LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2012/3/24   代々木公園 野外ステージ

出演:Badar Ali Khan & Group

 日本・パキスタン国交樹立60周年バザールの初日、無料ステージでBadar Ali Khan & Groupのライブが行われた。
 彼はヌスラットのいとこだそう。5人組のユニットで、全員が兄弟という。イスラム神秘主義(スーフィズム)のカッワーリーをライブで聴くのは初めて。

 あいにくの小雨で、観客の出足は少なめ。Badarのライブは開会あいさつに続く2番目のプログラムだった。10:20開始予定で、たっぷり一時間の予定。
 しかし冒頭の関係者挨拶がどんどこ押して、10時半過ぎにようやくステージで準備が始まる。絨毯がひかれ、マイクなどがセッティングされた。

 メンバーがぞろぞろ集まってマイクの位置などを確認する。いきなり全員で歌い始め、いきなりか?と思ったら。あっさり袖に引っ込む。マイクチェックだったのか。
 スタッフの司会で改めて、ひとりづつステージに現れた。

 小雨は止み気味だが、風も含めてあたりは少々寒い。傘の乱立で見づらいかと懸念したが、観客は傘を差し、ベンチにちょこんと腰かけて聴いていた。50人くらいかな。ゆったりな客入り。
 編成はハルモニウムが一人にタブラが一人と、こじんまり。コーラスは背後に二人座る。
 Badarが無造作に歌い始めた。ぶかぶかとハルモニウムが鳴り、軽快にタブラが刻んだ。

 最初の曲は聴き覚えあり。アッラーを称える歌か。コール&レスポンスがぐいぐい高まっていく。予想以上に、Badarと他のメンバーでサインは無い。Badarがリフレインの回数を決め、周りが応えるアレンジのようだ。
 四拍子の一拍で手拍子入れる、シンプルなビートをタブラがかき回す。ハルモニウムの演奏が興味あって耳を傾けようとしたが、すぐに強烈なボーカルに集中してしまった。

 野太く吼えるボーカルは、Badarだけでなく周りのメンバーも強靭だ。マイクいらないんじゃ、ってくらい朗々と響く。
 小雨のせいもあり、ステージの絨毯は奥まっており観客との距離を感じる。そのせいか、盛り上がりはじわじわと。
 しかしいつしか、Badarのボーカルを筆頭に演奏は盛り上がった。

 Badarは指揮というより、自らのテンションを上げるかのような様子で腕を振る。時に力強く上下に動かし、時にはふわりと手のひらを広げた。
 いきなり全休符でブレイク入れた瞬間の、凄みがさすがだった。

 あまり長尺に持ち込まず、10分程度で次の曲に。ちなみに50分ほどのステージで5〜6曲やったか。カッワーリーに親しみ持たせるためか、短めに次々と演奏した。
 耳馴染みは冒頭の一曲のみだった。

 2曲目は切なさを前面に出した、ゆったりめのテンポで始まる。けれどもじきに、テンションが上がっていった。
 演奏途中で、一人の日本人男性がステージに上がる。奏者の前でふるふると手を動かした後、紙幣をまいた。
 この紙幣、ナズラーナーと呼ばれるおひねりだそう。You tubeで映像みて知った。

 ずいぶん手慣れた観客がいるな、と思ったら。和光大学の非常勤講師な村山和之。このライブの協力者らしい。曲の間で司会的にマイクを持ち、ナズラーナーの説明を簡単にした。
 「円でもドルでもルピーでもいいです。もらうほど演奏者が盛り上がるので、積極的にどうぞ」と言うが、円でばらまいたらすごい散財では。
 このあとも、何人かの日本人が札をまいていた。ときどき村山が紙幣を回収して、再び同じ札を観客へ配らせていたようにも見えたが、あるていどは段取られてたのかな。
 大きな丸が見えた紙幣だが、ルピーだろうか。

 ナズラーナーのしきたりは詳しく知らず、帰ってから検索してみた。あるブログでは、10ルピー札(1.61円:3/23付レート)が現地で撒かれる紙幣の単位らしい。物価差がわからないが、100円玉を撒くような感覚かな。
 You tubeでは奏者の前に紙幣が山積みになる画像も見受けられる。

 この様子を見て、好奇心がうずく。純粋に奏者を称えるおひねりなのか、賽銭みたいな意味なのか。奏者を宗教的な象徴と見なし、喜捨やお布施がナズラーナーと想像していたが、実際はどうだろう。見ていて、わからなくなった。
 カッワーリーは宗教歌と思い込んでいたが、世俗歌もあるという。
 ネットにはトランス状態になった観客が思わず紙幣をばらまく、といった説明と、紙幣を与えた観客を明確に奏者へ伝え、パトロン風にお金を出した人を奏者が称える、といった説明の両方があった。色々、知りたくなった。
 
 今日のライブでは、歌詞がわからず。したがって宗教歌と世俗歌、どちらをメインに演奏してたか不明だ。
 だが、途中で日本の「しあわせなら手を叩こう」を歌いだしたとき、カッワーリーのコンセプトが親しみ持てて興味深かった。楽曲的には、ちょっと腰砕けだが・・・。

 Badarが「しあわせなら〜」と繰り返し、コーラスが応える。元の構造にこだわらず、幾度も「しあわせなら〜」と歌うさまをみて、場の雰囲気やBadarの興しだいで自在に曲のサイズが変わるんだろうな、と想像していた。
 ちなみに楽曲そのものの節回しは、カッワーリーのアレンジにピタリとハマるのも面白かった。

 ステージは楽曲を重ねるにつれ、あったまっていく。開催スタッフのパキスタン人や関係者と思しき日本人が何人かステージに上がり、演奏に合わせ踊る場面も。
 さすがに寒さのなか限られた時間でトランスするまでは至らないが。

 ライブ全体の手綱はBadarがしっかり握る。器楽は伴奏に回り、歌のやりとりだけで持っていく。派手な展開は無いが、力強いテンションでミニマルな疾走が楽しい。
 ハルモニウムは音風景をふくらます彩がメインのようだ。
 
 タブラの奏法は、新鮮だった。
 インド風のタブラ演奏に馴染んでおり、二つ並べたタブラの左手はスライドさせる思い込みあったが、パキスタンのタブラは複数を操る。4個を並べて、時にはすべてドラム・セットのように叩き分けていた。
 一つは膝の上に乗せ、どしんと低音を響かせる。右の高音域タブラを中心にリズム・パターンを組み立てた。

 ステージ後半でほんの少々、タブラのソロ有り。チューニング用のカナヅチを打面にあててスライドさせ、ピッチを変えつつ軽快に高域ビートをまくしたてる。
 ほんの短い時間でBadarもことさらアピールしなかったため、さらりとソロは終わったが。もうちょっと長い時間、聴きたかった。

 最後の曲はカッワーリーのステージではいつも演奏する、との村山による紹介あり。起立して聴く、聖者の名前を連呼する楽曲という。そうなんだ、知らなかった。
 Badarも起立して存分にうなった。

 一時間弱のステージ、カッワーリーへ親しみ持つには十分な時間。いい機会だった。

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