LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/4/17   大泉学園 in-F

出演:喜多+向島+会田+翠川+西嶋+黒田
(喜多直毅:vln、向島ゆり子:vln、会田桃子:va、翠川敬基:vc、西嶋徹:b、黒田京子:p)

 リーダーを喜多直毅がつとめるユニット。今日のライブで通算、数回目になるのかな。
 "(108弦)煩悩・六重奏団"とライブ・スケジュールには記載あり。全て生音でストリングスを中心に置く、とてもin-Fらしい構成。
 このユニット、さらに向島ゆり子の生演奏で聴くのも初めてだと思う。
 ぞくぞく観客が表れ、席はきれいに一杯となった。

 ミュージシャンの配置は、ステージから客席中央へ、ぐっとバイオリンがはみ出る。
 ひときわ大きい音もバイオリン。だからいっそ、中央にコントラバス、チェロがステージ前へはみだし、バイオリンが一番ステージ右に座る逆の順が音バランス的には良かったかも。音楽的にありえる配置かは別にして。
 
 まずはメンバー紹介から。喜多が名前を呼ぶたび、会田桃子らがぎしぎしとノイジーに、弦をこすって出囃子風の音を出して笑いを呼んだ。

<セットリスト>
1.Wait!    
2.無題"向島さん" 
3.yet  
4.西日  
5.?   
(休憩)
6.泥の河  
7.All the things you are 
8.聖夜(メドレー?)  
9.ホルトノキ 
(アンコール)
10.聖夜

 ライブは向島の曲"Wait!"から。
「でっかい音でやってね!」
 と、向島が冒頭で全員へ告げる。初手から全員がアルコ弾き。ステージの絵面に加え、ぶわっと溶けるアンサンブルの豊かな響きが、しこたま快感だった。

 弦楽五重奏ながら、クラシックのアプローチとは全く違う。一致したボウイングを志向しないし、そもそも個々の音色が明らかに異なる。したがってシンプルな調和でなく、それぞれの個性が噛合うような、多重性の痛快さに溢れたサウンドだった。
 場面によってはバイオリンの音が強く響き、チェロやコントラバスが聴こえづらく悔しい。
 もっとも個々の音を判別しながら聴く音楽でも無さそう。

 全員が特殊奏法を控え、まっとうに音楽と向かい合った。せいぜい弓で弦の根元をぎしぎし軋ませたり、ボディを叩く程度。
 (2)の演奏中だったか、西嶋がピチカートと胴の背面を交互に素早く叩く奏法が印象に残った。
 速いフレーズも無論登場するが、奏者のテクニックを競い合いなども無い。あくまでも音楽をふくよかに奏でて圧倒的なサウンドを作り上げた。

 個性の強い弦を、見事に纏め上げたのが黒田京子。ピアノがロマンティックかつ涼やかに駆け抜け、とてもきれいだった。
 伴奏でなくピアノ単独で成立するフレーズを次々繰り出した。弦が鳴ってる一方で、ピアノの存在感はしっかり。もちろんソロのスペースも。全体を通して、弦楽五重奏をがっぷり包んだ。

 ちなみに全てが譜面だが、即興要素も幾分あるようす。中間部分はほとんどが即興かも。

 "Wait!"は中間で、チェロからぐるりと4小節くらいのソロ回し。ユニゾンのテーマがふくよかに、そしてシンプルなアドリブは華麗に響いた。

 続いて喜多の新曲。向島にスポットをあてたそう。タイトルは無く、譜面には"向島さん"と書かれてたらしい。
 凄まじかった。演奏は重たいイントロから、素早いフレーズへ展開する。ひっきりなしに向島のアドリブが挿入される構成で、豪快に向島は弾きまくった。

 膝を大きく上げて床を踏み鳴らし、上半身が弧を描く。ぐわんぐわん猛烈に動く。
 向島はこんな激しく動く人だったんだ。流れる音が流麗なだけに、なおさら面白かった。
 さりげなく会田桃子が椅子をずらし、向島のスペースを作っていた。

 向島と会田の二人が壮絶に突っ込んだのが、続く"Yet"。
 曲の素性は知らないが、サウンドのイメージはクール・ジャズ。めまぐるしく旋律が動き、ピアノがしっかりと弦の疾走を支えた。
 向島だけでなく、会田も足をがんがん踏みながら弾きのめす。喜多もときおり腰を浮かせ、強く弓を弾き絞った。
 だから翠川や西嶋の弾き方がおとなしく見えてしまうほど。二人とも、激しく奏でる場合ても。

 "西日"はin-Fへ向かうときの西日を歌ったという、西嶋の曲。
 代名詞だけで方向や道順を説明する西嶋の説明へ「わかんないよっ」と翠川が突っ込み、「美しい曲なのに〜!」と会田が驚く。
 冒頭に説明を聴いたことで、実は曲の印象がずいぶん変わってしまった。

