LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/7/17   大泉学園 in "F"

出演:黒田京子トリオ+会田桃子
 (黒田京子:p,vo、翠川敬基:vc、太田惠資:vln,vo、guest:会田桃子:va,vo)

 トリオの月例ライブは、ゲストで会田桃子を招いた。どういうきっかけで彼女が参加に至ったかは知らない。しかしゲストありの月例ライブはとても珍しい。トリオと誰かの共演は、昨年12月に森泰人ぶりか。その際もセッション扱いだったため、同月にトリオのライブがあった。
 過去に飛び入り的にゲストが加わったこともある。
 しかし今夜は、きっちりとトリオの月例ライブに会田が参加すると告知あり。どんな音楽かとても楽しみだった。
 
 結果はばっちり。ビオラによるアンサンブルの親和性はもちろん、そうそうたる顔ぶれのトリオを相手に、会田は独特の即興をしっかりと提示した。
 ちなみに会田はビオラのみを今夜は使用。間違えてバイオリンを持ってきたらしく、友人から急遽借りたビオラでライブへ臨んだ。

 トリオがいくぶん、会田のスペースを意識してそうな場面も感じたが、それでも会田はさまざまなアイディアで受けて立つ。バックボーンなタンゴをベースにした旋法を予想したが、ほとんど無し。ジャンルに頼らぬ、ピュアな即興を奏でた。
 後述するが、会田の"白いバラ"でのビオラ・ソロが圧巻だった。

<セットリスト>
1.即興〜ヒマワリのおわり
2.スケッチ 2,3
3.Yet
(休憩)
4.ホルトノキ
5.ガンボ・スープ
6.白いバラ〜バラの行方
7.May 3rd
(アンコール)
8.清い気持ち

 まずインプロから。土壇場で曲順を変えたようだ。
「最初の予定曲は、一番最後にね」
 黒田が静かに告げる。会田は袖に控え、トリオのみでまず1曲。
 翠川敬基が静かに音を。黒田京子が重ねた。しばし耳を傾けていた太田惠資が、弓をゆっくり動かした。

 穏やかで抽象的な立ち上がり。耳ざわりはとても良い。清々しく厳しいムードを漂わす。太田のアプローチが新鮮だった。フレーズへあまり向かわず、即興リフをいつのまにか捕まえ、しゃにむにミニマルに繰り返す。
 タッチが強く、たちまち弓の毛が一本切れた。ミニマルさとリフによる痛快さを内包したアプローチだった。この手法はライブ後半でもしばしば聴けた。黒田トリオでは積極的にメロディへ雪崩れるシーンが多いため、こういうアイディアが興味深い。
 
 いきおいアンサンブル全体がリフの応酬に至る場面も。ピアノとチェロも別のフレーズで頭を微妙にずらし、折り重なるようできれいだった。
 もちろん太田も含めて旋律のシーンも。比較的、黒田が全面に出たか。翠川はポイントで、さりげなくフレーズを挿入させた。むしろ特殊奏法でアンサンブルを揺さぶるほうが多かったかも。

 曲はメドレーで"ヒマワリのおわり"に変わった。黒田の曲。個人的にはあまり聴き覚えない。
 ビオラが中央に座るため、太田が演奏しながら違う椅子へ座りなおす。揃って4人が奏でたテーマの響きが心地よい。
「ビオラ、会田桃子!」
 即興へ雪崩れた瞬間、黒田が爽やかに会田を紹介した。

 ゆったりと流れる穏やかな曲調。フロント3人の音が溶け、ピアノと融合する。長尺のソロ回しでなく、短くやり取りが行われたか。
 この曲か定かでないが、翠川が数小節のフレーズを弾いた後、すかさず会田が同様の音列で受ける。さりげなくも滑らかな、音の受け渡しがかっこよかった。

 充実した演奏。「今日は有難うございました〜」と、太田がいかにもライブが終わりみたいな挨拶をして、観客を笑わせた。

 "スケッチ 2,3"は富樫雅彦の曲。ぼくは昨年12月ぶりに聴く。その際は"4"まで演奏されたが、
「今回は選りすぐって、2と3だけです」
 太田がMCで悪戯っぽく紹介した。

 冒頭が確か、翠川の無伴奏ソロ。ppppで始まった。かすかに、かすかに、音が響く。弓がゆっくりと動く。
 耳に聴こえるのは外を走る車のざわめきと、空調の音。
 しだいにチェロの音が大きくなった。ひとしきり、アドリブを。
 
 厳かな雰囲気の曲調は、太田のリフ攻撃なアドリブもあいまって、鋭い刺激だった。黒田が猛烈に指を動かし、弾きまくったのはここだったろうか。会田の無伴奏ソロもあった気がする。

 前半最後は黒田の"Yet"。ビオラ・パートを書き下ろしで、曲紹介のあとで「で、どこが変わったのか・・・」と譜面を見ながら構成を探り始める。苦笑しながら黒田が説明を加えた。
 ぐいぐいと曲が進行し、揃ってコーダへ雪崩れる。めまぐるしい符割でも、音の輪郭がきれいに聴こえた。

