LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/10/18  大泉学園 in-"F"

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln)

 前作から3年、2nd"ホルトノキ"のレコ発ライブ。観客は満席に。ピアノの調律をライブ前に行っていたのが、ちょっと特別な感じ。
 もっともメンバーは、ごく自然体で演奏へ臨んだ。20時寸前に太田惠資が登場し、アコースティック・バイオリンのセッティングをすます。翠川敬基はいつのまにか、楽屋から戻って楽器を持ってスタンバイしていた。
 
 ライブは黒田京子がMCの口火を切る。翠川や太田は体調悪いとぼやきつつ「CD製作は全て黒田がこなしてくれた」と発言、いきなり黒田が苦笑する。
 今夜はレコ発、アルバム全曲を曲順に演奏、の趣向となった。

<セットリスト>
1.Link
2.egg
3.May 3rd
4.Zephyrus
(休憩)
5.inharmonicity
6.ちょっとBe-Bop
7.Gambo soup
8.Die Wisse Rose
9.ホルトノキ
10.with you

 前半45分、後半1時間位。黒田京子トリオとしては曲数多め、あっさりと即興部分が過ぎてしまい、個人的には物足りぬ場面も。もちろん聴き所ばかり、濃密なライブだった。
 "Link"はチェロとバイオリンのインプロから静かに弦が絡み合い、チェロのピチカートへ。ゆったりとバイオリンがテーマを提示、ピアノが重なった。
 メロディを歌わせる。さらに即興へ向かったとたん、ぐっとテンポを落とした。バイオリンがフラジオを加えてアドリブに。ピアノは静かに支える。

 最初はほぼ太田が主旋律を取り、翠川は高音部分も多用する抽象的な音を。そして黒田がスケール大きく柔らかいピアノで受け止めた。
 ピアノは珍しく蓋を大きく開ける。ころころと音が弾む一方で、チェロのピアニッシモを打ち消さず調和した。

 "Link"の即興で場面展開のように、ひんぱんなテンポ・チェンジあり。きっかけは太田とは限らない。誰かの音が産まれ、自然にアンサンブルが移り変わる。
 黒田トリオならではの鮮烈で前のめりな演奏だった。
 最期に太田が倍音のみ、オクターブ上でテーマのメロディをかすかに軋ませる。全員が揃って、ふんわりとコーダへ着地した。

 15分くらいやってたかな。いきなり長め。緊迫感が続いた演奏だった。
「休憩入れようか」と翠川。

「次は"egg"。録音場所にちなんだタイトルで、CDでは完全即興です。今の"Link"も即興がほとんどでした。・・・どう、差別化をしようかな」
 太田が喋って、苦笑する。飛ばそうか、の黒田の提案に翠川が「CDどおりやろう」と宣言、そのまま演奏へ。

 前曲とは一転、硬質な弦の交錯に。ピアノが小刻みなフレーズでソロを取る。
 テンポの早いインプロが進んだ。太田のソロから、ぐんとスローな符割でチェロがメロディを奏でたのはここか。
 鋭い曲調はCD収録盤とテイストが共通してたな、と家に帰ってCDを聴いたときに感じた。

「なぜだろう!?」
 太田が唐突に吼え、即座にバイオリンが鋭く刻む。即興ボイスで太田が疑問というかぼやきを提示した。
 本盤をレコーディングした場所は、お土産に卵をもらえることがあるらしい。
 "黒田は最初にいったときもらったのに、自分はもらえなかった"と、コミカルな主題をタイトな雰囲気で主張、あいまにバイオリンをぎしぎしと。
 黒田は噴出し、翠川は呆れ顔。太田の独壇場をそっとカバーした。

 "May 3rd"は太田が曲紹介のとたん、「弾けねえ〜」と作曲者である翠川自らが漏らし、その場でフレーズをさらいだす。
 太田も「あ、そうだ」と言い、フレーズを確認。
「難しい場所が1箇所あります」
 太田が微笑んで、演奏に。
 黒田が最高音と最低音の鍵盤を同時に叩いた。

 ピアノと弦の交錯から早いフレーズへ。なめらかにバイオリンが即興へ向かった。
 しかしあっというまに即興部分は終わり、テーマで収斂へ。駆け込む勢いでエンディング。

 前半最後は"Zephyrus"。これもきれいだった。ピアノがしっとりとテーマを匂わせ、バイオリンが主旋律。チェロが複旋律。ピアノは和音を主体に、しかしきっちりとテーマを奏でている。特に終盤でのテーマ演奏の分担が聴き物だった。全部即興なのに、見事にアンサンブルが調和している。
 ちなみに演奏前、翠川は「譜面が違うかも」とつぶやいていた。あれはなんだったんだろう。

