LIVE レビュー
見に行って、楽しかったLIVEの感想です。
2007/6/16 大泉学園 in-F
出演:黒田京子トリオ
(黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln、guest on 6 マスター:b)
「演奏を始めますが・・・太田さんがきませんっ。来たら、これで殴ろうと思います」
泣きを入れながら、黒田京子がピコピコハンマーを振り上げる。なんでも前日、7時頃までin-Fで飲んでたそう。
「昨日の夜、12時半ごろに電話かかってさ。『明日の入りは6時で良いですよね?』って言ってたんだよ」
翠川敬基もぼやく。
黒田の足元はアコーディオンを準備済み。ところが前回に続いて今回も弾かれず。どの曲を想定して準備してるか不明ながら、次は聴いてみたい。
二人で相談しながら譜面を準備する。
八時半が近づいた頃。ついにデュオで開演を宣言、冒頭のMCが入った刹那。
ドアが開いて太田惠資が登場した。あまりに絶妙なタイミング。狙ったかのよう。
思わず観客から、大きな拍手が飛んだ。
そのまま翠川はチューニングを始める。すかさず手早くバイオリンをケースから出す。楽器を構え、同じくチューニング。
そして簡単に太田がメンバー紹介した。
「太田のソロからだよな」
にやつく翠川。無造作に大田はバイオリンを奏でた。
調和の取れた、上品なメロディが流れる。すかさず翠川も乗っかる。しばし少し耳を傾けていた黒田も、アンサンブルへ加わった。
実際、冒頭のモチーフはクラシック。後で別の方に伺うと、バッハだったそう。
譜面もなく、3人は朗々と音を絡ませた。
ピアノが膨らみ、チェロのボウイングが強まる。
ごく滑らかに即興へ向かった。
硬質な肌触りで三人の音が混ざる。黒田がちらり2人へ目をやり、鍵盤をそっと叩いた。
太田の横へぽつんと立ったマイクから、音が薄くリバーブをかけて広がる。バイオリンよりもピアノの音を拾って聴こえた。
翠川は軽く足でリズムを取りつつ、ボウイング主体に攻める。
バイオリンがぐいぐいアドリブへ向かい、3人の交歓はポリリズム風に成立した。
ほんのり砕けた合奏が、するり引き締まりエンディングへ。綺麗に着地。
アドリブとアンサンブルが、見事に融合した。
<セットリスト>
1.フリー“B”
2.フリー“C”〜あの日
3.It's tune
(休憩)
4.ガンボ・スープ
5.白いバラ
6.ちょっとビバップ
7.パラ・クルーシス
(アンコール)
8.清い心
(1)は最初、太田が"フリーA"と紹介。「"B"でしょ」と観客の指摘に、頷いた。
「では次、フリー"C"です」
太田が告げたとたん、黒田がショパンを弾きだした。
にっこりと微笑む太田。いくつかのモチーフを黒田が提示し、即興へ雪崩れた。
(1)に比べ、幾分フリー色が強いか。途中でピアノが淡々と刻み、太田がフラジオで静かに弾く場面に。音像が静まる。
翠川がふっと手を止め、譜面を繰った。一枚の楽譜を台へ置き、スケール大きくテーマへ。
オリジナルの"あの日"だ。
すかさずアンサンブル全体が曲想を変え、ロマンティックな世界へ向かった。
エンディングは太田と黒田がいったん着地しかける。
翠川だけがきっちりと演奏を続ける。無伴奏でテーマを広々と弾いた。
いくつか音符を抜いて、崩す。やがて2人も加わり、美しいコーダに。
富樫雅彦の"It's
tune"が選ばれた。速いテンポで太田がテーマを提示。フレーズごとにテンポを変える。
ピアノもチェロも平然と受け止め、オブリをぶつけた。
黒田は耳をたまに抑えつつ、軽やかに鍵盤を叩く。演奏前に譜面台を立て、目の前に壁を作ったのもこのあたりか。マイクで拾うピアノの音が気になったようだ。
中間部が圧巻だった。
チェロが指弾きに切り替え、猛烈なランニング・ベースを始めた。
翠川はごくごく音を抑える。サウンドのボリューム・バランスにかまわず、奔放に低音弦をはじき続ける。かすかな音で、しかし着実に、力強く。
すさまじいグルーヴ。
ときおりフレーズを崩し、オープン弦も取り混ぜた。
指先が目まぐるしく弦をうならせた。こういう翠川を久しぶりに聴くかも。
チェロは小音量なため、いきおいアンサンブルの土台はピアノに。クールなスタイルで、優雅に広がった。
バイオリンを唐突に弾きやめた太田が、タールが入った鞄をせわしげにあけた。
メガホンを取り出す。エアキャップを振り落としながら、スイッチ入れてつぶやく。横のマイクとハウってやりづらそう。
即興の強い言葉が、かぶさる。
メガホンの電源ランプが太田の下唇を、赤く照らす。ぼくの座ってた席から良く見えた。
エンディングはバイオリンとチェロのチェイス。チェロも弓弾きへ戻る。
