LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2015/12/9  大泉学園 in F

出演:ラ・シック(翠川+太田+向島)
 (翠川敬基:vc、太田惠資:vln、向島ゆり子:va,vln)

 店に入ったら、公開リハの真っ最中だった。

 クラシックから"苦"を取り去り、楽しく?!そんなコンセプトで今年2月に結成のユニット、ラ・シック。今回が4回目のライブになる。
「病気(シック)になった」かも、とMCで向島が笑ってた。
 コンセプトはバッハのゴルトベルク変奏曲を弦三重奏で演奏すること。じっくりアンサンブルを進めており、今夜は第十変奏まで。このペースだと、だいたい3年かけて全曲完奏が叶うくらいか。
 選曲は翠川が中心で、彼の曲や富樫雅彦のレパートリーを他には演奏する。太田や向島も曲を持ち寄っても面白そう。

<セットリスト>
1.パラ・クルーシス
2.ミッシング
3.タオ
4.ゴルトベルク変奏曲(アリア、第4〜10変奏)
(休憩)
5.メノウ
6.Seul-B
7.ガンボ・スープ
8.Voice from Yonder
 
 (2)と(8)が富樫、あとは翠川のオリジナル曲。三人ともマイクを通さぬ生演奏、向島がほぼすべてでビオラを奏でる。

 まず(1)から、凄まじい演奏だった。冒頭はぎしぎしと弦が軋む。ドライなインエフの響きでライブ聴くのは久しぶりだったため、「生演奏の弦って、こんな音だったかなあ」と思ってた。
 ところがテーマからインプロが展開してる途中から、みるみる楽器の音が柔らかく鳴り溶けていく。短い時間での調和っぷりに驚愕した。

 音楽も素晴らしい。(1)は黒田京子トリオのレパートリー。なぜか2コーラス目が違う響き。黒田京子トリオでは上昇してから下降する旋律が、今夜はいったん下降してから上昇にメロディが変わってた。
 アドリブは太田のソロから。ビオラとチェロが静かに奏でる。太田はひとしきりテーマを踏まえた即興で、向島にアドリブをつなぐ。翠川は目を閉じ、淡々とアルコ弾き。鋭く空気を斬る太田の響きに対し、向島はふっくらと空気を割っていった。

 やがて三人の即興が完全フリーに鳴る。三人の音色はどんどん自由に、柔らかく弦が膨らんでいった。
 テーマへ勇ましく戻る。コーダの最後二拍がビオラだけ零れてしまい。向島が照れて頭を抱えたのはご愛嬌。

 続く(2)は冒頭の静かな響きが美しい。アグレッシブな(1)と対照的に、厳かな幕開け。一転して(3)はブルージーに激しく響く。チェロが鈍く着実にアルコでランニングさせ、バイオリンとビオラが自在に切り込む。
 三人とも即興の瞬発力が素敵で、緩急を決めながら弛緩しない。隙を逃さずメロディをばら撒く太田に、泰然自若と弾く翠川。
 チェロはきれいなビブラートを響かせつつ、さりげなく駒先の弦をはじいたり、ハーモニクスを混ぜたり、特殊奏法も織り交ぜる。

 向島も無闇にノリへ音楽を任せない。きっちりとメリハリに加え、外しも入れる。
 どの曲だったか、チェロがリフを弾いてバイオリンが明らかにソロを振ってるのに。敢えて向島はメロディを弾かず、弦を軋ませるのみだった場面もあった。

 前半3曲終わり、いよいよバッハへ。チューニングを念入りにする。
 よほど難しいのか、太田は「このままチューニングだけしていたい」と笑いを取った。
 まずはテーマを、とアリアから。
 弦楽三重奏のゴルドベルクは初めて聴いた。ってか、後述するが弦楽三重奏のアレンジが存在することすら、勉強不足で知らなかった。
 弦楽器ゆえの柔らかなアタック、ふくよかなアンサンブル。ピアノやハープシコード独奏とは違う、温かい響きが新鮮であり心地よかった。

