のんびりてきとー日記です。
BGMは、特に日記の内容とリンクしてない
場合が多々ありますが、ご容赦を・・・。
ちなみに、03/2/14までの日記はこっちです
やれやれ。
今週は仕事でばたばたし、なかなかHPを更新できませんでした。が、なんとか金曜日も完了。明日は出勤せずに休めそうです。
仕事が終わって一息ついたか、妙に唇がぴりぴり。風邪かなぁ。やだやだ。

さて、遅くなりましたが先週聴いてたライブの感想をアップしました。
そこでちょっと勉強になった(?)ことをひとつ。

「ダブ」って音楽用語がありますね。レゲエで使われるやつです。
正確な意味をぼくがこれまで誤解してたことに気づきました。

まず、正確な意味はレゲエのバージョンの一つです。語源はダビングの略だそう。エコーやディレイをふんだんに降りかけた、独特のサウンドをさすそうです。
さらに厳密に言えば、レゲエに限定される用語なのかもしれません。

これをぼくは「ダビングの略」ってとこだけどっかで聞きかじって、ディレイを幾重にも重ねた音を全部「ダブ」って呼ぶのかと勘違いしちゃってました。

先週聴いたライブで、今沢カゲロウのサウンドがそんな感じだったんですよ。
エフェクターを多用して、高速フレーズをループさせリズムトラック的に扱い、さらに違うフレーズを重ねて、多層的な音像を作ってました。

ライブ感想では、ヘタに「ダブ」って書いたら勘違いされそうなので『幾重にもループを重ねる音像」って表現にとどめました。
だけど今まで書いたライブ感想でも、この「ダブ」って表現を安易に使ってたかも。そのうち修正します。

こういうとき、つくづく「テクニカル・ターム」が欲しいですね。ふんだんな表現で読んで下さる人に音を想像させる筆力があるならいざ知らず。数少ない語彙で書いてるから、うまい表現がなかなか思いつかなくって。

しかしああいう多層的な音って、音楽用語ではなんていうんでしょう。
無理やり造語作るとハード・クロスディレイかな?・・・うーん、言葉の座りが悪いな。

今夜のBGM:Junior Wells"Baby,Please lend me alone"(1970)

 なんとなくブルーズを聞きたい気分。この盤はひさしぶりに棚から引っ張り出した。
 リーダーはジュニア・ウエルズ(vo/Harmonica)で、1969/12〜1970/1頃に録音されたらしい。
 
 ほかのメンバーはギターがバディ・ガイとルイス・マイヤーズ、ベースがアーネスト・ジョンスン、ドラムがフレッド・ビロウ、ピアノがオーティス・スパンという布陣だ。
 ライナーの表現を借りれば「当時のシカゴ・ブルーズ・シーンのトップ」メンバーたち。・・・らしい(苦笑)
 正直ぼくはブルーズって詳しくないので、バディ・ガイとオーティス・スパンくらいしか名前を知らないです。

 この盤は原盤がデルマーク。さくっとセッションして作ったアルバムらしい。ぼくは1992年にP-vineがリイシューしたCDで聴いている。
 
 イントロはスパンのほんのりホンキートンク・タッチのピアノ。無造作にリズム隊が加わり、喉を震わせ切なげにウエルズが歌う。
 間奏はガイによる泣きのギターがたんまり。
 
 ブルーズとしての出来って観点からどうなのか、はうまく言えやしない。
 だけどなんだか心に染みる演奏です。
2003年02月28日 23時54分32秒


我に時間を。
すげえ仕事がばたばたで、夜はなにもできません。ライブなんてもってのほか。先週日曜にライブ行ってきたけど、感想書き上げるのはいつになるかなぁ。下書きをちょろちょろ書いてます。そのうちアップしますね。

しかしここんところ、帰宅は連日午前さまに近いので、ゆっくり音楽も聴けません。聴きたいCDはいっぱいあるのにー。

昼休み、気分転換にネットしてて、フランク・ザッパの新譜が出てると知りました。タイトルは"HALLOWEEN"。先日リリースされた「蔵出しライブ盤」の一環みたいだ。

