LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2013/5/15  西荻窪 音や金時

出演:Mama-Kin+太田恵資
 (Mama-Kin:俳句、太田恵資:vln,vo)

 太田恵資の伴奏でMama-kinが即興の俳句を描く企画。今夜のテーマは『青嵐』だったかな。入り口のボードを確認するの忘れてしまった。
 今夜はテーブルをフロア左側に寄せ、観客が横並びで右壁とステージ奥の壁を眺める席次だった。
 20時を大きく回ったころに太田が大きな荷物を持って現れる。アコースティックですぐやりますよ、とライブは速やかに始まった。客電がゆっくりと溶暗。

 太田はマイクの確認をする。チューニングのそぶりから、目を閉じて立ち尽くした。
 ステージ壁の椅子に腰かけたMama-kinが墨をするような音だけが、静かにフロアへ響く。 
 弓を構えた太田だが、なかなか音を出さない。静かに、静かに弓を動かす。ぽんぽん、と弦を弓で叩く、パーカッシブな展開が幕開けだった。
 今夜の太田は、ひときわアヴァンギャルドな音展開。ときにメロディが現れるも、抽象的なフレーズをノービートで振り撒く場面が多数あり。複弦やハーモニクス奏法も多用した。

 Mama-kinがつと立ちあがり、右壁へ。数本の筆をまとめて持ち薄い青色の墨で、大きく
『青嵐』と書いた。うっすらと文字を、ゆっくり描く。独特の跳ねる筆致で。今夜のテーマを刻みこむように。

 再び腰かけるMama-kin。バイオリンに耳を傾ける。太田は掠れる音色でハーモニクスのメロディをたっぷりと弾きだした。甲高くか細い音色が、ひそやかに鳴る。
 クラシカルなメロディはアラビックに変貌し、やがて抽象的なフレーズの繰り返しへ。
 立ちあがるMama-kin。黒い墨に筆を変え、左壁の左右にたっぷり幅を取って、二つの文字を書いた。
『薫』
『風』

 ときおり太田は瞳を開けて、Mama-kinの書く文字を見る。このライブでは音楽も俳句も互いにむやみな寄り添いはない。だがまったく無関係で進行もしない。
 てんでにパフォーマンスを行いながら、じわじわと交錯する。それが、醍醐味。

 Mama-kinはまず、左壁の一番右に俳句を記す。そして、左端へ。今夜は左右交互に俳句を描き、中央へ向かった
『踊り場の声わさと絡めし青嵐』
『青嵐掛け軸の裏地縒りなむと』

 たっぷりと間を取りつつ文字をMama-kinが書く。そのタイミング毎に太田の演奏がじわっと場面転換し、Mama-kinは太田の音楽の波へふっくら乗るように俳句を紡いだ。
 『薫』『風』と、先ほど描いた文字が、新たな俳句の主題に溶けていく。
『飛魚をいま追い越せり風媒花』
『薫る風糖衣の大長編(ロマン)終章で』
 それぞれ風、薫、の順で一つの文字が新たな世界の一部へ。Mama-kinは俳句を書き終わった後、さらりと「ロマン」とルビをふった。

 太田は歌い始める。マイクの前で立ち位置を変えつつ。うっすらバイオリンにリバーブ入ってるのがしみじみわかった。
 メロディとユニゾンでドイツ語っぽい響きの言葉が、空気を震わせる。

 ふっと弾きやめる太田。だが、Mama-kinは手を休めない。筆が紙をこする音が、静かに聴こえる。

 Mama-kinの俳句は、じわじわと増えていった。
『こごみの毳より覗く「戦争と平和」』
『闇透けて鍾乳洞の薄暑かな』

 これで左壁が文字でいっぱいになった。太田のバイオリンが高まる。特に「戦争と平和」と書かれた瞬間、いきなり熱情あふれるクラシカルなフレーズがばら撒かれ、ゾクッときた。
 ホーメイも存分に響かせる。ロングトーンで共鳴する太田の声。
 
 Mama-kinはいったん店の奥へ消えた。フロアの明かりが暗くなり、太田をスポットで照らす。スライドがステージ背後に投影された。風景から日常雑貨へ。植物や野菜と、人形とカメラなど。さくさくと写真が切り替わっていく。
 影と切なさ、無常感。ぐっと被写体へ寄った写真は、動きが無くともスリルを持つ。
 
 太田はスライドをバックに演奏を続けた。4度から2度、3度。音が上下し、メロディへ。だがふっと気づくとミニマルなパターンになっている。
 拍子感は非常に希薄だ。旋律は解体され、瞬間の譜割がひとつながりの流れに変化した。

 さらにピチカートの紡ぎへ。Mama-kinが立ちあがり、ステージ背後に写真が投影されたまま、右へ大きく"冥王星"と書いた。
 バイオリンが演奏される中、壁を見つめるMama-kin。やがて、筆が進んだ。
『冥王星何処を廻る青葉木蒐』
 また、太田が歌いだす。

『蛇衣を脱ぎて陸橋渡り初む』
 この俳句を書いて、Mama-kinは下がった。背景の写真は動かず、時間が止まる。
 ただ、バイオリンだけが切なく響いた。
 メロディが高まっていき、じんわりと下降。そして、コーダへ。

 約一時間。しみじみと味わい深いステージだった。この企画は、箱全体を使っている。音金だからこそ、できる。音金ゆえのレイアウトや照明の位置、しくみ。残響とフロアの距離感が産み出す、一つの世界。
 この企画はパリでも行われており、場所場所の味わいがあると思う。

 ぼくは音金でしか聴いたこと無い。聴くたびに、五感全体で味わってる気がする。耳と目、墨の香り、空気の肌触りとのどを潤す味(今夜はネパールティじゃなく、ウーロン茶だったけども)。
 日常からシームレスで踏み入れる異世界。そんな味わいを、いつも感じる。

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