LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2009/5/30   大泉学園 in-"F"

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln)

「富樫雅彦さんの曲です」
 開演時間をちょっと押して、演奏の開始。登場したばかりの太田が簡単に曲紹介をして、ライブは幕を開けた。
 かすかな音が店内に広がる。チェロはひときわ、ピアニッシシモを響かせた。
 
<セットリスト>
1.Sketch 2/Sketch3
2.あの日
3.パラ・クルーシス
(休憩)
4.Beyond the frame
5. ちょっとビバップ
6.二十億光年の孤独
7.ホルトノキ
(アンコール)
8.(ニーノ・ロータの曲)

 ひとひねり、かつ新たなアプローチを試みた夜だった。
 (1)は25分くらいの演奏。抽象的な音が飛び交い、柔らかく優しく音楽が展開してゆく。あからさまなソロ回しは無い。中盤で太田がソロめいたフレーズをしばらく奏でるも、あくまで音量バランス的にそう思っただけ。
 ピアノは常にメロディを奏で続け、チェロもリフだけにとどまらない。三人が平行移動しつつ、絡み合う。刺激的なサウンドだった。

 翠川のチェロは凄く音が小さい。耳を澄ましてかすかに聴こえるほど。それを音像にあわせてボリュームを調整する。
 静かにリフを奏でるチェロへ、バイオリンが絡む。次第にクロスフェイドし、チェロの奏でる音列が全面に出てくるシーンは気持ちよかった。

 黒田は身体を大きく揺らしながら、丁寧に鍵盤へ向かう。ころころと高音から低音まで満遍なく鳴らした。
 バイオリンからピアノへ、滑らかにアドリブ展開が流れてゆく。
 テーマともアドリブともつかぬアレンジが素晴らしかった。

 次は翠川の曲を2曲続けて。黒田の選曲だそう。前置きを黒田がして、(2)が強烈にしっとりと始まった。
 静かなピアノがいっぱいに。テンポはフリー、世界が広がる。繊細に、触れたら割れそうに。
 しずしずと弦が入る。美しく張り詰めた音楽が広がった。比較的ピアノが主導権を持っていた感じ。

 今夜のステージを通して、翠川はメロディと特殊奏法が半々くらい。バランスを意識させる。フリーでいながら軸足がぶれない。無造作に左手が指板の上を踊り、高音をきれいに響かせた。
  (2)ではしみじみとバイオリンがソロを。ピアノが柔らかく受け止め、チェロは鷹揚にカウンターを加えた。
 意外なアレンジが楽しかったのは(3)。「置いてけぼりにしてないだろうか」と、呟きながらピアノのイントロから。
 ぐっとテンポを落とし、スケールみたいなフレーズで始まる。

 右手を中心にゆったりアドリブを奏で、数音だけ低音を響かす。印象的な場面があったのは、この曲だったろうか。
 ひとしきりピアノが高まったところで、まずチェロ、ついでバイオリン。テンポもフレーズも解体し、緩やかな音列で絡んでいった。
 バイオリンのソロも硬質に響き、チェロは豊かにメロディを膨らます。別の曲をバイオリンが一瞬弾いてた気がした。今までとはまったく違う、"パラ・クルーシス"。とっても面白かった。
 最期は馴染みの展開に、スピーディに駆け抜けてコーダへ。5分くらい、あっさり終わった。

 後半セットはボヤンZ(Bojan Zulfikarpasic)の曲から。前に1〜2回やった程度、という。曲名や作曲者を太田が雰囲気で紹介し、翠川が面白がってつっこみ倒す。
 スローなテンポで弦のからみがストレンジに響く。チェロが違う世界を漂うがごとく。不思議な和音の感覚だった。

 鋭くピアノがフレーズを立てる。確かこのあと、弦の二人に任せ、黒田が耳を傾ける場面に展開したと思う。
 チェロのリフは太田がソロを弾いてる間に、たちまちオブリへ変わってゆく。チェロが大きくメロディを弾き出すと、バイオリンは隙間を縫って音列を挿入して音楽の色合いを変えた。

 黒田の作曲を2ndセットは3曲続けて。"ちょっとビバップ"はぐっとスリリングな展開に。アドリブに入ったとたん、ぐいぐいアップテンポ。高速フレーズの速弾きをバイオリンが猛烈に突き進む。
 ときおり別の曲らしきフレーズを挿入するが、次の瞬間で弓を激しく動かし、左手が忙しく弦の上を踊って行く。左手を使わず、右手で弦をはじく奏法をちょっと披露もこの曲だったろうか。

 ピアノも激しいプレイに乗っかる。右手が和音の連打を、高速8分音符で猛然と叩きつける。畳み込む右手の連打に、左手で低音をごそっとかき混ぜる。さりげない構成が、凄くよかった。

 エンディングに突入。バイオリンがつんのめったため、苦笑しながら太田が次の曲へ行く前に、MCを始めた。
 ところが翠川が混ぜ返す。譜面に書かれた詩を朗読してゆく。
 太田がMCの続きで受け、さらに翠川の朗読。しだいに二人の世界が混在し劇の一場面みたいな風景となり、そのままチェロがイントロを奏でた。おそらく即興で、まったく新しいフレーズを織り込んでゆく。

 雄大に、幻想的に。(6)は美しく音像が広がった。ピアノはひときわ綺麗に。
 バイオリンがソロから弾き止め、チェロとピアノのデュオを作ったのがこの曲だったろうか。もっとも比較的短めに曲が終わってしまい、残念。

 最期は"ホルトノキ"。イントロでピアノの左手が、新鮮でキュートなフレーズを作った。
 するするとテーマが流れ、即興に。途中でテンポと和音の響きがぐっと異なり、まったく違う舞台で三人は奔放に音を絡み合わせた。
 
 着地。余韻をもって三人が体の力を抜く。このトリオのライブは、エンディング後の一瞬の空白がたまらなく気持ち良い。
 一呼吸置いて、大きな拍手。アンコールへ。

 特に曲を決めておらず、翠川が「おれがすぐ出る楽譜はね〜」と、譜面を繰ってゆく。改めてトリオのレパートリーが膨大なことに気づく。わざとなのか、思い切り重たい曲ばかり翠川が選び、片っ端から没に。翠川が上げた曲の中には"スプリーン"とか"オブリヴィオン"も。いいな、と思ったが二人の賛同は得られず。
 結局、ニーノ・ロータの曲となった。フェリーニのサントラで、前に演奏を聴いたことあるがタイトルは良く知らない。
 3人の準備が整い、アンコールへ。ぐいぐいと揺れるメロディの瞬間が勇ましい。黒田が、太田が、フレーズにあわせて喉で唸る。さすがに即興部分は少なめ、威勢よく終わった。

 先日の"翠川敬基トリオ"を超えて、今夜のトリオは一味違う新鮮さがあった。また何期目かの節目へ向かう予感。これまでのレパートリーをあえて変えたアレンジの採用で、なおさらそう感じたのかもしれない。
 あらゆる意味で三人の音のからみが、違うステップへ進化しそう。うまく言えないが、とにかくそんな気がした。

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