LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2009/5/8  大泉学園 in“F”

出演:翠川敬基トリオ
 (翠川敬基:vc、太田惠資:vln、黒田京子:p)

 翠川の還暦2日前を記念ライブ。メンバーは黒田京子トリオだが、今夜は翠川がリーダーをつとめた。本ライブでは、クラシックを取り上げるの前提だったという。
 太田の軽快なMCで幕開け。今夜は3部構成なことを告げる。
 翠川はチェロを構え静かに座っていた。あとで伺うと、かなり体調崩されてたそう。

<セットリスト>
1.ハーモニアス・アウトキャスト
2.メッセージ
(休憩)
3.ガンボ・スープ
4.Seul-B
(休憩)
5.ベートーベン"ピアノ三重奏"ハ短調 作品1-3

 太田のMCによると「過去、現在、未来」が今回選曲した翠川のテーマ。(1)〜(4)も全て翠川のオリジナルだ。
 前半2曲がごく初期、20代前半の翠川が作曲したオリジナルで、『Five Pieces of Cake』に収録。
 中盤は緑化計画や黒田京子トリオで馴染み深いレパートリーという趣向。
 ちなみにピアノ三重奏3番も、ベートーベンが20代前半で作曲したという。

 「未来がなぜベートーベンなのか・・・お先真っ暗ということでしょうか」
 解釈に苦労したようすな太田がぼやいて、黒田が苦笑した。

 1stセットの2曲はたぶん、初めて聴く。厳かに、訥々と(1)のテーマが始まった。ピアノとチェロ、バイオリンがユニゾンからハーモニーへ向かう。
 透き通った肌触りの旋律で、クラシックの現代音楽を連想した。いわゆるジャズとは違うベクトル。翠川の美意識が噴出したかのようなメロディだった。

 そのまま即興へ。20分ほどの長尺だったが、どんな方向性に向かっても音楽はびくともせず。
 強固な音像が立上った。主にチェロの弾きっぷりではないか。ピアニシシモを多用し、どっしり受け止めた。

 太田が甲高い旋律をテンション高く繰り出し、時にヴォイスを混ぜる。いったんはどフリーで盛り上がり、まったくノーリズムへ。
 三人の音がノーテンポで交錯する。
 翠川の弓の毛が一本、ぱらりほつれた。初手からフリーキーな音を繰り出し、超高音や駒の先を弾いたり、チェロのボディを叩いたり。長尺のソロはまったく取らない。
 むしろこの曲は、三人の自由度が最高潮に高まりつつも、バランス的にはもっともバイオリンが立った。

 黒田は大きなボディアクションでピアノを奏でる。しかしタッチはピアニッシモからメゾフォルテ。大きな音で叩かず、フリーな疾走からコケティッシュなフレーズ、穏やかに抱擁など、さまざまな世界感を描いた。
 高音部を軽やかに叩く。次には和音からアルペジオへ、音列のパターンやアクセントを変え続ける。それでも音世界はまったく崩れない。

 バイオリンがふっと途切れた刹那、滑らかにピアノが出た。
 チェロは刻みながらフレーズを混ぜ、バイオリンが応えピアノは膨らます。
 息の合った3人ならではの即興で、聴き応えたっぷり。

 翠川はどっしり座り、太田がコミカルなヴォイスを入れても悠々と奏で続ける。
 途中で弓を置き、ミニマルなリフをピアニシシモで連ねた。
 バイオリンが止む。ピアノも止む。静かにチェロだけが残り、即興からテーマに戻らずフェイドアウトで消えた。
 後述するベートーベンと同様の終わり方を狙ったのか、とは穿ちすぎか。

 (2)はロマンティックな旋律の曲。これもジャンルを意識せずに翠川のロマンティシズムを素直に作品化した、印象あり。
 今度はある程度のテンポ感を維持しつつ、三人のインプロとなった。
 最期はテーマへ戻って終わったと記憶する。濃密に15分くらい。隙間や停滞は無く、ただ、美しい即興となった。

 短い休憩を挟み、(3)へ。テーマの"現代"と"過去"の差異をあえて書くならば。"現代"はあえて、アフリカやジャズのサウンドを取り入れ、グルーヴィさを意識した曲調を並べた、と感じた。
 例えば"Link"や"May 3rd"のような曲を並べたら、アンサンブルの強靭さは強調される。けれども明確な違いが現れにくかったかも。

