LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2015/5/10  大泉学園 in-F

   〜『翠川敬基生誕祭』〜
出演:翠川敬基+早川岳晴+太田恵資+黒田京子

 今日は月刊『みどりの日』の特別版。普段はクラシックのカバーを含む翠川敬基と早川岳晴のデュオと時々ゲストのかたちだ。
 だが今回は翠川が六六歳の誕生日を記念して、ゲストに太田恵資と黒田京子を招いた。つまり第一次黒田京子トリオの再現を匂わすアンサンブル。しかもこの4人でのセッションは初めてらしい。

 弦三挺にピアノの、全てが生楽器。午後の三時、明るいうちにライブが始まった。
 開演時間ぎりぎりに太田が現れる。「会場へ到着して、拍手もらうのは君くらい」と翠川が突っ込んでいた。太田はこの日、夜にも横浜でライブあり。そのためサクッと定時にライブが始まった。

 生誕祭ゆえかサービス精神が満載の演出だった。翠川のライブは1セット3〜4曲のイメージ。ところが今回は、後述のように盛りだくさん。
 しかも太田と黒田は全面参加のカルテット編成だ。各セット1〜2曲くらいの出番かと思ってた。
 なおこのメンツでの黒田京子トリオは、昨年12/21の新ピで"追悼:副島輝人ライブ"ぶり。トリオの散会は2010年2月だが、ぼくはこの日を聴き逃してる。なので09/9/24ぶりに、三人が同じステージに立ったのを見た。うわ、もうそんなにたつか。

<セットリスト>
1.パラ・クルーシス
2.ビスク
3.オルタード
4.ガンボ・スープ
5.タオ
6.ワルツ 2番 (ショスタコーヴィチ:"舞台管弦楽のための組曲"より)
(休憩)
7.ヒンデ・ヒンデ
8.ウィッシング
9.チェック・ワン
10.ヴァレンシア
11.アグリの風
12.ワルツ・ステップ

 翠川敬基オンステージな、バランス考えた選曲だ。(3)(8)(10)(12)が富樫雅彦、(6)はショスタコーヴィッチ。あとは全て翠川の曲。
 (1)と(9)は黒田京子トリオ、(2)(5)(11)は緑化計画でのイメージある。(4)と(7)はどちらのライブで多く演奏してたっけ?

 なお(6)はソ連の映画"第一軍用列車"(1956:ミハイル・カラトーゾフ監督)用にショスタコが書いた曲だ。ちょっと調べたら色々データがあった。今はほんと便利。
 まず"第一軍用列車"の映画はこちら。"ワルツ2番"は1:27:31から聴ける。
https://youtu.be/tKlS2Ez2UqY?t=5246

 楽曲のWikiと映画の紹介はこちらと、こちら。後者は英語版すらみつからず、翻訳ソフトで読んだ。

 ライブは緊迫ムードの"パラ・クルーシス"で幕を開けた。サウンドは心地良いが、どこか探り合い。そもそもこの4人、音楽的に空気を読む人ばかり。
 つまり破天荒に暴れるより次の最良手を探りつつ、アンサンブルが進む。結果として端整かつ、生々しい弦の響きを全面に出したアレンジが多かった。
 特に黒田は1stセットだとボリュームも控えめ。冒頭のリフをピアノのボディ叩いて表現した黒田は、別の意味でかっこよかったが。

 早川がぐいぐい弦をはじき、サウンドを盛り立てる。ふっと弾きやめたら、黒田京子トリオの世界。その対比が何とも複雑な気分だった。トリオの響きも聴きたいが、今日は4人のアンサンブルが欲しいんだ。
 とはいえふっとベースが消えピアノの短いソロへ。三人の弦が重なり前のめりの展開から、ノービートの静かな混沌に変化する幅広い展開は、さすがの迫力。即興とは思えぬ構築度だった。
 アンサンブルはライブが進むにつれ、どんどんこなれていく。特にセカンドセットでは太田が自然と前に出て、音楽をドライブさせていた。
 
 (1)では指弾きだった早川がアルコを持ち、"ビスク"は冒頭から弦三重奏の妙なる響き。それに浸ってたら、細かいことはどうでもよくなった。
 ピアノが甘く柔らかく、弦がふうわりと綺麗な和音を鳴らした。
 即興場面では早川が指弾きも織り交ぜた。強く弦が唸る低音を、バイオリンの高音が貫く。チェロは芯をガッチリつかみ、アンサンブルを振り回した。
 フリーなフレーズの交換から、滑らかにテーマへ向かうあたり、息の合いっぷりが良い。
 