 後半セットは黒田の"ホルトノキ"から。ビオラ・パートを書き下ろし。ぼくの聴いてた店内後方の位置だと、弦が逆に解けてしまい、細部まで聞きわけ辛かった。
 ビオラはバイオリンのオブリとハーモニー双方を場面で引き分ける譜面だったのかな。
 チェロがぐいっと奏で、バイオリンへ受け渡すテーマの演奏はしっかりと。
 ちょっとテンポを落し気味で、フレーズを存分に歌わせた。ピチカートからボウイングへ移るシーンも滑らか。

 会田がすいすい弾くのはさておいて、翠川や太田も自然体で表現した。
 過去のライブではたいがい「シャープが多い」と鼻を鳴らして、笑いを呼んでたのに。2ndアルバムのレコーディングを超え、この曲もすっと身体の中へ入ったのか。

 アドリブへ入る寸前、黒田の勇ましいフレーズで音の質感が変わる。後半はテーマのあとに、会田のソロへスペースを空ける場面がいくつもあった。
 会田は弾きまくらず、丁寧に音を紡ぐ。ビオラをぐっと前にさらけ出すような、独特の姿勢で。
 ロマンチックな黒田のピアノと、涼やかな会田のコンビネーションが良い。

 続いて翠川の"ガンボ・スープ"。MCでひとしきり盛り上がったあと、間をおかずいきなり翠川が弾き始めた。骨太のフレーズから、指弾きでのランニングへ。今夜もほとんどの場面がボウイングだったが、この曲でのみ翠川は譜面台へ弓を置くかたちで、指弾きを多用した。
 黒田や太田は手拍子などで盛りたてる。
 
 テーマから即興場面へ。ピアノが上から下までめまぐるしく弾きまくり、ファンキーなバッキングも。この曲のみ、演奏がぐんとグルーヴする。太田が大陸系のユーモラスで寛いだバイオリン・ソロを聴かせたのもここか。さらにアラビック・ボイスの即興歌も。
 翠川は曲の根底をがっしり支え、存分にノリを揺さぶって楽しむ。
 トリオの多彩な引き出しを、ある意味提示する演奏だった。

 さて、今夜のベストが黒田の作品、"白いバラ"。荘厳なムードを漂わす曲だがもともと半ナチ運動家の学生グループをテーマに書かれた。けれども今夜は、夜の中世の城を勝手にイメージしながら聴いていた。
 テーマから、会田のソロへ。ほぼ、無伴奏。ピアノが伴奏したか。
 か細い音をビオラから軋ませる。
 倍音か、ピアニシシモか。抽象的で断片の旋律が紡がれてゆく。

 しかもこの奏法から弾きまくりへ展開せず、ソロのスペースをずっとこの質感で通した。つまり会田のソロで曲のイメージががっちりと固定された。
 ゲスト扱いで穏やかな雰囲気で臨んだ会田の、堂々たるアプローチが素晴らしいソロに、やられた。

 軋む音は闇の中をカンテラで照らしつつ、階段を下りるようだ。今にも崩れそうな城の中を、探りながら進むように。厳然とした態度で。そんな風景を頭へ浮かべつつ聴いていた。
 太田がメガホンを持ち、かすかにドイツ語っぽい響きの語りを乗せる。ごく小音でメガホンのサイレンを響かせた。

 翠川や太田もそっとアンサンブルへ加わる。チェロがスペースをあっというまに作り、ふくよかなソロを取る。今夜はなぜか、翠川のソロがとても少なくて残念。
 なのでソロの機会が嬉しかった。音を炸裂させず、じわじわと優美に奏でた。

 曲は"バラの行方"へ。黒田と会田がかすかに歌う。バイオリンがかぶさり、情熱的にソロ。
 やがて再び、歌が蘇る。
 とても美しく、鮮烈なアレンジの即興だった。

 最期は翠川の"May 3rd"。ビオラ・パートを付け加えて。前曲での強固に構築されたムードを、ロジカルに突き砕かすように。
 テンポはやはり抑え目。ピアノを弾きつつ黒田がテンポを提示するが、翠川が横からさりげなく修正する。
 テーマで疾走するフレーズも、抑えたテンポで隅々まで聴かせた。

 最期は一音切り落とす、個性的なつるべ落としで幕。
 大きな拍手で、さすがにアンコールへ応えてくれた。準備しておらず、黒田がチャイコフスキーのアレンジ"清い心"を提案するが、太田と翠川は譜面を探す。
 間を空けぬ黒田の配慮で、会田と黒田のデュオで始まった。

 静かに弾くピアノに乗って、しとやかなビオラが店内へ響く。
 譜面を準備した翠川と太田は、身じろぎせず耳を傾けていた。

 1コーラス終わったところで、黒田は目線で二人の参加を促す。ところが太田も翠川も知らぬそぶりを見せる。落ちるギリギリのところで、バイオリンとチェロも加わった。
 アンコールはあっさりと、幕を下ろした。

 黒田トリオはトリオでこその魅力があると思ってた。ところが会田が加わっても、相当にトリオのテイストに通じる自由度や緊迫感を表し、正直驚いた。すっごく親和度が高い。
 また違う機会に、改めて4人の演奏を聴いてみたくなった。トリオ名義でなくても、かまわない。

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