内容は1978年にニューヨークのパラディウムで行われた、恒例のハロウィン・ショー。一枚ものだし、たぶん全尺盤じゃないでしょう。
でもこれ、DVDのみでリリース。音だけみたいですが。
とうとうDVDのみリリースがされる時代になったのか、としみじみです。プレイヤー買わなくちゃなぁ。

ネットに曲目あったので紹介します。
1.NYC Audience
2.Ancient Armaments
3.Dancin' Fool
4.Easy Meat
5.Magic Fingers
6.Don't Eat The Yellow Snow
7.Conehead
8."Zeets"
9.Stink-Foot
10.Dinah-Moe Humm
11.Camarillo Brillo
12.Muffin Man
13.Black Napkins (The Deathless Horsie)

一曲目はたぶんオーディエンス・ノイズ。2曲目と8曲目が見覚えありません。未発表曲かな?1978年といえばワーナーと決別し、ZAPPAレーベル発表前夜のころ。
4曲目あたりの曲を連発するかと思いきや、あんがい70年代代表曲を連発なセットリストがいまいち物足りないです。

とはいえ、聴いてみたい〜。CD盤リリースされないかな。できればちゃんとした値段で(笑)
今回のDVDは20ドル。それほど突飛な値付けじゃなさそう。

今夜のBGM:prince"FASCINATION"(1998)

 プリンスの蔵出し3枚組みアルバム"Cristal ball"に同梱されてた新譜"truth"に収録されている。
 今日出勤まえに"ONE NITE ALONE..."を聴いてて、「そういやギター弾き語りのアルバムもあったっけ」と、帰宅してさっそく聴いてます。
 
 この頃のプリンスは、ぼくがちょっと冷めかけていたのと、怒涛のリリースが重なった時期で、ほとんど聞き込めていないのが正直なところ。
 だが単なるギターアルバムで終わらせず、曲によって次第に厚くなるアレンジの流れがけっこう好きなアルバムだ。

 とはいえ"FASCINATION"は弾き語りとはほど遠い。アップテンポに押し、さらに多重録音ハーモニーもごっそり聴ける快調な出来に仕上がった。
 リズムは軽快で、低音は控えめ。たまにベースがうなるくらいで、浮遊感たっぷり。 
 あちこちで聴ける多重ハーモニーがとにかく好き。甘くベタっとまとわりつく響きがたまりません。
2003年02月27日 00時33分16秒


だるー。
熱っぽい〜。だるい〜。会社を早引けして寝てました。外は雪が降るほど寒い。今はもうやんでるのかな。
午後に薬飲んでうとうとしたら、ちょっと楽になった。

ずっとユッスーの新譜をリピートさせてたけど、どうも音に馴染めない。
大絶賛する気持ちはわかる。が、どういう観点で彼を評価してるのか。
つまり、ユッスーに何を求めているんだろう。

先日リリースされた"Nothing in vain"は、アレンジの完成度は極上だ。
しかしアフリカ音楽として聞いた場合、異様さを感じないだろうか。
ここではあらゆる音が計算し尽くされ、即興や繰り返しの余地はない。ポップスとして完成している。

アフリカ音楽って、繰り返しの即興性こそが命では。ユッスー自身も、自国向けではそういう音楽をやっている。
本盤はあくまで西洋マーケット向けに製作された。
が、自分のルーツを西洋音楽と融合させオリジナリティにまで昇華した、とは聴こえない。

この盤で評価すべきは、ユッスー自身の西洋コンプレックスがないところ。
プロデューサーに頼らず、ロック・ビートに頼らない。
あっけらかんとアフリカン・パーカッションをダビングし、開き直ってる。

たとえばプリンスみたいに自らを「異形」と位置づけたうえで、独自の音作りを始めた時、ぼくはほんとにユッスーを好きになると思う。

まだユッスーはフリークスとして自分を客観視してないようだ。ユッスーは明らかに自国の音楽シーンからはみだしている。もちろんいい意味で。その立場をきっちり意識して欲しい。