 硬質でフリーな(3)から、太田の即興ボーカルが飛び出した(4)へ。(4)は中盤で黒田と早川のデュオがあった。ロマンティックな二人が互いの世界で斬り合う、興味深いひと時だった。
(5)は熱っぽいテーマに導かれ、思い切りファンキー。ベースが唸りを上げて低音をばら撒く。曲終わりで着地の瞬間、「ワンッ!」と太田が一鳴きした。

 翠川はあからさまに前面へ出ないが、どの曲でも強烈な存在感だった。特殊奏法を控え、アルコを主体に美しいフレーズが次々に溢れる。(2)の最後だったか、白玉のデクレッシェンドで弓を弾ききるときに右手がテーブルに当たりそう。ハラハラ見てたら、なんとか終わった。終わるなり翠川は、すぐ椅子をずらしてた。

「みどりの日」恒例のクラシックが1stセット最後の曲。リハ無しの太田は譜面を見て唸ってる。
「二分あげるぞ」と翠川がさらう猶予を与えた。譜面見ながら弦をほとんど響かせず、太田が音を確かめる。それはそれで貴重な光景だった。
 演奏が始まると滑らかなワルツが広がる。懐かしくも欧州の空気を漂わす旋律だ。ラテンとかクレツマーっぽい、のかな。しかしこの演奏はジャズメンならではのニュアンスが、特に気持ち良い。ビブラートを控えた硬質な弦と、柔らかなピアノのアンサンブルは切なくもスイングした。

 後半セットは"ヒンデ・ヒンデ"。演奏始まる瞬間、手ぶらで椅子に座った太田。「あ、楽器が無い・・・」と取りに行く天然ボケをかまし、笑いを呼ぶ。照れ隠しか電車の中にバイオリン忘れた話を始めた。そのまま早川と太田の会話に繋がりかけたところを、翠川が再びタイトル告げ強引に打ち切り、演奏へ。
 
 この曲もどちらかと言えば硬い響きだ。太田と翠川が音を絡ませる中、強いアクセントでグイグイと早川がアルコ弾き。黒田も若干ボリュームが上がり、リズミカルに鍵盤を叩いた。
 逆に猛烈なしっとり、が"ウィッシング"。弦の甘やかな響きが降り注ぎ、ピアノと音が溶けた。改めてこのアンサンブルでの大きな振り幅にやられる。
 フリーから整ったアンサンブルまでつなぎめ無しに繋がり、隙も退屈さも無い。黒田京子トリオの構築度は当たり前だが、早川もごく自然にハマっている。ぼくはもう、このあたりではトリオ+1とかはすっかり忘れており、素直にカルテットを楽しんでいた。

 不思議なコード進行だな、と改めて思った"チェックワン"。テーマの和音感が、どうにも居心地の悪い響きだ。不穏な鳴りと奇妙な前進度合いが漂ってる。演奏そのものはスピーディにドライブし、テンションを保ち続けた。

 一転して穏やかさ満載の"ヴァレンシア"。ピアノが、チェロが、ベースが、懐深く広がりバイオリンが高らかに奏でる。
 うーん、やはりピアノが遠慮がちでもどかしい。前に出て他の三人とかぶるのを、注意深く回避かのよう。
 どの曲だったかな。曲中で弦三人がふっと音を落しピアノ・ソロのスペースを作った。だがピアノは聴きに入り、ちょっとの間をおいてバイオリンかチェロが弾きはじめる場面もあった。

 芳醇な"ヴァレンシア"のあとは、アップテンポの"アグリの風"へ。この曲だったか、再び太田のボーカルが炸裂する曲もあった。カッワーリーを連想するアラブ風味で熱烈な歌だった。
 ライブ最後は"ワルツ・ステップ"。MCの途中から静かに、翠川が指で弦をはじきはじめる。そのまま演奏に入り、黒田がそっと音を重ねた。抽象的なフリーから、甘やかなテーマへ。再びインプロに潜っていく。
 奇しくも両セットとも、締めはワルツだった。

 各セット一時間程度、とても充実したライブだった。。翠川敬基の最近の音楽活動を見事に凝縮した内容だ。とはいえまだ翠川は枯れていない。さらなる刺激的な演奏を、今後も披露し続けて欲しい。願わくば、盤のリリースも含めて。   

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