LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2012/11/23   大泉学園 In F

出演:黒田京子ソロ
 (黒田京子:p,辻秀夫:調律)

 黒田京子の音楽を聴き始めて、10年ほどになる。当時から数年前までソロ演奏はしておらず。その時点のピアノ・ソロ音源は1st"Something Keeps Me Alive"(1991)のみ。
「今のソロを聴いてみたい」と、当時に幾度か思っていた。

 ここ数年で何度か、彼女はソロ演奏を再び始めた。ところがどれも都合合わず、聴けずじまい。ようやく今回、初めてソロ・ピアノを味わえた。
 今夜はIn Fで数年前から一年に一回行っている、ピアノの調律にも焦点を当てたシリーズの一環とも言えようか。
 今回は11月1日に行われた小岩オルフェウス・スタジオでのソロ・ピアノ録音を踏まえたライブ。今日は祝日のためもありか、15時開場16時開演の変則スケジュールだった。

 公式Webには「終演後、アフタートークあり“ソロ・レコーディング よもやま話”」と銘打たれた。ゲストに調律師の辻秀夫を招いた、トークショーありの企画。
 そもそもIn Fのピアノも黒田京子をきっかけに、10年ほど前から辻が"実験室"と表現するほど、さまざまな調律や音の工夫を施しているそう。

<セットリスト>(不完全)
1.Inharmonisity II
2.おきなぐさ
3.ひまわり
4.ホルトノキ
5.With you
(休憩)
6.Inharmonisity I
7.白いバラ
8.(タイトル失念;喜多直毅に捧げた歌)
9.割れた皿〜道
10.(タイトル失念)

 記憶頼り、間違ってるかも。今日演奏されたのは、すべて11月頭に録音のソロ・アルバムに収録予定、曲目もほとんど発表予定順らしい。数日前にいったんマスタリングしたが、まだ曲順は検討中という。
 ライブは各セット30〜40分程度と比較的短め。アフター・トークは第三部の趣きで、観客の質問を受けながらたっぷり1時間以上あったと思う。

 まず、演奏の感想から。なおペダルの詳しい機能はこちらを参照した。http://www.kawai.co.jp/piano/academy/king/mechanism.html
 冒頭は十分間を取って鍵盤の上を黒田の状態が動く。いったんは低音部に体を寄せたが音は出ず。おもむろに指が一音づつ鳴らしていった。
 ペダルを踏んだまま。ソステヌートペダルだろうか?
 奏でられた音は残響が続き、次の音へ絡んでいく。ゆったりした間で音が重なり、響きがどんどん玄妙になる。綺麗な音が膨らみ、複雑に。あとでも触れるが、ピアノの音が空気をふわふわと高く舞い、包まれるかのよう。
 
 テンポはゆったりと。やがて、残響がひときわ強く鳴る。中盤からダンパー・ペダルを踏んだか。幾分前のめりに、アグレッシブに。和音の精妙な味わいが素敵だった。

 (2)はかなり前に作った曲、と前置きして演奏された。これもメロディが心地よい。 
 柔らかくも温かい。それでいて、時に強い意志を感じた。
 ここまでピアノの屋根は最大限開かれていた。いったんここで調律師の辻が紹介され、In Fならではの工夫、として特注の棒で屋根の位置をちょっと下げた。あとで種明かしされたが、フラットなスペースであるIn Fの特性を生かすべく、音の方向性を屋根で調整し平行位置の聴き手に届かせる工夫だそう。

 違いの確認を意図して、黒田は(2)を改めて、冒頭テーマと数小節だけ弾いて見せた。確かに音の面積が平たい、と実感する。"このほうが音が良い"と後でコメントされてたが。実は屋根を最大に開いた音も天井から降りそそぐ感じが気持ち良かったな、とぼくが思ってたのは内緒だ。

 この日はどの演奏も丁寧で繊細さを特に感じた。最強に気持ちよかったのが"ホルトノキ"。イントロ部分はトリオ編成で聴きなれたため、アンサンブルとピアノのアレンジの違いをつい耳は追ってしまったが。
 アドリブ部分が強烈に甘くふくよかだった。いつの間にか没入し、ふっと気付いたら曲が終わるところ。もっともっとあの音世界にハマりたかった。
 1stセットは飛び切りロマンティックな曲、"With you"で締める。ソフトでしとやかなアドリブの流れに浸った。
 総じて前半セットはペダリングに丁重なアプローチで魅せた。
 
 後半セットはダイナミズムとオスティナートが裏テーマか。ピアノは強いアタックと小さなタッチがぐいぐい幅広く花開く。
 (6)のアドリブは複雑な響きが次々と現れ、(7)は噴出するドラマティックな展開で持っていく。(8)は図らずも唸りまでアドリブでは登場するほどアグレッシブ。さらにクラスターやフリーなタッチも頻出した。
 特に(7)はバラードと前置きしつつ、全休符や不協和音がいっぱいのアレンジが壮絶だった。

 (8)は冒頭で軽く「映画用に書いた曲だ」と説明。「割れた皿!」とタイトルを一声叫び、そのまま演奏に突入するさまが、すごくスリリングで良かった。楽曲は途中でオスティナートが増す。フレーズの繰り返しが没入感をぐいぐい煽った。くるくると音符が舞い続け、ついに解放されるかのよう。

 最後の(9)は11月頭のレコーディング前日に書かれた曲という。一番最後の音を出したとき、黒田はピアノに伏せた。鍵盤へは指を、ぐっと載せたまま。静かにふぅわりと音が消えてゆく。部屋の中で音が霧消し、演奏が終わった。 

 アンコールは無し。ちょっと間をおいて、第三部ともいえる黒田と辻のトークが始まった。とはいえ構成は堅苦しくせず、すぐに観客の質問を踏まえたアットホームな語り合いになっていった。
 何より今日、辻の発言から勉強になったのは、ピアノの特性。打楽器だが、むやみに叩けばいいってものじゃない。
 「ピアノはハンマーと弦の摩擦。打点が小さく短いほどきれいな音になる。訓練されたピアニストは鋭い点の打鍵だ」
 この点接触と鍵盤は押すのでなくハンマーで弦を叩くだけ、という鍵盤楽器の基本に戻った考え方になるほどと唸った。

 黒田は辻を立てる形で途中はあまり発言無かったが、即興へのスタンスについて質問し、演奏中のスタンス(無心、だそう)や楽曲へのアプローチなどは、前々からすごく好奇心をくすぐられており、とても興味深く拝聴した。

 だんだん客席からの質問も活発になる。最後にここだけの話と、手短に黒田が各楽曲の狙いなどを解説して、きれいにアフタートークは終わった。
 ある意味ライブ鑑賞だけにとどまらぬ、学究的なステージだった。またこの企画でやって欲しい。

目次に戻る

表紙に戻る