だからこそ、次の盤を楽しみにしたい。
この盤はよくできてるが、プラスティックな作り物、傷跡の見えないフランケンシュタインの香りがそこここに漂う。

そんなひねくれた聴き方なので、本盤を手放しに絶賛するレビューは違和感ある。この盤は単なる一里塚。方向性を模索した、途中経過だと思う。

マッチポンプするつもりはない。人のレビューにケチつけるわけでもない。
論点があいまいになってきたが、ようはこういうこと。

歌声が個性的だからわかりにくいが、ユッスーのバックトラックは基本的に厚化粧だ。
とにかくベタっと楽器を重ねて塗りたくる。
センスがいいから暑苦しくないが、今日みたいに熱で朦朧として聴いてたら、かなり圧迫感あった。

もっとすっきりさっぱり音作りしてくれよぅ。自分の音楽に自信持ってくれよぅ。と、ふいにこんな感想が浮かんだんです。

今夜のBGM:Franco Et Le T.P.O.K.Jazz"Les "On Dit""(1987)
 
 上でえらそうなことかいてますが、それほどぼくはアフリカ音楽を聴きこんでません。リンガラが気になり、一時期さらっと撫でただけ。
「繰り返しが命、なんて書いといて違ったらどうしよ・・・」と怯えつつ、適当に棚から引っ張り出したのがこれ。

 1991年にオルター・ポップから出た、中村とうよう選曲のコンピ、"ル・グラン・メートル"より。
 
 フランコはザイールでは「巨人」と語られる。ザイールといえばリンガラだが、(パパ・ウエンバとかね。つまりはザイコ・ランガ・ランガなんだけど)その初期世代にあたるのかな?

 聴いてキラキラしたギターのフレーズは出てくるけど、雰囲気はかなりラテンより。上品なムードがある。

 この曲のオリジナル・リリースは87年。女性ボーカルが軽快に歌うスタイルが、フランコにしては珍しいそう。
 冒頭のほんのり力抜けたホーン隊のリフや、歌の節回しがほんのり洗練されている。

 果てしなく続くビートの心地よいことったら。展開はほとんどなく、ひたすら同じフレーズが繰り返される。しかし飽きない。
 軽やかに左右で鳴るシェイカーのテンポがほんのりズレてるのもよし。だってかっこいいんだもん。・・・説得力全然ないですね。
 まだぼくはこの音楽をうまく説明できる力はないみたい。
2003年02月24日 23時10分16秒


ぐごー。
さて、本日二回目の更新です。といっても日記だけ。メルツバウのコーナーをいくつか下書きしたので、明日にでもアップします。

さて。ほんとは今日、ライブ行こうと意欲まんまんだった。
ところが夕方、うとうとしたらあっというまに夜・・・すっかり行きそびれた。明日こそは行くぞ。くやしいなぁ。

話は変わって、ニュースについて。ロードアイランド州はウエストウォリアックのクラブで、2/20に火災が起こったそうですね。実は今日の夕刊で始めて知りました(苦笑)

ロックバンドが演奏中、舞台効果の花火が燃え移り火災へ到ったとか。だれのライブだろ。不謹慎ですが、つい興味が入っちゃったのはないしょです。

異様なのは損傷率。被害率って言うのかな?
キャパ300人がほぼ満員で、死者100人近く、けが人180人とか。観客のほぼ全員が被害を負ったことになる。何でこんなことになるんだ。

記事には避難口がわからず、パニックになったため、みたいなコメントがあった。ほんとかどうか判断材料ないが・・・。

舞台効果の花火って、外タレ(死語?)の来日公演レビューで、たまに言及あります。
"火炎が舞台両袖から飛び出す。かなりの迫力だが、消防法の関係で日本は控えめを余儀なくされている"とか、"バラードが始まり、客席はペンライトが揺れる。本国ならライターだろう。"など。
われながらへたな文章例だが、主旨はおわかり頂けると思います。

この「消防法」って文字を見るたび「日本は神経質なんだよな。もっと大胆にしたってだいじょぶだろ」って思ってた。
だけど、アメリカでも事故が起こるんだ(苦笑)

先日地下鉄火災もあったし、今回の事故をヒステリックに騒ぎ立て「消防法をもっと厳しく」って、規制強化へ行かないことを祈る。特に日本で。
トラブルは必ず起こるんだ。起きないように不確定要素の撲滅でなく、トラブルが起こったときにいかに早期解決、対処するかを考えて欲しい。

