LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2012/3/2   渋谷 公園通りクラシックス

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p,喜多直毅:vln,翠川敬基:vc)

 久しぶりに黒田京子トリオのライブを聴いた。バイオリンが喜多直毅に変った、2011/5/13の新生トリオ初ライブぶり。間が空いたのは、深い意味は無い。単に僕がライブハウスそのものへ行きそびれていただけ。
 即興を絶賛するネットのレビューを見ていて、楽しみにしていた。
 そしてその期待に対して、十二分に満足した。

 このトリオを立ち上げるにあたり黒田がWebに発表したコメントを、再度引用する。
『ジャズあるいは即興演奏において、問題なのは楽器ではなく、「その人」であることは言うまでもありません。(中略)喜多さんは太田さんの替わりなどでは決してありません。(中略)まったく別のトリオです。』

 ライブを通じてさまざまな要素やスタイルを貪欲に取り込み、研ぎ澄まされた緊張と懐深いスタンスを実感したライブだった。

 ホームグラウンドとも言える、In-Fでは楽屋ってものが無い。ライブを始める前にミュージシャンは同じ場にいて、演奏に向かうまでの姿も伺える。しかしここでは、演奏前にミュージシャンは楽屋である、衝立の奥にいる。黒田がちょっとフロアに姿を見せたが、他のふたりはほぼ楽屋にいたまま。
 翠川敬基の笑い声などが漏れ聴こえるくらい。様子がわからないまま、これから始まる演奏の期待が高まった。

 ピアノがステージ右側、ほぼ客席に対し真横に設置された。中央にチェロ、左側にバイオリンのセッティング。全員がアコースティック、マイク無しの生音だ。
 黒田のサインで空調が止められ、静寂から演奏が始まった。

<セットリスト>
1.即興
2.Inharmonicity 
3.(タイトル未定)
4.雪の下には緑
(休憩)
5.Wonder Bird
6. It's Tune
7.Voice from yonderかなたからの声(富樫雅彦作曲)
8.Zephyrus
(アンコール)
9.青いスカーフ

「今夜は曲を中心に演奏します」
 最初に黒田の挨拶のあと、一曲目から15分ほどの長めな即興が披露された。
 
 この即興がまず、とびきり素晴らしい。密やかな高まりが存分に味わえた。三人は特に突出やソロ回しをしない。互いに奏でながら、互いに音を聴きあう。スローからアップまで、幾度も波が寄せては返す。複雑な和音が、場にあふれた。

 最初の即興曲では、テーマや主導権が無い。だれかの音が自然に受け継がれ、並列する。ほとんどの場面で、翠川を見ながら聴いていた。もっともダイナミクスが大きく、かつpppも多用する翠川は、音量的にはアンサンブルに埋もれてしまうこと多し。だから彼の演奏を見ながら出音を探し、音楽に耳を傾けていた。

 即興はチェロとバイオリンの絃から幕を開けたと思う。特殊奏法を多用し、弦を軋ませた。そっと、ピアノが乗る。
 弦のふたりは、倍音を操りながら弓を動かす。
 喜多がハイポジションに左手を当て、ピチカートで弦をはじいた。日本音楽で拍子木のように。ぱん、ぱん、ぱんぱんぱん・・・と。

 黒田のピアノが高まる。くるくると鍵盤の上で動く手。勇ましく叩く中で、黒田は手首でも鍵盤を鳴らしてるように見えた。
 翠川はチェロを左肩へ預けるようなしぐさで、静かに弾く。

 (1)で和音や調性を奏者がどの程度意識していたかは、わからない。テンポや小節すらも。黒田が弾きながら片手で、ふわふわと宙に線を描く。
 互いのフレーズがポリリズミックに成立し、いったん不協和音が次の瞬間、妙なる和音に変わる。素晴らしく、美しかった。

 足を組みかがみこむようなスタイルで喜多が弾き続ける。足元に置いたホイッスルを咥え、高らかに吹いた。
 黒田が激しく身体を動かし、鍵盤の上をめまぐるしく手指が動く。しかし、出音はごくわずか。黒田の頭の中、しぐさが示す音の流れを想像のなかで奔出させ、耳では限られた小音量の響きを受け止める。

 ちなみに黒田はこういったポーズそのものに嫌味が無い。いわゆる不思議ちゃんのわざとらしさや、演出臭やけれんみとは別次元だ。真摯さを感じる。場の空気を味わい、自らの音を突き刺す、真剣さがにじみ出る。

 スローから始まった即興は、滑らかにテンポアップする。疾走して終わり、な単純さでは終わらない。だれかがフレーズをすっと抜き、たちまちスローへ。自由自在な強靭さが魅力だ。
 つまり、歩留まりが異様に高い。即興はともすれば、停滞や飽きる場面がありがちだ。だがこのトリオは、各瞬間の味わいが芳醇で気を抜く場面が無い。

