LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/4/28   大泉学園 in F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、太田惠資:vn、翠川敬基:vc)

 恒例、in-Fでの月例ライブ。今年はバタバタしてずっと聴き逃しており、4ヶ月ぶりに聴く。西武池袋線が人身事故でダイヤが乱れたのを配慮して(?)か、ライブは20時半過ぎに幕が開いた。
 まず黒田京子と太田惠資が舞台へスタンバイ。そして翠川敬基がステージへ歩いていった。
 ちなみにこの三人、in-F登場回数ベスト4だそう(一位:太田、三位:黒田、四位:翠川。ちなみに二位:吉見正樹)。本人たちも意外がっていた。

「1stセットは全部、即興と思ってましたが・・・気が変わりました」
 黒田が前置きして"Inharmonisity"(非調和性)を紹介。「とってもこのバンドへ似合う曲」と微笑みながら。

 翠川がゆったりとアルコで弾く。滑らかに太田も奏でた。弦二本の弓が緩やかに動く。静かにピアノが乗った。

<セットリスト>
1.Inharmonisity
2."即興1"
3.Drum motion
(休憩)
4.Belfast
5.Yet
6."即興2"〜Green Cradle
7.Zephyrus
(アンコール)
8.Los pajaros perdidos(迷子の小鳥)

 一曲目は弦二本の絡み合いがスリリング。テンポは穏やか、たゆたうように互いの音が交錯する。しかし立ち上がっては消える音のやりとりがさまざまな表情で、興味深い。
 ピアノは柔らかく、しっかりと音像を支える。

 今夜の翠川はビブラートをかなり抑え目。ほとんどの音はノンビブラート、白玉も無造作に伸ばす場面もあった。硬質な響きが効果的だ。
 "Inharmonisity"では太田が主旋律を持っていく場面が多い。クラシックとアラブの香りをほんのり漂わせ、奔放にメロディを操った。

 2曲目は即興。チェロが無伴奏で弾きはじめ、いきなり奇声を上げる。黒田は噴出し、左手をさすりながら聴きに入った。
 太田が切りこむ。クラシックっぽいフレーズもちらり表れる。
 軽やかにピアノも加わる。さりげないタイミングがきれいだ。

「車の中で、地震情報を聴きました」
 バイオリンをかきむしりながら、いきなり喋りだす太田。そのまま語りつつ弾きまくる。翠川と黒田は大笑いしながら即興で続けた。
 "地震情報の音が大きくて運転をしくじりそう・・・パトカーが来た・・・止まれといっている・・・片方のライトが切れてるって・・・荷物検査の要求まで・・・うろたえてはいけない・・・」

 そんな話題を即興で、あるときは歌い、あるときは語り。スピーディに太田は展開した。
 バイオリンを合間でぎしぎし引っかくように。メロディはクラシカルな旋律の変奏やパトカーのサイレンを模したり、音より声のパフォーマンスに軸足を置いた。

 翠川はチェロで鋭く刻みと思えば、しなやかにオブリを奏でる。太田のパフォーマンスへつかず離れずで音楽を提示した。
 黒田は太田の物語の節々で、くっきりと効果音風に音楽をつける。そして次の瞬間、完全フリーな響きでサウンドを引き締めた。
 ときおり身体を曲げて、ピアノの横から太田の演奏を眺めつつ。

 "「飲んでるな」、と聴かれた・・・すいません、飲んでます!"
 太田の即興はどんどん続く。
「フィクションですからね」
 いきなりブレイク、わざわざ観客へ断り、大爆笑だった。
 "こんな時に鍛えたホーメイの歌唱法・・・息を出すようなふりで、出してない・・・"
 そのままホーメイへ雪崩れた。ひとしきり歌った後で。

「では、しばし音楽をお楽しみください」
 いきなり身体を軽く曲げ、バイオリンを柔らかく奏でる。とたんにチェロとピアノもコミカルさや硬質さを翻し、流麗な即興へ突入する。素晴らしかった。
 バイオリンが存分にメロディを放出した。

 1st最後は富樫雅彦の"ドラム・モーション"。すぐさま翠川がピチカートでアドリブからリフへ向かう。
 この曲も3人のアンサンブルがきっちりと絡み合う。ピアノからバイオリン、チェロへとソロが回ったのはこの曲だったろうか。記憶が曖昧。
 ほぼ無伴奏気味に、まずピアノ。残響を生かした軽やかなフレーズを多用するアドリブ。
 バイオリンはヨーロッパを思わす音世界で受け、チェロは短めながらきれいなメロディを紡いだ。
 