 "Zephyrus"で初めて、ソロ回しっぽい場面が。ほぼ独奏のイメージで。
 まずピアノ。高音部をころころ弾ませ、メロディが柔らかく組み立てられる。バイオリンはほんのり土の匂いを感じさせ、チェロはふうわりと符割を広げ、軽やかに紡いだ。特殊奏法で弦の高いポジションも多用して。
 
 アドリブの主旋律はピアノにいったん戻り、滑らかにバイオリンへ繋がる。
 前述のように、テーマを調和の取れた合奏で見事にまとめた。

 後半セットは店主のMCでトリオの歴史を簡単に振り返った後、"inharmonicity"に。
 3人の即興が高まり、テーマが現れた。

 アドリブ場面で翠川が弾き休め、バイオリンとピアノのデュオへ耳を傾ける。
 ねっとりとバイオリンがソロを取る一方で、ピアノも下がらずに応える。上品さを保ち、拮抗ではない。互いの美学が交錯する、きれいなひととき。
 
 後半セットはどの曲も短め、太田による簡単なMCのみでさくさく進む。
「寝る前にCDを聴いてたら、前曲あたりで眠っているかもしれません。でも、この曲でまた目が覚めるって寸法です」

 スイングっぽい雰囲気も含んだ"ちょっとBe-Bop"では、前曲でのカウンターか、バイオリンが聴きに入った。MCもふくめ、太田のバランス感覚がすごい。
 テーマではランニングのピチカートで、ベースを受け持ったチェロ。けれどもピアノとデュオで、ぐっとテンポを落として旋律をじっくり漂わせた。

 "Gambo soup"はテーマのフェイクがアドリブに溶け、軽快なグルーヴを。
 イントロでは黒田が弾き休め、立ち上がって手拍子を軽く入れる。立ったまま、リズムをぽんぽん鍵盤でとった。

 三者三様のフレーズが飛び交った。チェロがダイナミックな演奏を聴かせたのはここだろうか。
 左手が大きく跳躍し、低い音と高い音を交互に素早く弾き連ねる。さらに左指で弦全体を勢いよくストローク、すかさずポジションを押さえてフレーズ。
 さりげないが強靭なプレイが印象に残った。

 次々と曲に。"Die Wisse Rose"は弦二本の静かなテーマへピアノを載せず、静かにドイツ語を黒田がつぶやく。
 重厚な鍵盤の打音。弦と行き交い、やがて同時に。
 アドリブはバイオリンがとったろうか。あっというまにエンディングへ向かった感じ。
 終盤でも黒田はピアノをあえて弾かず、呟きを入れた。

 アルバムタイトル曲であり、代表曲な黒田の"ホルトノキ"。
 太田が軽妙に曲紹介し、お約束のように翠川と二人で「難しい」、と軽くぼやく。
 テンポはいくぶん前のめりで演奏された。すいすいとフレーズが進み、ピチカートから弓弾き、鍵盤が応える。
 涼やかな雰囲気を漂わせ、アドリブも短めでエンディングに到達した。
 珍しくピアノも含めて、雪崩れるエンディングへ。

 余韻を残し、いったん終演のムードを翠川が漂わす。
「アルバムにはもう一曲あります」
 と太田が紹介、アンコール的に"with you"を。黒田が本盤へ書き下ろした作品。
 まずピアノがしっとりと、ロマンティックなテーマを。
 チェロとバイオリンは静かに耳を傾ける。

 ピアノは2コーラス目に。翠川と太田は楽器を膝へ置いたまま。
 黒田が目線で入りを促すが、二人ともそ知らぬそぶり。面白くてくすくすと観客から笑いが。
 太田が譜面台に置いた新譜のフライヤーを大きく頭上で振ってみせ、翠川と笑いあう。
「レコーディングでもこうだったのよぅ〜」
 黒田が嘆きながらピアノはさらに弾き進めた。にやりと笑った太田が楽器を構えるいっぽう、翠川からテーマに。バイオリンも重なり、音楽は深く鳴った。

 最期は小品。アンコールの拍手が続きかけたが、レコ発の企画としてそのまま終演となった。
 ここ数年間の黒田トリオの積み重ねが形となって、充実したCDが現れた。
 そしてさらにトリオは動き続ける。一つの区切りをきっちり魅せた、聴き応えあるライブだった。

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