 ライブで見ていたせいもある。奏者の佇まいまで味わえるから。録音では想像しづらい空気感、生演奏でこそ映える空気の色。それを実感させる即興だった。
 バランス的にはピアノが小さめ。チェロは埋もれがち。しかしバイオリンの突出は無い。矛盾する表現だが、そう感じた。聴こえないかな、と思っても過不足は無い。アンサンブルがふくよかに混ざった。

 (2)は黒田の作品。弦2人の極小音が、いきなりテーマから弾きだした。かくかくと揺れるフレーズが変奏され、即興に。(1)のインプロとは違うスタイルに、くるり変わった。
 (1)のポリリズムは身をひそめ、くっきりと小節を感じさす。しとやかなムードが緊迫感を高めた。
 やはりソロ回しには行かず、全員即興で構築する。
 ふっと音が消え、翠川が朗々とチェロを弾いたのはこの曲だったろうか。

 (3)はタイトル未定、黒田の曲か。今回が2回目の演奏という。黒田のアルペジオから始まった。
 9つの音が繰り返される。9/8拍子か、4/4拍子の8分音符が9個で最後が3連か、後半の5音が2拍5連か。どれだろう・・・とぼんやり思ってるうちに、テーマは勇ましい響きに変わる。

 翠川がぐんと胸を張ってチェロを弾く姿が絵になった。左肩からチェロが離れ、力強い響きに。それでいて、音量はピアニッシモまで自在に操る。
 いきいき躍動する演奏だった。

 (4)も黒田の曲か。たぶん、初めて聴く。ロマンティックな世界が広がった。
 繊細な空間を時折、鋭いフレーズで引き締める。喜多が巧みに弓を動かした。前に出過ぎず、それでいて存在感はしっかり。弾きながら、高い声を喜多が漏らしたのも、この曲か。
 旋律と特殊奏法でのノイズのバランスが抜群だ。翠川の奔放な演奏ときれいに噛みあった。

 休憩をはさんだ後半セットは、富樫雅彦の曲を3つ並べた。これがまた、曲ごとに演奏スタイルが異なる多彩さ。
 "Wonder Bird"はピアノからぷんぷんとジャズの匂いがする。けれども出音は繊細かつ断片的。黒田が体を揺らしながら、ソロっぽい場面になることしばし。バイオリンとチェロは擦過音を多用する。
 後半は幾分ピアノの音がくっきり聴こえ、アンサンブルの輪郭も明確に鳴った。

 思い切りスイングしたのが(6)。冒頭でチェロは指弾きのランニングに変え、ぐっとファンキーになった。
 中盤のソロ回しのアレンジも格別だった。ピアノのソロでは弦2人がピチカートや弦を軋ます音を多用し、ぐんっとピアノを強調する。
 短い翠川のソロから喜多へつながる瞬間も良かった。
 喜多が弓を振ったのも、この曲だろうか?バイオリンを構えたまま、弓を強く縦に振る。空気を震わす音、そのものを繰り返し喜多は出した。
 
 ライブならではの圧巻が、続く(7)。壮絶な空白に惹きこまれた。これは絶対に、録音では味わえない。
 曲調そのものも幻想的だった。明確なビートや流れより、断片的な動きが印象深い。

 ピアノが音を絞り、バイオリンが聴きに回る。チェロの独奏と思わせて。翠川はppppで悠然と応えた。
 すなわち。ステージからの音はほぼ、聴こえない。空調の響きが支配する。翠川は弓をチェロにあて、ゆっくりと引く。音量は極々抑えられ、実際に音が出ているかすらも怪しい。
 だが翠川は楽器を奏でている。チェロの音がふっと浮かんでは、消える。

 体感時間にして、数分に及んだ気がした。ホールの空気そのものを味わう一瞬だった。
 バイオリンが静かに音を重ね、ピアノが乗る。そのまま音楽はエンディングに向かった。

 2ndセット最後の曲が、黒田の"Zephyrus"。バイオリンのイントロからチェロが入りづらかったらしく、やり直す場面あり。
 この曲は何度も聴いたが、チェロとバイオリンのフレーズが交錯する美しさを、改めて実感した。

 拍手の中、アンコール。ロシア民謡らしい(9)を演奏した。構成を確認し、ソロ回しらしきものもあまり無し。さくっと終わった。

 てなわけで、ひさびさの黒田京子トリオ。アンサンブルやアレンジは楽曲ごとに違う。実験や求道性の堅苦しさは無く、三者三様の存在感と引出しを重ねあう演奏だ。
 幾度も本項で書いたが、ライブならではの魅力にあふれたバンド。しみじみ、楽しかった。

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