規制すりゃいいってもんじゃないのよ。
サリン事件が起こった後、きれいに地下鉄のホームからゴミ箱が消えた光景は、いまだにほとんど復活していない。

ゴミ箱がなきゃ問題が解決するわけじゃないだろ。ほんとに置かれるときは床に置かれるだけだ。
不審物じゃないよう、ラッピングを工夫してね。不審じゃない外形なんていくつもある。

防ぐには床をなくすだけ・・・ムリだな。
物が下に置かれないよう、重力を制御するしかない・・・もっとムリか。あうう。
とにかくゴミや雑誌を捨てられず、むしろ乗客が困るだけだ。それってサービス低下してるだけで、なにも利益ないじゃないか。

消防法に話を戻そうか。
日本のホールでもっともわかりやすいのは、各所にある「非常口」と光る看板。あれって暗転のときにかなり興をそぐ。

「ホールの人へ、ライブ中は消して頂くようお願いします。規則を盾に拒否される場合もありますが、粘り強く交渉するしかありません」と、山下達郎はラジオで言っていた。彼以外でも、ライブ中に消してるミュージシャンはいるはず。

ぼく自身の記憶で印象に残ってる対処法が、1988年に紀伊国屋ホールで芝居を見たとき。
第三舞台の「天使は瞳を閉じて」の初演です。
無粋な「非常口」の明かりはついてましたが、スタッフがでっかい看板をその上にかかげて灯りを隠してました。

消してもいないし、光も外へ漏れない。日本的な発想かもしれませんが、そのシャレたアイディアに唸りました。
どんな看板だったか記憶にないが、もしその表に「非常口」って書いてたら、すごく皮肉が利いてて面白いのに。

「お客さんに『ここが非常口です』って知らせようとしたんですよ。
 え、そんなもんは最初からホールに設置されてる?かえって看板が邪魔で隠されてた?
 いやー、偶然ですねぇ。全然気付きませんでした」
 ・・・こういう言い方だと、単にけんか売るだけですけどね(笑)

今夜のBGM:Jimmy Lunceford & His Orchestra"Battle axe"(1939)

しばらく聴いてないCDを処分しようと引っ張り出した。最後にもう一度聴いてみる。
・・・しまった。かっこいいじゃん。処分するわけに行かないや。

ということで、ジミー・ランスフォードの全盛期、1939年のライブ盤"Live 1939 at the "Earle Theater",Philadelphia"より。まんまのタイトルですな。
1988年にドイツのレーベル、DELTAから"Jazz Live & rare"シリーズとしてリリースされたうちの一枚。

詳しいクレジットないが、たまにスクラッチノイズが聴こえるので(あ、オフィシャル盤です。念のため)たぶん局配布のディスクから、盤おこしだろう。
時代的に無理ないが、多少音はこもり気味。でも目くじら立てるほどじゃない。

このジャンルは詳しくないがジミーは、ベイシーやエリントンと並び賞される位置づけとか。もっとも実際は、残念ながら格落ちか。現在の評価をお考え下さればぴんとくるだろう。
音楽的にはトランペットを和音のトップにもってくる、開放的なアレンジが特徴らしい。ネットで英語の紹介文を斜め読みしただけなので、あまり情報はご信頼なされぬよう。

で、この曲。1939年、10月30日のライブ録音。15人編成のビッグ・バンドです。
生き生きしたメロディがオーケストラのアンサンブルで引き立つ。
時代はさすがに感じるが、瑞々しさはまだ残ってると思う。
トランペットやテナーのソロをカウンター・メロディに当て、小気味よい進行が痛快だ。ブレイクのフレーズもいかしてる。

当時のスイングを越えてるわけじゃない。時代を変えるパワーはないし、アルバムを通して聴いても、真の革新性まで目配りしてたわけじゃなさそう。
けれどもサウンドを楽しもうとした雰囲気は伝わってくる。埋もれさすには惜しい一曲。
2003年02月22日 23時21分40秒


ぐっすり。
今週は仕事がしこたまバタバタして帰ってくるのはほとんどが午前さま。なんとまぁ。ここまで忙しくなるのは5年ぶりかな。

いろいろあるので、たぶん5月くらいまで忙しさが続きます。
それまでHPの更新頻度が落ちるかもしれませんが、どうか皆様、お見捨てなきようお願いします・・・。
あー、ライブ行きたいよぅ。

