LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/7/20   大泉学園  in "F"

出演:吉田+小森+壷井
 (吉田隆一:bs,b-cl,cl、小森慶子:cl、b-cl、guest 壷井彰久:e-vln)

 
 当初は吉田隆一と小森慶子のデュオに、ゲストを招く企画だったそう。ところが、
「え、俺ってゲストなの?聴いてないよ・・・」
 と、壷井彰久が驚いた声。いきなり意思疎通ままならぬMCから幕を開けた。
 喋りも多く、初手から吉田が破天荒に飛ばす。小森や壷井は半分呆れ顔で見守る。
 壷井が横の本棚から"男はつらいよ"の文庫本を取り出し、"男は"を指で隠して観客にかざした。

 小森はバスクラとクラリネット。吉田はバリサクのアコースティック体制。壷井が足元にエフェクタをずらり並べる、五弦バイオリンを二挺持ち込んだ。
「ゲストなら、もっと機材減らせばよかった」
 ぼやく壷井。どのくらい減るのか吉田が尋ねると、笑って応えた。
「五分の一くらい」

<セットリスト>
1.即興#1
2.即興#2
3.臥遊
4.舞い降りた午後
(休憩)
5.即興#3
6.星の光は彼女の耳を照らす
7.即興#4
8.サイレンス
9.即興#5
(アンコール)
10.即興#6

 いきなり即興から。無国籍で硬質なインプロが存分に奔出した。楽器の音量的に小森はちょっと苦しい場面もあったが、3人のアンサンブルは隅々まで刺激的に絡んだ。
 ソロ回しが主体ではない。互いが自由に音を展開する。
 吉田はさまざまな奏法や技巧を場面ごとで惜しみなく提示。改めて彼のテクニシャンぶりにやられた。特に"臥遊"での循環呼吸しつつ低音の重音奏法が圧巻で、べらぼうにかっこよかった。

 最初は小森がバスクラでインプロ。無造作なリフを低音二人が出し、壷井が静かにメロディを乗せてゆく。くっきりと整ったアンサンブルと、ワイルドな低音リフが絡み合う。
 吉田は強烈なタンギングで3拍子にリフを取り、ときおり4拍子を混ぜる。
 小森がぐいぐい押す符割の4拍子で、冒頭からさりげないポリリズム。壷井は拍子感を希薄にハイテンションでソロを。
 いつしか4拍子にフレーズがまとまり、小森と壷井の旋律が同時進行した。

 小森はクラリネットに持ち替え。イントロは無伴奏ソロから。穏やかな音量で、滑らかながら一本芯の通ったフレーズ。ほとんど溜めず、次々に音を換えた。
 腰掛けて吹いていた吉田。バリサクを膝置きに、まずマウスピースだけで甲高い音をそっと出す。手のひらで包み、音程を変えながら。次にネックをつけた形で、同様の奏法で変化を出す。
 そのときちらと見えたが、リードが青白い。プラスチック製かな?

 中間部は3人で、対位する即興旋律を聴かせたのがここか。前曲と逆に吉田のタンギングがソフトに変わった。ブレスの軋み音をほとんど消し去り、滑らかな響きを。ここでも循環呼吸を使ってた気がする。
 最期は静かに終わる。小森が一息先に吹き終わり、吉田が小さな音で。やがてブレス音だけに。壷井もロングトーンでリタルダンドし、バイオリンが弓を使いきったところで、すっと終わった。

 "臥遊"は小森の作品で、ある種のクライマックス。
 前置きした小森の曲説明では、穏やかに進みそうだった。ところがどんどんテンション上がり、中間部は怒涛な疾走へ。
 バリサクが豪快な音色で中心に立つ。ソロはほとんど取らずに、吉田はしゃにむなリフをめまぐるしく提示した。壷井がバッキングとアドリブの立ち位置を、サウンドを聴きながらさりげなく変えてゆく。

 小森はクラリネットの向きを意識的に変えて、音を物理的に操った。生音だからクラリネットのベルの位置で、音量が変わる。
 この曲では、さまざまな方向を向きながら吹き続けた。

 下を向いてしとやかに。高々とベルを持ち上げ、ぱあんと前へ音を突き出す。
 旋律を奏でながら、腰を左右にまわしゆったり振り回す。くるりと背を向け、ミュートするようにも。
 左手は腕時計を見るように、ほんのちょっと手首をかしげて指穴を開いた。
 テンポも含めてみるみる表情が変わる音像と寄り添いながら、あくまで自らの音世界をきっちり持つ。フレーズが奔出し、小森のサウンドが際立った。
 
 エンディング間際で猛烈な疾走に。吉田の重音奏法がすごかったのは前述のとおり。
 コーダは静かなテンポへ変動した気がする。

 雰囲気を変えよう、と吉田の"舞い降りた午後"へ。音数少なく、ロマンティックできれいな曲。今夜のオリジナルはどれも繊細で知性的な作品だった。
 小森はクラリネットのまま。音量を絞って、3人が譜面を見ながらすごくかっちりしたアンサンブルだ。