 後半セットはメンバーの準備が整った瞬間に、曲紹介なしでいきなりチェロが無伴奏独奏。じっくりとフレーズをまとめあげ、"Belfast"のテーマを誘った。
 バイオリンとピアノがすかさず全員で紡ぐ。久しぶりに黒田トリオで聴いたが、抜群の名演だった。

 変拍子満載のテーマからバイオリンのソロへ。6/8拍子かな。
 ピアノが重心軽く鍵盤を鳴らすいっぽう、ふんだんに太田はアドリブを膨らませた。
 この曲では翠川もソロを取ったと思う。ビブラートを控え、ある種ストイックな面持ちで、骨太なメロディをじっくり聴かせた。

 チェロはテンポをがくんと落とし、フリーさを増す。
 わずかに4拍子の感じが残った。自由に思うさま、旋律を歌わす翠川の独壇場だった。

 やがてチェロがテーマを誘い、全員でコーダへ。今夜の後半セットは名演ぞろい。その幕開けにふさわしい演奏だった。

 "Yet"は3月の月例ライブで黒田が提供したそう。太田へ捧げた曲という。
「すっかり曲を忘れてるなあ」
 太田が譜面を見ながら首を捻り、翠川も同調して笑う。
 鋭いテンポ出しで演奏始まったが、譜面首っ引きの太田がテンポばらばら。黒田は大笑い。
 すぐにもう一度始めたけれど、アンサンブルはかなりとっちらかっている。黒田が苦笑を続けたまま、演奏は進んだ。
 即興場面へ進んだとたん、バイオリンのメロディが豊潤さを増す。
 
 この曲は4/17の別ライブで聴いた。そのときはクール・ジャズのイメージを持ったが、今回はぐっとリズムが柔らかい。ピアノの表情に優しさが増していた。
 翠川もビートにこだわらず、自在にグルーヴさせる。4/17には翠川や黒田も出演していた。しかし、曲の表情が全く違って面白い。

 最後にテーマへ。やっぱりどったばたと賑やかにまとまった。
「音楽を聴かせる!」
 翠川がすかさず宣言。短いフリーからクラシックの曲らしき旋律をのぞかせた。
 スケールっぽいフレーズをバイオリンが爪弾きで追従してみせ、ピアノも合わせる。

 ところが翠川が弾いてるそばからフレーズを変奏し、シンプルなフレーズの複合が混沌まっしぐらへ。
 いつしか"ドレミの歌"を太田が弾き始め、黒田が弾む音色で応えた。

 ずばっとチェロが空気を変えた。
 じっくりと美しい旋律の調べが、弾むテンポの音像を一気にとめる。
 太田が吐息を漏らし、バイオリンを構えなおした。

 黒田のオリジナル、"Green Cradle"へ。膨大なロマンティシズムがチェロから溢れる。このとき、ビブラートをどう操っていたかは見そびれてしまった。
 スケール大きく3人の即興が絡み合い、雄大にテーマへ着地した。

 最後はぐいぐいと音が小さくなる。翠川一人が、最後まで音を出した。
 ゆっくりとピアニシシモで弓を弾く。音が消えても、翠川は弓をそっと動かし続けた。空気の揺らぎを奏でるかのように。
 ふっと奏者が体の力を抜き、曲の終わりを観客へ伝えた。

 最後も黒田のオリジナル"Zephyrus"。フリーに立ち位置を変えた翠川に対し、バイオリンが譜面を見ながら旋律の先導する。
 太田は黒田へ軽く合図を送り、テーマをもう一度繰り返した。
 この曲も抜群。たおやかな曲想が力強い即興のメロディで膨らみ、三人の音が絡み合う。
 アドリブのソロ回し的な立ち位置と、三人混在で即興で渡り合うバランス感覚が、自在に交錯した。

 アンコールの拍手。「もう曲がないよ」とチェロを仕舞い、太田は用足しへ。
 しかし一呼吸置いて、翠川が「短くやろう」と、譜面をメンバーへ示した。
 しっとりしたイントロから、情熱的なタンゴの噴出に。ピアソラの"Los pajaros perdidos"を、じっくり濃密に練り上げた。

 最後はバイオリンの独奏。小鳥のさえずりを表現する。黒田がニッコリ微笑んで太田を見ていた。
 さえずりはじっくり続き、ついに鶯へ。ホー、ホケキョと弾いたとたん、弓の背で翠川が太田の頭をぽかり。ばっちりコミカルにまとめた。
 
 とても充実したライブ。5月は2ndのレコーディング、短いがツアーと活動が控えている。アルバムはどんな仕上がりか、とても楽しみ。

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