やがてユニゾンへ。スリリングな極上のプレイだった。
この日の1stセットは、実験色とクラシックへのアプローチを融合させた。緊張感あるステージ。特に“It’s
tune”は聴き応えたっぷり。
トータルで約40分の演奏。
後半は一転、親しみやすく明快なジャズへ行った。黒田トリオの自由度高い色合いは無論残る。けれどもぐっと、アバンギャルド色を減らした印象を受けた。
丁寧に太田がメンバー紹介。2ndセットはいくつか曲を準備し、その場でどれを弾くか選んだ。
まず翠川の“ガンボ・スープ”から。
バイオリンとチェロでフリーに進行し、くっきりとテーマを弾く。
黒田はマラカスかなにかを振っていたようす。次いでリコーダーを軽く吹く。まっさきに奔放路線を進んだ。
太田のアドリブ。勇ましくぐいぐいとバイオリンを操った。チェロからピアノへ、ソロ回し。明確な展開がジャズっぽさを演出する。
リズム・パートを補強するかのごとく。チェロのソロでは太田がバイオリンのボディを、指で軽快に叩いた。
ピアノのソロはスピーディに駆け抜け、流麗さで魅せた。ピアノの小節感覚に対し、拍の頭をずらした一音を、バイオリンが強くぶつけた。幾度も、幾度も。
そして黒田の“白いバラ”。リクエスト曲だそう。
「500円もらった。飲んじゃったけど」
「なんでですか〜。3人で分けましょうよ」
にこやかな翠川へ太田が笑いながらつっこむ。
ここではピアノを弾きながらの静かな歌が、うっすら聞こえた気も。ダイナミックで叙情的な雰囲気。
明快なアレンジの前曲を払拭するかのごとく。
即興最初の箇所で、太田がマイクでドイツ語を並べ立てる。
「イッヒ・リーベ・ディッヒ」
最後に丸く治め、観客が大喜び。さらりと黒田がドイツ語で、なにやらつぶやく。
演奏時間は比較的短め。アドリブが浮遊したところで、翠川がやれ、やれと太田を促す。
戸惑う太田に向かい、嗄れ声でホーメイのしぐさをコミカルに提示した。
爆笑した太田は、一呼吸置く。おもむろに“バラが咲いた”を弾き始めた。
ロマンティックな雰囲気が一転、明快なアンサンブルへバンド全体が切り替わる。
ぐしゃぐしゃに崩した声で"バラが咲いた"を歌う太田。
最後に“イ”の歌詞からホーメイのうなりへつながりそう。見事な切り替えしに舌を巻く。実際はちょっと母音がずれたか。
豪快なホーメイがひとしきり続き、テーマへ戻る。ピチカートからピアノに音楽の主導権が流れる。そして、ふんわり着地した。
次も黒田の“ちょっとビバップ”。ライブで聴くの、ひさしぶりかも。
まずピアノのソロから。ビバップとフリーを取り混ぜた感触。いきなり途中で弾きやめた。
オンマイクが、ずっと気になってたそう。マイクを絞って、仕切りなおし。
バイオリンはスインギーに明確な即興を、力強く組み立てる。ベース役の翠川は、途中でいきなりマスターを呼び寄せた。
「やってられるか〜っ」
一声つぶやく翠川。マスターがウッド・ベースでクールなグルーヴ提示するのを確かめ、弓弾きでワイルドにぐいんぐいん弾きまくった。
ピアノのソロは豪腕に。どんどんフリー寄りだ。クラスターっぽい響きまで飛び出した。
マスターはウッドベースを黙々と弾き続ける。確かなビートがアンサンブルを支えた。
弦が弾きやめ、ベースのソロもばっちりと。
最後のテーマでは後ろから翠川の譜面を眺める。ベースも加わってキッチリまとめた。
2ndセット最後は、別の曲を選びかけた。ところが翠川がさえぎり、オリジナルの“パラ・クルーシス”を弾くことに。これもリクエストとか。
「500円。やっぱり飲んじゃった」
「あわせて千円じゃないですか」
翠川と太田の掛け合いをイントロに、勇ましく始まった。
テーマから太田のソロへ。バイオリンの弦を引き絞るごとく高音をきしませ、熱っぽく紡いだ。
この曲でもかなり明確なアレンジを採用、アドリブが交錯したと思う。
あっさり終わったためか、アンコールの拍手が止まない。
黒田が「"小鳥"か
"ホルト"を。#が4つか5つかの違いです」と、強気な選曲を提案する。
結局、翠川の提案で“清い心”が選ばれた。
チャイコフスキーを黒田がアレンジ、先月のライブで投入された曲。
無伴奏で翠川が美しいメロディをかすかに響かせる。
三人全体の盛り上がりに展開し、豊かでくつろいだ雰囲気へ。クール・ダウンを上品に仕立てた。
図らずも前半・後半セットで色合いがくっきり変わった。
黒田京子トリオの広い振り幅を、見せ付けたステージ。エンターテイメントに軸足置いた、サービス精神豊富な後半セットも可能。クラシックも取り入れ前衛を追求する前半セットが、個人的には好みかな。
今後の展開も踏まえ、色々とひときわ興味深いライブだった。