てなわけで、今日一回目の更新です。2度目があるかは・・・はて。

いちおう無事に休める土曜日の朝。やっとこさ、睡眠ロシアン・ルーレットができる。
ルールは単純。目覚ましかけずに寝るだけです。

今朝の目覚めは10時半頃。とりあえず目先の眠気は飛びました。
とはいえなんか頭がだるい。休みだってんで緊張抜けて、また風邪ひいたかな・・・?寝すぎで頭だるいだけならいいんだけど。

今朝のBGM:K.K.Null"Part 6"(2002)

 K.K.NUll(ex:ゼニゲバ)の新作群の一枚、"Astrodynamix"より。
 2002年4月にロシアのサンクトペテルブルグとモスクワで開催された第6回『Sergey Kuryokhin International Festival』でのライブがCD化された。

 ほぼ全て“nullsonic”のソロで、ボーナスとしてHeinz-Erich Goedecke(tb)とYuri Yaremchuk(ss)とのセッションが一曲はいってる。
 ライブの光景は数枚、中ジャケに写真あり。
 “nullsonic”と対峙し、裸のステージで演奏するNULLの姿を見られる。

 基本はノイズだが、聴いててすごくポップに聴こえた。メロディ要素は皆無だが、ループを多用した多層ビートが気持ちいいったら。
 “nullsonic”の機能は写真だとよくわからない。小型ミキサー風の外見だけど、何が搭載されてるのやら。
 先日見た彼のライブではカオスパッド2台をつなげて、このCDで聴けるようなサウンドを作っていたが、それともまた違う機械みたい。
 
 電子ノイズのループが寸断、加工される。常に複数のノイズが同時進行。ドラム音も重ね、ダンサブルな空間を作ってるのが新鮮だ。手法に淫さないとこがすばらしい。

 たとえばこの曲だと、ビートの頭こそわかりにくいがループはほぼ4/4だ。踊るのに何の支障もない。
 ハードコアテクノのパーティなら何にも違和感なさそう(KULLがその分野を志向してるかはさておいて)。

 今回紹介した"Part 6"は3分ほどの曲だが、冒頭一分たったあたりが特に好き。
 もごもごと数本の甲高い電子ノイズが蠢くさまを、すぱっとビートが両断するとこがスリリング。

 最後のセッションを聴いてて、自分の耳の基準がおかしかった。
 KULLの音こそノイズなのに。彼の音はひたすらポップに聴こえ、ソプラノ・サックスの掠れた音が、よっぽど耳ざわりなんだもん。
2003年02月22日 11時57分17秒


ひいぃー。
えらい目にあった。ラッシュの電車で帰宅するときの話です。

携帯プレイヤーをヘッドホンで聴いてるやつがいて、しゃっかしゃっか高音がうるさい。最近は耳にぽこんとはめるタイプが多く、あまり音が漏れなかったのに。
ノイズ系は嫌いじゃないけど、あの音は嫌いだよ〜。すぐ後ろに立ってたから、すごく気になる。

いっぽうで目の前にはオヤジのはげ頭。ぼくの身長だと、ちょうど鼻のあたりに頭がきてしまう。
夜だといい具合に脂ぎってて、うっとうしさ倍増です。ぐらっと揺れた瞬間、オヤジのはげ頭にキスしないように、細心の注意を払いながら立っていた。

さらに。すぐ横では若いサラリーマンが、携帯ゲームをピコピコ。なぜにここまで混んでる電車でゲームをする・・・。画面が見えないからって、僕のコートにゲーム機をおしつけるなぁぁ。

その上。反対側ではおっさんが、ガムをくちゃくちゃ。ブルーベリーかなんかの、きっつい香りのやつ。あれ、まさに凶器ですよ。においが嫌いな人には。
甘ガムの人工的な香りが、疲れた脳髄につーんときた。

なんか思い切り四重苦。かんべんしてよ・・・ただでさえしんどいってのに。

珍しく早めに帰れそうな雰囲気だったのに。その瞬間に電話がかかって、たっぷり1時間忙殺された一日を締めくくる出来事でした。
たまらんわ、ほんま。

新生デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデンのライブが決まったらしい。
4/5に恵比寿みるくで、だそう。大友良英が抜け、新メンバーがだれか興味深いところ。
しかしなんでみるくみたいなこじんまりしたハコでやるんだよぅ。ラッシュ決定ですな。せめてリキッドでやって欲しいな〜。

