LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2004/10/5   大泉学園 In-F

  〜『ブラプロ第2楽章』
出演:黒田京子トリオ
 (翠川敬基:vc、:太田恵資:vln、黒田京子:p)

 ブラームスのピアノ・トリオを演奏するIn-F企画で、今年の頭に結成された黒田京子トリオ。
 7月に企画は完了したが、嬉しいことに継続活動をやっている。ここin-Fでは月一回ペースのライブだが、聴くのはひさしぶり。

 開演前にメンバーによるリハがずっと続いてた。黒田京子が「公開リハです」と苦笑する。
 新たなレパートリーの確認を続けてた。意外な曲もさらう。この日、本編では演奏されなかったが・・・。
 ネタバレを避けて、曲名は伏せます。
 優雅で自由度高いこのトリオが、あの曲をどう料理するか楽しみ。

 一通り客が入った20時過ぎ。ライブが始まった。
 太田恵資はアコースティック・バイオリンへ、ほんのりリバーブをかける。翠川敬基はアンプに通して演奏。
 ピアノからチェロが聴こえづらいようだ。結局、後ろの棚へチェロのアンプを載せていた。
 もっとも前のほうで聴いてると、あまりアンプは関係ない。ほぼ生音で楽しめた。

<セットリスト>
1.即興#1
2.即興#2
3.即興#3
(休憩)
4.祈り
5.Drum motion
6.ベルファスト
7.How are you?

 前半は即興、後半に曲の構成。MC役は「現場入りが遅かった人」、すなわち太田がつとめる。
「いいかげん、MC役を誰かに譲りたい」
 笑いながら太田は喋ってた。

 じゃんけんで即興の主導権役を決める。翠川、黒田、太田の順。
 実際の演奏では、やり取りのきっかけや主役がコロコロ変わる。
 しかし曲に背筋一本を通す役は、それぞれの"主導者"が担ってた。

1)まず翠川はアルペジオ風のフレーズをそっと提示。掛け合いでなぞる太田。

 白玉っぽい響きへ翠川が切り替えた。太田は翠川の冒頭フレーズを繰り返す。
 音を出すのは弦の二人。黒田は静かに聴いていた。
 つと指を上げ、鍵盤へ下ろす。するりとピアノが滑り込む。
 
 中盤は弦の二人がピチカートで応酬。ボリュームはあくまで小さい。
 ピアノはフェルトの鍵盤カバーを持ち、グランドピアノの内部弦へ押し付けた。
 右手は鍵盤を叩いたまま。強引なピアノの弱音で対抗した。

 静かなだけでなく、メロディアスに激しく、盛り上がる瞬間も。
 メリハリがしっかりして、即興とは思えぬ展開だった。

2)一呼吸置いたあと。黒田がピアノで透明な音像を作り、場の雰囲気を設定する。
 かなり旋律を意識した、穏やかな即興だったと思う。
 実はふだんの寝不足がこみ上げ、途中は優しげな音楽に包まれた印象しか残ってない。すみません。
 イントロで翠川がボディを裏から叩いてたのは、ここだったろうか。

3)冒頭は太田が激しく弓を弾きたてる。まずは自分の立ち位置を明確にした。
 チェロやピアノは隙をつかみ、登場しては静まる。
 しかし太田はかまわず、切迫したソロを続けた。

 中間部では探りあいの格好に。しかし激しさは復活。全体的にはアグレッシブな印象だ。
 バイオリンもチェロも、弓が幾本も切れておどろに。

 バイオリンが場面転換でフレーズを変化させた瞬間、ピアノが鋭い一打を叩き込む。
 その響きがとてもいかしてた。

 休憩を挟んだ後半は、パーカッション奏者の富樫雅彦の作曲を多く演奏した。
 公開リハのようすでは、黒田が選曲してるようだが・・・。
 翠川は以前、富樫のバンドにいた。だけど関係無いみたい。「もう曲を忘れちゃったよ」ととぼけて笑っていた。

4)富樫の作曲"祈り"は、黒田トリオでは初演だそう。
 テンポはおとなしいが、激しいピチカートが特徴。
 指板へ弦を叩きつけるピチカートは、"バルトーク・ピチカート"と呼ばれるらしい。
 公開リハでさらうとき、翠川が譜面を見て「バルトーク・ピッチの指示、久々に見たなあ」とつぶやいてた。

 フリーになると、弦の二人はピチカートを多用する。
 バチーンと音が断続する音像を、黒田はじっと聴いていた。
 しかし。一瞬の隙を突いて、猛烈なピアノの和音を繰り出す。

 これが素晴らしかった。複雑な響きが次々展開し、とびきりの場面転換になった。

5)アップテンポな"Drum motion"も富樫の曲。
 4拍子と5拍子が交錯するようで、テーマのアンサンブルはばらつく場面も。太田や黒田は苦笑しながら弾いていた。
 音につやが出て、味わい深い。のめりこんで聴いてたら、細かいところを覚えてない。悔しい。

6)梅津和時の作"ベルファスト"。このトリオでは馴染みのレパートリー。
 美しくも複雑なメロディで、とても好きな曲。
 曲紹介のあと、ぽつりと太田がつぶやいた。
 「よく演奏する曲ですが・・・いつもと違う"ベルファスト"に、なるといいな」

