LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/7/25   大泉学園  in "F"

出演:黒田京子+Hisashi
 (黒田京子:p、Hisashi:vo)

 ステージはシンプル。マイクが一本、それに譜面台だけ。グランド・ピアノの蓋が大きく開いている。
 長身細身で中性的な雰囲気を漂わすHisashiは、高く喉を震わせた。

 黒田京子とボーカルのセッション、というスケジュールを見て、今夜のライブは興味を持っていた。以前にもボーカリストを絡むユニットを聴いたが、のびのびと自由で刺激的なピアノが素敵だった記憶ある。
 黒田とHisashiは初共演という。Hisashiを聴くのは初めて。サイトを見ていて、"4オクターブ近い声域を駆使した独自の歌唱法"という表現に惹かれた。
 
 ライブが始まるとHisashiは奔放に身体を動かす。曲に入り込み、指揮と踊りが混ざったような舞い。演じているようにも見えた。
 歌声は伸びやかで、ファルセットがごく自然に混じる。最初の曲は抑え目だったが、尻上がりに迫力が出た。ごくうっすらとリバーブをかける程度。声量あるためノーマイクでも聴きたかった。
 実際は立ち位置や頭の位置を頻繁に変え、マイクと地声を聴かすバランスやタイミング、ストーリー性をかなり意識した歌い方だ。

 黒田のピアノは軽やかに粒立つ。ぽおんと音が弾んだ。しだいにピアノの音が前へ出てきて、ボーカルと溶けた。
 演奏はリラックスしており、醸しだす雰囲気が柔らかい。微笑みながらHisashiを見やり、鍵盤から音が溢れた。
 サウンドがべらぼうに面白い。単なる歌伴でなく、あくまでピアノ演奏としてボーカルへ絡む。フレーズの積み重ねでなく、ひとつながりの音絵巻のよう。
 ボーカルとピアノのシンプルなセッションで、すさまじくシアトリカルな音像が現れた。

 最初は五輪真弓の曲。Hisashiが何の気なしに選曲したら、黒田とリハで楽しく盛り上がったとか。
 ちなみに今夜はHisashiが曲を持ち込んだのかな。"ホルトノキ"あたりをセッション、と期待したが叶わず。残念。
 さまざまな身振りをしながら歌うさまは前述のとおり。二人の音の立ち位置がしだいに詰まってく。

 滑らかにスタンダード"It couldn't happen to me"へ。ボーカルからピアノへ切り替わる瞬間、外を走るバイクの音が絶妙なSEタイミングでかぶった。
 ピアノ・ソロはジャズながら、ときおりピクンっとノリが切り落とされるようなスリルも。コマ落しでビバップを聴くような瞬間もあった。

 Hisashiはテンション高く、さまざまなスキャットで切り込む。4バーズ・チェンジしつつ、ピアノとボーカルでアイディアを提示しあった。声域が広いため器楽的にスキャットが動く。アヴァンギャルドまでは行かないが、声の拡がりを意識したパフォーマンス。
 大嫌いなMCを減らしていこう、といいつつ喋りは楽しげ。黒田はHisashiの紹介で声を出す程度。HisashiへMCを任せた。

 3曲目がオリジナル。滑らかなメロディが心地よい曲。Hisashiは村上“ポンタ”秀一と共演歴あるそうだが、確かにこういう曲は彼のドラム有りで聴いたら最高だろうな。
 ロックンロールの要素は無く、ジャズとポップス・・・か。ノリはうねるが跳ねない。あくまで個人的な好みだが、ロックンロール(ロックではない)要素入ったら、さらに魅力が増すのでは、と思う。
 ともあれ。スムーズに上下するメロディを、黒田の奔放でソフトなピアノがしっかりと膨らませた。

 続いて映画から"スパルタカス〜愛のテーマ"を歌詞つきで。一曲目が終わりかけると黒田はそっと譜面を横へ置き、半分メドレーのように自然に曲を繋いだ。
 イントロは自由にインプロを。短めながら、鍵盤の前で大きく身体を揺らしつつ、タイム感からも切り離された即興を黒田は奏でた。
 朗々とHisashi。幅広い声域を生かした歌いっぷり。
 