オールナイト・イベントだろうか。それが楽しみ。聴きたいなぁ。しかし混むんだろうなぁ(笑)

今晩のBGM:Curtis Mayfield"Future song"(1973)

 カーティス・メイフィールドの5thアルバム"Back to the world"より。副題は"Love a good woman,Love a good man"とついてます。
 このアルバムはなんつってもタイトルソングが最高ですが、それを書くのも芸がない。
 ほかにいい曲は・・・と探してて気になったのがこれ。
 
 アナログではB面ラストの曲だし、それなりに気張った曲でしょう。
 そういえば今回初めて気がついたが、アナログとCDでは曲目を変えてる模様。少なくともぼくが持ってる盤では。
 なぜかこの曲がB面一曲目の"If I were only a child again"の前、4曲目に"Future song"が収録されている。

 ぼくが持ってるのは93年にリリースされたポルトガル盤(たぶん。製造だけかな?)。MPGレーベルです。
 今のCDはアナログの曲順へ戻されてるかも。これを買った90年代早々は、カーティスはあらかた廃盤で、なかなか聴けなかったっけなぁ。とにかくどんな盤でもいいから、音を聴きたかった。だからいまの再発っぷりは驚きます、ほんと。
 
 この曲、初っ端のパシャパシャした手拍子の響きがまず好き。録音(か、マスタリング)がしょぼいので、妙に硬質な響きがいい。
 オルガンが鳴り、リズム隊が絡んだらもうあとは言うことなし。
 涼しげなシカゴ・ソウルが充満し、か細いカーティスの歌声がそっと耳をなぜていく。
 堅いギターのフレーズもいいなぁ。アンサンブルが絡み合った、ミドルテンポのノリがたまりません。
2003年02月19日 23時35分00秒


ふむふむ。
最新のレココレ誌をぱらぱら。今月の特集はイエスです。
「音楽に解説は不要だけど、無用じゃない」と言いますが、まさに真実。いろいろ考えながら読んじゃいました。

僕はイエスって特に思い入れない。なんでだろ・・・と不思議だったが、記事を読んでて、なんとなく頭で整理できた。
イエスの集合離散を「会社」に例えた和久井光司の文章は、すとんと頭にはいる。なるほどねー。

生き残りより、かたくなに自分の音楽へ凝り固まったバンドのほうが、たぶんぼくは好きなんだろう。
プリンスとか、ザッパとか。あれ?どっちもバンドじゃないや。ま、いいか。

CDページにはカルチャー・クラブやフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのリイシュー記事があり、感慨にふけってしまう。
1982〜83年くらいって、ぼくがヒット曲にはまってた頃。この二つのバンドってその時期にヒットしたから、いろいろラジオやテレビで聴いたっけなー。懐かしいったら、まあ。

もっとも自分の中ではそんなに昔って実感ない。つい最近のイメージ。しかし冷静に考えたら、20年前なんだよね・・・。

カルチャー・クラブのボックスは4枚組。買いたくなったが、収録曲を見たらいまいち。初期未発表デモの10曲は聴いてみたいが、2枚もあるリミックス集はいらん。
彼らがどんなレコーディングしてたか知らないが、別テイクとかないの?或いはライブ音源とか。

1stと2ndの2on1、リマスター、さらにデモテイクを追加した2枚組・・・って企画ならすぐ買ったのに。
なにせ「time」の12インチ・ピクチャーシングルを買うほど好きだったし、「カーマは気まぐれ」とか「イッツ・ア・ミラクル」あたりなら、昔はそらで歌えたもん。もちろん、英語で。

フランキーのほうも安易。2枚組の1stで実質は消えたバンドだから、そもそもベスト盤って企画にムリがある。
音質をSACDで向上させてるが、彼らにそんなもん求めてもしゃぁないでしょ。
リマスターが生きるのはアナログ録音や生音であって、打ち込みやサンプリングを音質向上させて、どの程度面白いのか謎だ。