 ちなみに2セット目は翠川の意向で3曲予定してたらしい。
 2曲演奏時点で翠川の休憩提案が入り、そのまま完了。
 やはり40分弱の演奏。予定の残る一曲はなにか、ちょっと気になる。

 (3)はバイオリンのソロからだったろうか。目合図を太田が飛ばし、三人が活き活きとテーマへ。
 黒田の軽く転がすフレーズが新鮮な色を曲に塗った。
 ピアノがきっかけに、インプロはぐうっと膨らむ。
 改めて毎回、多彩な表情を曲に与える、このトリオならではの底力を見せた。

 太田は途中でアフリカンな歌声を長尺でまくし立てる。翠川は弓を置き、ベース・ランニング風のフレーズを弾いた。
 やがて三人の即興がいったん、静かに。
 チェロの独奏へ。しっかりと翠川がアドリブを奏でた。

 ピアノの音が止まってバイオリンとチェロのデュオ。次第に音量が下がり、消え去る。
 このまま終わるかと思いきや。すっとピアノが音を繋げた。
 高らかにテーマを歌い上げ、エンディングへ。ドラマティックな即興アレンジがきれいに決まった。

 (4)は一転して、ジャズ。翠川のベース的なフレーズを特に強調した。
 テーマへ行くまでの展開も、過去聴いた印象とかぶらぬ新たなもの。静かで広い風景から、細くメロディが現れる。
 この曲もすごく良い演奏だった。忘れられないのが中間部。
 翠川がベース的なフレーズを弾き、太田はボディをこすってハイハット的なアクセントをつける。
 そこへ黒田のソロ。どっぷり溢れる揺れっぷりが素敵だった。
 
 休憩を挟んで、いよいよベートーベン。黒田と太田の緊張感が高まる。翠川は静かな面持ち。

「さっき演奏した曲の譜面がこれ、ベートーベンはこれ」
 前者が5行くらい、後者は一ページ十数段は軽くある譜面を客先に見せ、情報量からすでに違う・・・と太田は苦笑する。

 マスターのMCを冒頭に挟み、喜多直毅のプレゼントが翠川へ渡された。
 中身はベートーベンのデスマスク。入り口横のカウンターへ、三人を見つめるかのように置く。
 
 ベートーベンは三人の呼吸を揃え、力強く始まった。この曲もたぶん、聴いたことない。
 ピアノのタッチがくっきりと、ダイナミズムを持って奏でた。譜めくりがいないため、数枚繋げた譜面が、弾き終わるたびにばっさりと大きく床へ舞う。
 バイオリンとチェロのビブラートの違いが、改めて出る。小刻みに震わすチェロ、大きく揺らすバイオリン。
 事故めいたところは確かに数箇所あった。しかし本質として、この三人がベートーベンと対峙する現場に居合わせることがポイントではないか。

 翠川のクラシック化計画で、改めてぼくはクラシックを聴きたくなった。クラシックへ真正面に取り組み、楽しむ。デッドな音響で間近で聴く。荻窪グッドマンのときは、咥えタバコで聴くことすら可能だった。別の観点で、すさまじい贅沢な環境だと思ってた。 
 とにかく堅苦しさはなく、クラシックへ挑戦し演奏を楽しむ。そのスタンスがクラシックの魅力を、気づかせてくれた。たぶんクラシック化計画のライブを聴いてなかったら、今ぼくはクラシックへ興味を持っていない。

 今夜のベートーベンはピアノが華やかに旋律を奏でた。2楽章で右手が軽やかにフレーズを弾きあげ、下ろす場面が特に鮮烈だった。
 チェロはほとんど目立たず。ボリュームはむしろインプロ時より大きかったくらいなのに。
 この曲のコーダは静かに終わる。チェロとバイオリンが静かに音を紡ぎ、ピアノが仕上げた。大きな拍手で、ライブは幕を下ろした。

 あえてクラシックを最期に持ってきて、次なる即興への進化したアプローチを予感させる。
 数十年にわたる翠川の音楽生活を凝縮し、通低した美意識と幅広い音楽性を滑らかに魅せた。
 還暦祝いながら停滞や安住は無い。進歩を貪欲に求める。音楽は耳へ優しく滑り込むが、ある意味パワフルなライブだった。

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