 コントラバスの無伴奏ソロから、弦のみが加わる。しっとりと、緩やかに。
 影をまとった旋律は、解題無ければ情熱を聴き取ったかも知れない。
 しかしMCを聴いたあとでは、まるで一連の旋律が「仕事したくないなー。かったるいなー。西日がまぶしいなー」と、ぼやき続けてるみたい。
 曲はあくまでも厳かにきれい。やがて静かに、ピアノが加わる。この瞬間もよかった。

 前半最後は曲名不明。フリーなイントロに、弦のユニゾンが鋭く挿入される。
 翠川が足元に置いた杯を倒してしまい、床を拭きながら合わせて吼えた。
 全体に重厚な響き。かなりフリーな部分もありそう。ソロの場面もじっくりと、長尺で演奏した。

 後半は"泥の河"から。これもじっくりと。中盤は完全フリーに聴こえた。奏者がてんでに様々な音を出すなか、ピアノがスケール大きく広がる。
 やがて収斂。喜多のバイオリンが鋭く刻み、まとまった。

 続いてスタンダードの"All the things you are"。これがユニークだった。
 軽快ながらひとひねりした黒田の演奏へ、弦がきれいにかぶさる。ストリングスがポップに響いた。
 アドリブはかなり長尺。まず喜多はときおり腰を浮かせ、豊潤な旋律を次々にばら撒いた。伴奏はピアノとベース、翠川が弓でオブリを入れる。

 たっぷりと弾きまくって向島へ。心の準備が整ってなかったのか、いくぶんわたわたしながら弾き始めた。
 膝が高々と上がり、身体を大きく揺らして。相当大きく体が揺れても、メロディは濁らない。

「みっどりっかわ!」
 叫んで強引に翠川へアドリブを。
「そんなのありかよ〜」
 ぼやきつつ翠川がソロを取った。たまに喜多が弦を爪弾く程度。あくまでもピアノとベースのトリオ編成は崩さぬアレンジだった。

 ここまでアルコ弾きだった翠川だが、いきなりピチカート全開。ランニング気味なベース風味のアドリブから、やがてメロディ強調のソロへ。
 コード物のオーソドックスなジャズを、翠川がきちんとソロ回し弾くのって、あまり機会が無さそうで興味深かった。
 どこかで破壊するかと思いきや、まっとうにアドリブを弾ききった。

 黒田のアドリブも心地良い。音楽的にうまく書けないが、単なる耳ざわり良いだけのソロとは違う。
 フレーズはひねりを入れて、きらきらと輝く。音の連なりが活き活きしていた。

 そして"聖夜"を。途中で2回ほど場面転換あったので、メドレーで違う曲をやったのかも。
 場面展開のたび、アイコンタクトが飛び交う。喜多が身をそらして黒田と合図をかわし、クロス・フェイドのごとく次の段階へ移った。
 最後はクラシカルなアンサンブルとなり、軽快に疾走してまとめる。メロディに聴き覚えあるが、タイトルを思い出せず。

 ライブを締めくくるのは、黒田の"ホルトノキ"。
 バイオリンとビオラがユニゾンでテーマを軽やかに駆ける響きは、非常に気持ちよかった。
 中間部のアドリブでは、さりげなく向島がハミングで歌いだす。喉どころか身体も動かさずに。
 かすかな音が次第に輪郭をくっきりさせる。フレーズの合間で唇を動かすさまで、声を出してるのが向島だとわかった。それくらい、さりげないそぶり。
 だから別のところから、声が降りてくるかのようで、幻想的だった。

 向島にあわせ、ファルセット気味に会田も喉を震わす。黒田も声を加えた。
 三人の軽やかな歌声が、ピアノにのってしなやかに広がった。あの瞬間が、今夜のベスト。

 演奏が終わったとたん、アンコールを求める拍手が起こる。
 リハした曲は全てやった、と終わりかけた。ステージの明かりも落ちる。

 「"聖夜"の最後の部分をやろう」
 そこへ翠川が会田をけしかけて、弾きはじめた。黒田が音を合わせる。
 呆れ顔の喜多も加わり、西嶋も楽器を構えなおす。向島もケースから、いったんしまったバイオリンを取り出した。

 ステージが再び明るくなる。観客が手拍子を始めた。
 演奏はどんどんテンポアップ。アッチェレランドで盛り上がり、最後は疾走して終わった。

 ジャズでも無く、ましてやクラシックでもない。弦楽五重奏にピアノが加わるこのアンサンブルは、さまざまなアイディアのアレンジを貪欲に吸収して提示した。
 
 ストリングスは常に合奏ではない。一つ、あるいは複数の楽器のみを抜き出し、他の奏者は待ちの体勢を示すときも。
 ピアノも弾き続けない。さまざまな順列組合せが存在する。
 すなわち構成の多用さと共に、響きの減算を厭わなかった。
 
 だからこそ全編成できっちり弾く時に、アンサンブルの魅力が際立つ。アドリブでは逆に小編成を有効に使って、個人の妙味もひきだした。
 この二面性アプローチが効果的。くっきりと奏者の弾き分けで個人の音楽を強調したからこそ。全員でいっせいに奏でる美しさが際立った。次もまた、ぜひ聴きたい。

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