LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/6/23   大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln)

 いきなり1stセットは即興どっぷりで嬉しい展開に。黒田トリオの月例ライブで、長尺のインプロを聴けるのはいつぶりだろう。
「弦楽器の音が鳴らないので、割り引いて聴いてね」
 強い雨のふる湿気の多い夜。翠川敬基は演奏前にとぼけてみせる。太田惠資も「鳴らない・・・」とときおりぼやきつつ。
 強いタッチの弓使いらしく、何本も毛がざんばらに弓から垂れ下がった。そのまま弾いてゆく。毛の先が指板にかかり運指に引っかかると、すばやく弓を振って切れた毛先を払う。

 1stセットは当初、1曲ぶっ通しの即興でいくかと思った。3人がふっと間をつくり、やがて鳴らしてゆく。チェロは爪弾く。バイオリンはロングトーンを、通低音のように。音程は高かったが。
 そして、ピアノは柔らかく鳴った。

<セットリスト>
1.即興#1
2.即興#2〜ヴァレンシア(断片)
(休憩)
3.May 3rd
4.Check I
5.ホルトノキ
6.ガンボ・スープ(?)
(アンコール)
7.あなたたちと【新曲】

 (4)と(6)はタイトルをMCで言わず。特に(6)が自信ない。(7)はライブでは初演な黒田京子の新曲。2ndに入る予定という。
 
 黒田はこの日、さまざまな場面でサウンドの主導をとった。もともと全員の絡みが聴きもののトリオだが、鮮烈なロマンティックさやダイナミズムあるピアノで、がらり風景を変える場面がしばしばあった。

 冒頭の即興は隙間が多い。抽象的なフレーズでピチカートを織り交ぜつつ、弦二本が交錯する。そっとピアノがピアニシモでメロディを奏で始めた。
 翠川はリズミカルに弦を鳴らし、リズムが多層化する。小節感覚は希薄で、4拍子らしき雰囲気が漂うくらい。
 今夜のステージ全般で感じたが、高音部分を多用してビブラートをほとんど使わない。
 ここでは鈍く開放弦をひと弾きするリフを提示した。

 澄んだムードのインプロだった。チェロはリズム以外はピアニッシモからメゾフォルテ。決して強く鳴らさぬ。音像に埋もれたかと思いきや、すっとメロディが音を通す。

 ピアノは時に激しくフリーな鍵盤あしらいで疾走し、次に叙情的なフレーズを柔らかく叩く。背を軽く曲げ、上半身をゆらしながら。黒田は奏でた。
 太田はむしろ一歩引いて、ポイントでアドリブを挿入する。メインで弾きまくらないアプローチだった。

 ピアノが音を止め、チェロが小さな音で白玉を。バイオリンが冒頭のロングトーンを始める。
 ふっと音が消え、1曲目が終わった。20分弱くらいかな。
 
 そのまま次の即興へ。チェロがコツコツボディを叩き、ピアノがするっと下地を作る。
 バイオリンは旋律をより多彩に放出した。翠川はしばらくして弓を持つ。ランダムな音使いから、するりとメロディへ転換した。
 3人のソロ回し風に場面が移り変わったのはここだったろうか。
 黒田がムーディなアドリブを取ったあと、バイオリンからチェロへほぼ無伴奏的にソロが受け渡された。

 アンサンブルへ。バイオリンは旋律を操りながら、音が高まっていく。
「・・・しまった、シャープが6つだ」
 弾きにくい調なのか、太田がぽろっと漏らす。翠川が笑いながら突っ込んだ。
 そのまま音楽が続いて、ふっとピアノが転調する。シャープをもう一個足したのかな。「C調になりました」
 太田はにっこりと微笑んだ。

 黒田がすっと方向性を示唆する。太田と翠川は滑らかに反応。しずしずと即興は曲へ変化した。
 "ヴァレンシア"だ。イントロからテーマへ。
 ところが、テーマが盛り上がったところで、いきなり全員が弾きやめてしまう。
「・・・こういうのも、ありだよね」
 にんまりする翠川。
 
 思わず拍手しそうになったが、演奏は続く。もう一度、"ヴァレンシア"のテーマの断片を。やはり展開せず、そのままあっけなく終わり。この展開はとても面白かった。
 しめて40分強の演奏。ここで、休憩。