それより当時、流行ったリミックスを片っ端から収録して欲しい。いや、ぼくも当時のシングルを全部追いかけてないので、今でも聴く価値あるミックスかは知らないよ。
でもさ、少なくとも「リラックス」は7インチ・シングルバージョンで聴きたいじゃない。アルバム・ミックスじゃなく。

今回の盤は曲目を見る限り、抜けた曲はない。「ウエルカム・トゥ・ザ・プレジャードーム」なんて、それこそ20年くらい聴いてないよな。なんか聴きたくなった。でもなぁ。

さもなきゃエンハンスドCDで当時のプロモを、ボーナス収録って企画はどう?こっちのほうが受けそう。
「トゥ・トライブス」で殴り合ってたのは、レーガンとブレジネフのそっくりさんだっけ?当時は軒並み放送禁止になったけど、今なら別に問題ないでしょ。

両方とも購買層のマーケティングを、ちょっとマニアックな方へ向けて欲しかった。あと一歩、当時の空気を再現して欲しい。さもなきゃ、リイシューの意味ないじゃない。

今夜のBGM:ProjeKct One"4 �� 4"(1998)

 レココレ誌がイエス特集。しかしぼくはイエスを一枚も持ってない。でも読みふけってるうち、ウエイクマンの1stソロを聴きたくなった。これは好きなんですよ。
 しかし出てこない。記憶にある棚の場所を何度探しても見つからない。どこだー・・・。
 
 さんざんぱら部屋を探し回って、全然違う場所から見つけた。ふう。こういうめったに聴かないアルバムって、ちょっと変なところにしまうと見つけるのにえらい苦労だ。
 あー、全部一箇所にCDを並べたい。そこらに適当に突っ込む整理は無理がある〜。

 レココレ誌の広告で載ってた専用ラック、欲しいんですよ。1600枚入りが1本あったら、ソフトケースと組み合わせりゃ5000枚近く入るはず。そしたらずらっと並べて、きちんと整理できるのに。
 だけど棚は横幅が146センチ。縦が182センチ。どこに置けっていうんだ、そんな馬鹿でかいもん。はぁ。

 CD見つけるまでのドタバタをぼやきつつ聴いてたら、早くも別のCDへ興味が飛んだ。なんとなくビル・ブルフォードのドラムに頭が行き、引っ張り出してきたのがProjeKct Oneというわけ。いつもながら前置き凄まじく長くてすみません。

 これはクリムゾンが一休みしてた時、フリップが「フラクタル分裂」をもくろんで行ったプロジェクトの一貫。ものの見事に企画倒れでした。
 インタビューでフリップもほんのり愚痴ってたが、クリムゾンに思い入れあるのって、いまやフリップとトレイ・ガンくらいかもしれません。

 で、これは"Live at the jazz cafe"より。中身はフリップ・ブルフォード・ガン・レヴィンの4人で行われたセッションで、97/12/1〜/4にロンドンで録音された。

 いやー、恐ろしいほどにジャズっぽさがない。リズムとかコード感とかいう以前の問題です。グルーヴ感が希薄なうえ、ジャズやブルーズへの愛情もさっぱり感じられません。
 むしろナルシズムを強烈に感じるのはぼくだけでしょうか。特に翁とブルフォードに。

 たぶんあらかた即興と思いますが、アンサンブルを組み立てようって意欲が伝わりづらい。
 本人達はジャズをやってるつもりなのかなぁ。

 さて。アルバムを通してニュアンスが似てるので、どれ選んでもいいんですが、なんとなくこの曲がピンときました。
 "4 �� 4"の意味は不明。このアルバム、全部こんな感じで1〜4の数字で組み合わされたタイトルばかり。
 即興のきっかけか、メンバーのインタープレイをあらわしてるのかな?

 レヴィンが粘っこいベースをひたすら弾き、ブルフォードが硬質にビートをかぶせる。
 ちょっと発想を変えてレヴィンと絡んだら黒っぽくて、いかした音なのに。淡々と刻むシンバルが、別の意味でクールです。

 その上を翁とガンがギターやシンセ(タッチ・ギターってやつ?)で遊ばせる構成。特にテーマもなさそうだし、盛り上がりもない。
 7分ほどへにょろろんってセッションを繰り広げて終わる、妙なテンションの曲です。
2003年02月17日 23時48分49秒


お帰りはこちらでございます。