 イントロはpppのピチカート。バイオリンはかすかにテーマを奏でる。
 すっと弓を構え、朗々とバイオリンがテーマを繰り返す。ふくよかにメロディは広がった。

 黒田がここでも見事な指揮役を見せる。
 バイオリンのソロからアンサンブルの空気が、一息ついたとき。

 すかさずピアノがソロで、新たなモチーフを提示。
 テーマの断片を織り交ぜつつ、音の風景はまるで別物だ。場面転換のセンスに唸った。

 ここへ弦が加わり、エンディングへ雪崩れる。
 いつ聴いても彼らの"ベルファスト"は心地よい。

7)最後の"How are you?"も、富樫の曲。テンポは早め。
 「ラストで"How are you?"ってのも面白いでしょ、と翠川さんが選曲しました」
 と、紹介する太田。
 彼がアイリッシュっぽいフレーズをふんだんに使い、弾きまくったのはここだったか。

 さりげなく、しかしがっしりアンサンブルを支えたのは翠川。
 指弾きでウオーキング・ベースっぽい低音を、延々と繰り返す。

 無論、単なるベース役には納まらない。
 ときおりトリッキーな譜割でランダムなフレーズを織り交ぜる。時には弓も使い、響きに安定感を持たせない。

 しかし基調はウオーキング・ベース。
 熱いパワーを力任せにねじ伏せ、執拗に迫る低音。しこたま聴き応えあった。
 翠川の額は、いつのまにか汗まみれ。
 汗が頬を一筋、つっと滴り落ちた。

 バイオリンは弾きやめ、中盤でピアノとチェロのデュオでしばらく続く。
 バイオリンは二人の演奏を見つめ、入るチャンスを伺う。
 そして鋭いフレーズで切り込んだ。


 それぞれの個性で、がっぷり組み合うアンサンブルを楽しめた。

 翠川はあらゆる意味で、マイペース。
 もちろん共演者の音を聴いて対応する。しかしなによりも、音楽へのプライドを強く感じた。
 上手く言えないが・・・そうだなあ。
 たとえば。その場のサウンドや共演者へすりよって、自分の音楽を崩したりは、決してしない。

 「この高みへついてこい」といわんばかりに、自分のテンションを上げて美しい音世界を構築する。 
 さらに特殊奏法も多用。さまざまな音色をチェロから引き出す。
 ボディを手で叩き、弓の背で弦を叩く。駒の裏から弓を差し入れ、弾く姿は新鮮だった。

 左手の押さえかたも多彩だ。指の腹だけでなく横の部分も使う。
 そのうえポジションの力加減も自在に使い分け、バリエーションは果てしない。
 綺麗だったのはそっと弦を押さえ、倍音を響かせながらピアニシモで鳴るところ。

 ああいうの、どこまで録音で追体験できるだろう。生でこそ味わえる響きじゃないか。空気が玄妙に響いた。
 フリージャズの蓄積がもたらす底力と凄みを、今夜の翠川から感じた。

 引き出しの多い太田だが、あくまで今夜はバイオリンのみを使用。意図的かは分からない。
 ハンド・パーカッションやメガホンも準備してたが、使わない。歌うシーンも皆無。
 いわゆる"技"を使わず、フレーズの多彩さで対応した。

 美しいフレーズに激しいテンション、そして静かなオブリ。
 後半で曲をやってるとき、テーマの変奏でチェロのソロをバックアップするシーンが印象に残った。"祈り"でだったろうか。
 
 太田は次々とメロディを力強く広げ、アンサンブルを彩り盛り立てた。
 耳をひきつける華やかな音楽世界へ誘う。

 そして、黒田。
 彼女が「リーダー」と感じる、立ち位置を幾度も意識した。これまでのブラ・プロを聴いて感じなかったことだ。
 実際にはこのユニットで、リーダー役が設定されていないが。
 
 黒田は音を出さずに、聴くシーンがたびたび見られる。
 演奏へ加わるタイミングを計ってるかと思ってた。
 しかしそんな単純な話じゃない。さらにアンサンブルをベストな着地点へ導く道をひいているようだ。

 弾かずに聴く黒田の表情は、色々と変わる。
 音の変化に伴いにっこり微笑む時もあれば、唇をきっと締めてピアノのボディを叩く時も。
 アンサンブルの変化で黒田の表情が、刻々と変わってゆく。
 共演者を眺めるだけで、演奏の流れを無言で指揮しているように見えた。

 別にアイ・コンタクトを交わさない。
 ところが黒田の視線で、演奏の方向性が変わる瞬間も確かにあった。
 偶然かもしれないが、あれはスリリングで面白かった。

 もちろんピアノでも音を引っ張る。たまにアンサンブルが、ふっと停滞しかけたとき。
 すかさず切り込み、風景を変えた。演奏全体を引っ張る「意思」を、くっきり感じる響きが幾度もあった。
 
 だけどもう一度、強調しておきたい。
 このアンサンブルは全員が互いの音を聴き、即座に反応する。
 自在に音を変える実力は間違いなくある。
 だからこそ、奏者たちの個性が際立った音楽になった。

 どの曲か記憶が定かじゃないが。無伴奏のピアノソロから、チェロの無伴奏へ。
 そこへバイオリンが加わり、アンサンブルが膨らむ瞬間のスリルはたまらなかった。

 「ブラプロ」として、すでに第二ステップ。
 更なる高みへステップ・アップするであろう、今後の活動が楽しみ。
 
 ちなみにこの日の演奏は録音されていた。
 リリース前提なのか、ミュージシャン用の私家版かは分からない。いずれにせよ。いつの日か彼らのアンサンブルは、録音物として世に出て欲しい。
 即興は瞬間で現れては消えてゆく。だけど聴き手はもう一度、それを聴きたいんだ。

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