 後半は2nd収録予定の(3)から。タイトルを太田が告げたあと、「さらっていいですか?」と言い出し、その場で音を確認する。
 「俺もやろうっ」と、作曲者の翠川もチェロをいじりだした。あげくに「できねーっ」とぼやく。

 曲はくっきりと演奏された。ずっと6/8拍子みたい。
 まず、ピアノが最高音と最低音を同時に、鈍く響かせる。ずん、ずん、と頭を提示し、激しいテーマに弦が向かった。続いて力強くピアノが飛び出し、バイオリンも滑らかなソロを聴かせた。
 エンディングは素早く戻り、雪崩落ちた。

「次の曲はタイトルを言わずにやりましょう」
 太田が前置きして(4)に。インプロから次第に曲の感覚が現れ、一気にテーマへ突き進んだ。
 バイオリンが颯爽とアドリブで疾走する。翠川がピアニッシモのピチカートを多用したのはこの曲か。
 明確なソロ回しではなくとも、即興の中から自然と主旋律の役割が入れ替わる。
 互いの音を聴きながら、くるくると音のスポットライトが移り変わった。
 この曲はひときわ気持ちよく演奏できる、と終わった後に太田がにこやかな表情を見せた。

 新鮮な展開だったのが、"ホルトノキ"。
 いつものように「難しい」とぼやきながら、弦はスムーズにテーマを奏でる。特にバイオリンはピチカートから弓弾きへ展開する場面も、すごく滑らかな響きだった。

 アドリブのとたん、ピアノが勇ましく登場する。
 情感あふれる主題から一転、ぐいぐいとグルーヴさせるピアノへ。触発されたか、バイオリンとチェロも一気にテンションがあがった。
 うねるピアノが土台となり、ひときわスケール大きい名演だった。

 最期も曲紹介なし。すぐさまイントロが始まる。翠川は執拗にピチカートを繰り返した。太田が弓を二本取り出し、膝へ置いたバイオリンをドラム風に叩いたのもここだったろうか。
 黒田は立ち上がり、ゆっくりと回りながら手を叩き始めた。ピアノを弾かず、舞いながら手拍子でセッションに加わった。

 じわじわとテンションが上がり、アドリブが続く。
 一声、翠川が強くうなった。なにかな、と思ったら。カウンターからマスターが現れた。無造作にウッドベースを持った。

 翠川の背後から、ちらっと譜面を覗き込む。そのまま激しく弦をかき鳴らした。翠川は入れ替わりにカウンターへ向かい、コップ片手に演奏へ耳を傾ける。
 やがてステージへ戻ってチェロを弾き始め、黒田もピアノに向かった。

 ウッドベースのソロへ。ピアノも弾きやめ、バイオリンのかすかな爪弾きのみ。マスターは猛然と弦をはじき続ける。
 激しいピチカートから、右手のひらで弦を叩く奏法へ。左手は指板を素早く上下し、かすかな音程感のみでパーカッシブな低音を鋭く打ち鳴らした。
 全員が楽器で、テーマを疾走。これもかっこよかった。

 アンコールの拍手が続く。
「では、新曲を。タイトルは今日決めました。『あなたたちと』です」
 微笑んだ黒田が、ピアノ・ソロでテーマ。飛び切り美しく、キュートなメロディだ。しみじみとピアノが店内に広がる。

 1コーラス終わったところで、弦を促す。ところが二人とも、知らぬそぶり。
 黒田は大きく身を乗り出して二人を見つめた。わかってるはずだが、あくまで二人は知らぬそぶり。
 苦笑して、黒田はもう一度ソロでテーマを弾いた。

 3度目にチェロがふくよかに弓弾きでテーマを膨らます。バイオリンが加わり、一段とサウンドが暖かく響いた。
 ソロでは太田が即興で歌いだす。エンディングにふさわしい、いい曲だった。

 今夜のライブは、幅広いアプローチの即興が噴出した。
 鋭いテンションで行き交う場面から、美しいアンサンブルまで。前半の即興は、一味捻った方向性を示唆な気もする。
 2ndの準備も進んでいるようだ。新曲を聴くにつれ、発表がとても楽しみ。さらに進化した即興アンサンブルが詰まっていそう。一人でも多くの人に、この音楽が親しまれて欲しい。

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