LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2014/11/15   四谷 喫茶茶会記

出演:深水郁
  (深水郁:p,vo,etc.)

 深水は月例で喫茶茶会記にてソロ・パフォーマンスしてるそう。今回、事前予告でクラシック曲を取り上げると知り、聴いてみたくなった。
 今日のテーマは月。午後イチから一時間のみのライブだ。

 会場は片隅にアップライトがあるフラットなスペースで、ピアノと反対側の壁にプロジェクタのスクリーンが置かれている。あえて奏者と視線を変える工夫か。画面に演奏の時、深水は半身でスクリーン見ながら吹く光景もあり、けっこう姿勢が大変そう。
 ピアノの右横にもスペース有り、左の壁もスペースある。どちらかにスクリーン置いて奏者と画面を一つの視線で見られる舞台構成もあったのでは。

 ライブ前は無音でハンス・リヒター"午前の幽霊"(1928)をプロジェクタに映していた。シュールでテクノ。さすがドイツ。55年、彼は生まれるのが早かった。
 特に明確なストーリー立てをせず、繰り返しを多用したインダストリアルな悪夢の映像は電子ビートが似合いそう。
 この作品はナチスが退廃的と見なし音楽を破棄したという。決して肯定しないが、なんか気持ちが想像つく。
 当時、こんなキッチュな映像あったのか。アート・オブ・ノイズとか似合いそう。頭の中で4つ打ちビート鳴らしながら、映像を眺めてた。
http://www.youtube.com/watch?v=vKy4Pis_7T0

<セットリスト>
1.朗読;安部公房"笑う月"
2.ベートーヴェン"月光ソナタ"第一楽章
3.映写;ジョルジュ・メリエス"月世界旅行"(Accompanied by improvisation)
4.ドビュッシー"月の光"
5.映写;ジョルジュ・メリエス"月食"(Accompanied by "水無月")
6.月夜間

 まずアップライトピアノの椅子に座ったまま、客席を向いて文庫版の安部公房"笑う月"を朗読した。"笑う月"は随筆集で1975年に出版。表題作で朗読した作品は、著者の夢に出る月をテーマにしている。

 深水は淡々と丁寧に文章を読んでいく。抑揚を極端につけたり、芝居がかったりはしない。滑らかに朗読が続く。冒頭部分でステージ隅のストーブが止まる電子音が鳴った時も、朗読は止まらない。ただ、ふっと微笑むだけ。
 朗読は続く。つっかえたり言い間違いも無く。静かに深水は読んでいく。
 途中、「見誤る」って言葉に言いよどみ繰り返した。軽く苦笑。
 これが緩やかで流麗な流れのなか、微妙なノイズで面白かった。別に作為的なわけじゃないと思うが。
 
 読み終わると本をアップライトの譜面台の片隅に載せ、楽譜を整えた。曲はベートーベンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調『幻想曲風に』(1801年)、の第一楽章"月光"。
 初めて生演奏で聴いたが、ベートーベンの変態っぷりに惹かれた。
 左手は和音、右手の最高音がメロディとなり、内声アルペジオは右手で併せて弾く。シンプルな構成で、かつ和音の美しさが凄い。こんな構造だったのか。凄いこと考えるな、ベートーベンは。

 深水の演奏もいわゆるクラシカルなアプローチと違う。彼女一流の、ピュアなロマンティシズムが芳醇に詰まってた。今までぼくが聴いたクラシック演奏だとテクニックも披露の印象。つまり硬質なダイナミズムや、テンポがメカニカルな演奏だった。もちろんそれでもこの曲は、きれいだ。
 しかし深水の演奏は、存分にテンポを揺らせる。比較的ゆっくりめに。右手小指のメロディを無暗に強調せず、穏やかにしっとりと空気を震わせる。単純に、気持ちいい。こういう演奏を聴きたかった。どうせなら、全楽章を。

 今日は第一楽章のみの演奏。次のジョルジュ・メリエス"月世界旅行"(1902)は月に顔が描かれ、ロケット突き刺さる有名な画面しか見たことない。
 深水は椅子から立ち上がって軽く映像を紹介して、DVDのスイッチを入れるとピアノに戻った。
 「こっちじゃなく、映像見てくださいね」と笑いながら。

 Youtubeでこの映画を見られるが、伴奏は別。
 http://www.youtube.com/watch?v=HSZ8QmCOAX4
 深水は繰り返しを多用する旋律を奏でた。地球の場面では3音のモチーフ、月に行くと4音のモチーフを中心に。きっちり作曲っぽいミニマルなサウンドだったが、実際は即興演奏だったそう。

 人類が実際に月へ行くのは、この映像の67年後。物理学とか異様なとこもあるが、その辺はギャグかもしれない。月に人がいて、それを一振りで倒すシーンのたびに、深水が併せてカズーみたいの吹いて、ぴったりのSEを混ぜていた。これまた楽しいひと時。

 次がドビュッシー"月の光"。譜面台いっぱいに、テープでつなげた楽譜を広げる。
 ベルガマスク組曲(1905)の3曲目で、ぼくはドビュッシーで2番目に好きな曲。こちらもたっぷりとロマンティックさを振りかけた、美しい演奏だった。
 ひたひたとメロディが、淑やかに進む。温かく、瑞々しい。とてもきれいな演奏だった。

 続いてがもう一本、ジョルジュ・メリエス"月食"(1907)を映写してのピアノ独奏を聴かせた。
 「最初は月に関係ないと思ってしまったけど・・・そんなわけはありません。画面にもちゃんと月は出てきます」と前置きをして。

 バックの演奏は深水のオリジナル曲で"水無月"を画面にあてる。センチメンタルなムードが、映画に効果的な色合いを添えた。
 繰り返しを工夫してるのか、ぴったりと画面の尺に合わせた演奏だった。
 しかしこの作品も、ギャグや画面構成が100年以上前の物と思えない。古いフィルムゆえのテープスピードや、コマ落ちでぎくしゃくすることはあるけれど。80年前後のドリフやひょうきん族でやってたことと、根本で通底するものを感じた。
 道具立ての古めかしさのみ、あとはこれが80年代でも成立してたし、ビートたけしあたりのコントのセンスもここに基本がありそう。うん、メリエスも生まれるのが75年ほど早かった。
http://www.youtube.com/watch?v=IFj5eiEtEq0
 
 最後に一曲、深水のオリジナル"月夜間"を歌った。"なしのつぶて"(2010)に収録の曲。
 やけにアップライトピアノの中域がびんびん響く。マイクを使わず生歌で、深水はキュートに歌った。

 しめて一時間のコンパクトな構成のライブ。外へ出ると、まだ当然明るい。午後の二時だし。ひとときの異世界旅行を味あわせる、そんなユニークなパフォーマンスだった。  

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