 継いでペドロ&カプリシャスのレパートリーという、"教会へ行こう"。何か勝手が違うのか、黒田はぼやきながら譜面を見つめ、おもむろに弾き始めた。
 ジャズどっぷりではなく、一つ一つの和音をくっきりと響かせるピアノだった。他の曲では精妙で流麗なアプローチが多かったので、この曲のアレンジが印象に残った。
 
 1stセット最期は、やはり映画から"アルフィーのテーマ"。Hisashiの年齢は不明だが、選曲がぼくよりかなり年上の人って感じ。
 MCの途中からピアノが入る。Hisashiが曲目を紹介した。

「3人組のロックバンドじゃありませんよ。ましてやぼくを見てギタリストを連想しないでください・・・よく言われます」
 そのとたん、黒田が爆笑。ピアノも中断して笑い転げ、「笑いすぎです」と、Hisashiに突っ込まれていた。
 "アルフィーのテーマ"は冒頭のメロディが大好き。Hisashiはここでも器楽的なメロディーを含め、なんなく歌いこなした。
 中間部でピアノ・ソロやスキャットの掛け合い、その他フェイクはあるものの、基本は歌を聴かせるスタイル。どの曲もインプロずぶずぶの展開ではなし。

 後半セットはHisashiのオリジナル曲から。きれいなメロディを紡ぐ人だ。
 曲はスタンダードに繋がる。タイトルは紹介あったが失念。2曲を続けて歌い、MCを挟んで次へと、進行はきっちりと。
 2ndでのピアノはますます艶と自由度を増し、伴奏とは別世界へ向かう。ボーカルがきっちり歌う一方で、たしかにピアノは歌へ寄り添った。
 しかしピアノへ耳を傾けると、ずうっと歌の横でもアドリブが続いている。大胆なアレンジだ。

「紹介の必要はありません・・・かね。2曲続けて」
 前置きなしで歌い継ぐ。ピアノはフリーなイントロを幻想的につけ、おもむろにリズムや拍の輪郭を描いた。
 曲は"アカシアの雨がやむ時"。原曲はろくに聴いたことがない。Hisashiはぐいぐいとハイテンションで、パワフルに歌い上げた。

 ユーミンの"ベルベット・イースター"を。
 冒頭のタイトル・フレーズを、切り落とすように素早く声を出す。スピーディな符割かつ、メロディそのものは揺らす。
 最初はまったくわからず、歌詞で記憶をたどってようやく曲名に気づいた。
 オリジナルはティン・パン・アレイがバックのはず。しかしHisashiも黒田もロックンロールな要素はさほど意識してなさそう。
 くっきりジャジーでも無いが、ビートよりもメロディのうねりに軸足置いてるような気がした。

 次が今夜のクライマックス。"ラウンド・ミッドナイト"を歌詞付きで。
 イントロは黒田のソロ。冒頭からフリージャズの文脈で弾きまくる。音数が極端に減る場面でも、体の動きやテンションで風圧を変えない。
 ビートもグルーヴも解体しつつ、粘っこさを保つ。
 断片的なフレーズで歌を誘う。バピッシュを保ちつつ自由度は崩さぬ、りりしいピアノだった。

 Hisashiが歌う。すっとピアノと音楽が入れ替わる。
 彼は無伴奏で歌った。か細げな声で。くっきりとメロディをなぞって。
 背筋を伸ばし、まっすぐに。

 ピアノが加わる。Hisashiはスキャットも取り混ぜて歌ったか。
 メロディが即興フレーズと混ざり、グルーヴが重たく揺らぐ。間奏でも濃密なアドリブ応酬だ。凄みと迫力と互いの美学が凝縮された名演。

 2ndセット最期は詳細を聞き漏らした。林某氏の作曲、と言ったろうか。
 ファルセットが轟き、地声と裏声が瞬時に入れ替わる。Hisashiが圧倒的な存在感を出した。
 すかさずアンコールの拍手が飛ぶ。

 間をおかず、谷川賢作の曲"I'm here"を。Hisashiは過去から共演歴が長いという。
 スケール大きく叙情的なピアノにのって、歌は演劇的な色合いをそこかしこに織り込まれた。最期の"I'm here"って言葉へつなげる盛り上がりがきれいだったな。

 二人の個性がくっきり際立ち、セッションとして調和もあり。
 がちがちのインプロとは別ベクトルの演奏なため寛ぎつつも、ピアノとボーカルそれぞれの繰り出し提示する、音像やテクニックへさまざまに興味引かれるライブだった。

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