 バリサクの音量を絞った吉田は、口をきゅっと締めてふくよかにサックスを鳴らす。前曲ではバリバリを響かせてたのに。同じリードなのに奏法で、あそこまで両極の音色をたやすく出すのにびっくりした。

 途中から明らかにアドリブだが、全てが書き譜のようだ。だれが主導権でもなく、同時進行で互いに触発されて展開が変わる。浮遊するさまが刺激的だった。
 ここで休憩。1時間弱くらいの演奏。

 休憩時間に吉田が熱心に小森へ音楽の話をしていた。
「続きはMCで」とマスターに促され、20分弱の休憩で2ndセットに。まったく止まらず吉田が喋り倒し、「演奏しよう」と壷井が催促するほど。
 めちゃくちゃなタンゴをやろう、一緒に演奏を始めよう、と片端から吉田がギャグ交じりに提案。それでもなかなか、演奏にたどり着かず。

 結局全てうやむやになり、壷井の手動で。暗黒に鳴るぞ、と前置きしてから。
 最初に壷井は床へ座ってエフェクターを操作する。小森と吉田のフリーが前に出た。
 一瞬立ち上がって、壷井は左手で弦を無造作にかき鳴らす。低音オクターバーでちょっとフレーズも弾いたろうか。

 壷井はこの即興で、ほとんどバイオリンを弾かず。エフェクターの操作で黒々とした電気ノイズをばら撒いた。
 音量はかなり控えめ。壷井のバランス感覚か。吉田と小森の演奏がきっちり聴こえる。せっかくなら、とことんハーシュな轟音でも良かった。
 ノイズが小森の旋律と対比で成立した。

 後半セットは前半以上に、吉田のMCが止まらない。小森はあきらめたのか、手綱を壷井に任せてるのが面白かった。
「よし、わかった。演奏しよう」
 ときおり強引に壷井が止めるが、応えずに吉田が喋り続けて可笑しかった。

 吉田の"星の光は彼女の耳を照らす"も、リリカルなタイトルにふさわしい、叙情的な曲。バリサクが滑らかに響く。
 今日のライブ全般で、吉田はソロを主眼に置かない。アンサンブルのバランスを常に意識し、リフとオブリに軸足を置いた。一曲位、思い切り長尺のソロも聴いてみたかった。
 繊細な音展開になると、3人の即興の構築度がてきめんにタイトになって、ぞくぞくする。
 バイオリンからクラリネットへ、時には逆に。あきらかにソロの交換もある。その一方で、3人が並列に進行しつつ、音楽は奇妙に鳴らない。拡散と収斂が次々溢れる構造が興味深かった。

 "即興4"は記憶が曖昧。バスクラとバリサクが吼え、ファンキーに猛進したのがここか。
 ちなみにこのあたりで、改めてメンバー紹介。吉田がin "F"に初登場と明かされる。意外。
 とたんに壷井が胸を張り威張ったそぶり。先輩じみた喋りに変わって爆笑だった。
 
 "サイレンス"はチャーリー・ヘイデンの曲だそう。タイトルにふさわしい、これも繊細な曲。
 音が静かに重なり、じわじわと優雅に交錯する。
 即興で激しくなっても、このアンサンブルの選曲はどれもメロディを大切にした曲だった。

 最期もインプロ。いきなり吉田が「吹かせて」と、小森のバスクラをもつ。
 線の細い音色で、丁寧にフレーズを組み立てた。
 中盤でそおっとピアノの上へバスクラを起き、バリサクへ持ちかえる吉田。ぐっと低音を響かせた。
 静かめな即興で幕に。

 アンコールの拍手が鳴る。ちょっと相談して即興をもう一曲。
 吉田が今度はクラリネットを吹かせて、と小森へねだる。
「人の楽器ばっかリ吹きたがって〜」
 ぼやく小森に、壷井が混ぜ返してひとしきり盛り上がった。変わりに吹いていい、と吉田がバリサクを小森へ勧める。

 大きさが違って吹けない、と躊躇う小森。(同じEs管の)アルトを吹いてるから指使いはともかく、と。 
 それでもスタンドに置いたままのバリトンへ身を寄せて、ほんの5秒ぐらいバリバリと吹きまくってくれた。かっこいい。
「バスクラにします」
 にっこり笑って、楽器を構える小森。演奏が始まった。
 吉田は俯きぎみにクラリネットを操る。滑らかにゆったりした旋律を提示した。
 ひとしきり吹いて、バリサクへ戻る。短めにきれいなまとまり方で、演奏が終わった。

 後半はさりげない毒入りな吉田のMCが長かったせいもあり、1時間半にもわたるステージだった。
 このユニットはさまざまな方向性を秘めている。荒削りさと緻密な丁々発止が共存する、聴き応えある音楽だった。楽器展開、選曲、そしてアンサンブルの深化。アプローチのポイントは色々ありそう。
 
 今後の活動が楽しみ。ちなみに次回は8/24(日)のライブがその場で決まった。壷井もメンバーとして、を付記しておきたい。

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