 まずは前回ライブのおさらいから、と第4変奏から。一応観客は全曲が終わるまでは、拍手を控える・・・のだが。太田が各変奏が終わるたびに、大げさにため息をついてみせるので、なんか妙な構図になって面白かった。「観客の皆さんも緊張するでしょう」と、翠川がわらう。

 いや、音楽はとてもきれいだった。チェロがふっくらと低音を支え、バイオリンが温かくメロディを紡ぐ。特にビオラがカウンターで入れる旋律が産み出す、三者三様のメロディの交歓が、めちゃくちゃ気持ち良かった。

 ぼくは初めてこのユニットのライブを聴いたが、だいたい一回のライブで3変奏づつ演奏してるみたい。だが第7変奏が太田と向島のデュオなため、今回は4変奏が披露された。
 特に掛け合いで演奏するカノン構造が、特に手こずるらしい。
「これもみんなバラバラのメロディだから、みんなが頼りにならない・・・いやいや、助け合えない」と、太田がぼやいて、観客は爆笑だった。
 一通り第十変奏まで演奏して、いったん休憩。

 後半セットは、のびのびとフリーな演奏へ。「お客さんも緊張しないで聴けますよ」と翠川がギャグを飛ばした。
 とびきりの名演が(5)。演奏後、太田が「録音しとけばよかった・・・」としみじみ。
 「翠川さんがミの音を。僕がテーマを弾くところを、ミの音を。すかさず向島さんがテーマを弾く。こういう呼吸が良いんですよ」と、太田が解説を演奏後にした。珍しい。
 確かにこの演奏は、本当に素敵だった。緩やかな弦の響きが、しみじみと染み透る。緩やかなメロディが空気を震わせた。
 太田が言うとおり、終わり際の即興アレンジが抜群だった。チェロとバイオリンが静かに引く中、厳かにビオラがテーマを奏でていった。

 一転してパーカッシブなフリーが(6)。リズミカルに太田がバイオリンのボディを叩いたのもここか。冒頭でヴォイスも入れていたような。
 向島はなかなか弾かず、鼻歌で応えて不思議な音世界を作った。最後はファンキーにテーマを決めた。

 「"ビスク"を飛ばして、この曲を」と、翠川が譜面をメンバーに見せた。(7)はぐっと前のめりの演奏だった。リズミカルにテーマが奏でられ、太田がたっぷり長尺でブルーグラスなソロを展開した。向島がつられずに、パーカッシブな演奏で迎え撃ったのは、この曲だったかな。

 「最後はこれ。10時過ぎたし」と、翠川。「わあっと終わらないで、これで終わるのがいいの」と言う。
 静かに、微かに。(8)が奏でられた。密やかな弦の軋みが和音と鳴り、広がっていく。
 太田がソロを取っている間、向島がふっと立ち上がりビオラを置いた。バイオリンに持ち替え、今夜初めてバイオリンを弾く。超高音のハーモニクスっぽい響きでメロディを弾き、太田が併せていく。
 抽象的で美しく、広がりある神秘的な演奏。しっとりと、今夜のライブが終わった。

 いいなあ、このトリオ。自由で、懐深い。またライブを聴いてみたい。バッハもどしどし演奏を進めて欲しいし。

 おまけ。勉強不足だったが、Wikiに三種類の弦楽アレンジ記載あり。全部、Youtubeに音源もあった。この曲、いろんなアレンジが既に存在するんだな。
 以下のうち、03年アレンジのバージョンが、弦三重奏にエレクトロニクスって構成。Youtubeで聴いたが、バッハの解釈とかと別次元で、アプローチやアイディアが興味深かった。

1984: Dmitry Sitkovetsky
https://www.youtube.com/watch?v=duVAAq422h0
2003: Karlheinz Essl for string trio and live-electronics
https://www.youtube.com/watch?v=iagXvQqLArM
2010: Federico Sarudiansky
https://www.youtube.com/watch?v=6x1f5oAE-sY

? :Bruno Giuranna
https://www.youtube.com/watch?v=IgFqO1nFZBw

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