな耳ざわりの曲調。テーマと同じ音像のままで即興へ突入する。ハイテンションでバイオリンが弦を軋ませ、チェロも立ち止まらない。ピアノが高らかに鳴った。
 エンディングは刹那。テーマへ戻り、いきなり急停止する。

 ゲネラル・パウゼかと思いきや。すかさず太田が弓を譜面台へ置いて知らんぷり。奏者がふっと緊張を切る。終わったんだ。慌てて観客が拍手をする。
 してやったり、と翠川はにんまり。太田も大きな笑みを浮かべる。
 黒田は堪えきれず、噴出していた。その笑顔のまま、メンバーを紹介してライブが終わった。最期の曲の仕掛けに見事にやられた。

 とても濃密な音がつまった、心地よいライブだった。
 ステージはどんどん進み、曲もべらぼうに長尺なわけでもない。飾りを削ぎとり、骨格のぎらつく輝きのみを魅せたような。ストイックに美しさを前面に出した。
 2ndの詳細はまだ決まっておらず、9月ごろの発売を想定という。どんな盤か、今からとても楽しみ。

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