LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/12/30   大泉学園 In-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln、佐藤浩秋:b on 9)

 2007年in-F最後のライブは、黒田京子トリオ。観客は満員。
 今年逝去した富樫雅彦の曲ばかりを演奏するライブとなった。過去より積極的に富樫の作品を取り上げてきた、黒田京子トリオにふさわしい企画だ。

 この日も全て生音。ステージ中央横にはLP、"SONG OF SOIL"(1979)と、in-Fへ出演時の富樫の写真が譜面台へ飾られた。
 ドン・チェリー、チャーリー・ヘイデンと共演した本盤を飾ったのは、チャーリー・ヘイデンをin-Fのマスターが傾倒しており、かつ富樫とマスターがミュージシャンとして出会った直後に、吹き込まれた盤なためだそう。

 開演時間は少々押した。ステージで準備を始めると、LPや写真が載った譜面台が、するすると下へ降りてしまう。
「しまった、"早くやれ"と富樫さんが怒ってらっしゃる」
 太田惠資が苦笑しながらつぶやき、譜面台を直した。

<セットリスト>
1. It's tune
2. Contrast (新曲)
3. 2 1/2 Cycle(新曲)
4. Haze
5. Zephyros
(休憩)
6. Valencia
7. Sketch 2,3,4(新曲?)
8. Waltz step
9. Spiritual nature

 黒田京子のオリジナル、(5)以外は全て富樫雅彦の作曲。
 一曲一曲、丁寧に曲紹介しながらステージが進行した。(2),(3),(7)が黒田京子トリオとしては初演とのこと。
 ちなみに(6)は06年2月のライブで"Sketch 2"と"3"のみ演奏あったと思う。

 始めの挨拶を黒田京子がつとめた。あとはMCを太田が行い、ときおり翠川敬基らが言葉をはさむ。
(3)の冒頭だったかな。「靴下が回転する」をイメージした、とLPの解説で富樫が語っていたらしい。
 太田がそれに触れて喋った後、翠川がぽつりと「長い靴下が好きだったよ」と、往年の富樫の人となりを語る。追悼といえ湿っぽくはない。しかしこの翠川の一言が妙に、しみじみ胸へ響いた。

 ライブでは過去に幾度か取り上げた"It's tune"は、硬質な始まり。弦二本がゆったり奏でられ、ピアノがそっと真っ直ぐ叩いた。
 アドリブはソロを強調するよりも、アンサンブルが絡み合う。音の主体がくるくる3人で移り行きながら、全員が同時進行で即興を紡ぐ黒田京子トリオ独特のアプローチを取った。

 穏やかなテンションながら力がこもった演奏。ポリリズムめいた展開もあった気がする。
 中盤でアドリブに織り交ぜ、黒田がテーマの旋律を一節。すかさず太田が受け止め、自らの即興に取り込む。すっと翠川が応え、さらにインプロの中でテーマの一節を奏でた。
 何気ないフレーズのバトンが、とても効果的だった。

 "Contrast"は穏やかで美しい旋律が、アンサンブルで拡大する。静かなテンポで音がたゆたいながら、メロディがスケール大きく広がった。
 即興からテーマへ移ったときの響きが心地よかった。

 "2 1/2 Cycle"は一転、硬い即興から。揺らぐビートで旋律が交錯した。
 冒頭で即興がかなり長めに。おもむろなテーマの提示があったと記憶する。

 黒田トリオの1stに収録の"Haze"は降り幅大きいアレンジだった。冒頭は翠川の無伴奏ソロから。
 いきなりぐっと音量を落とす。とたんに足元のスナックからの雑音や、外で車が行き交うノイズが空気へ混じる。

 ロングトーンから白玉へ。翠川が幽かに奏でる響きは、日常のざわめきへきれいに溶け合い、やがてむっくりと音楽が顔を出した。
 アルコで翠川は次第にボリュームを上げながらチェロを弾く。すっとピアノとバイオリンが乗り、テーマが鳴った。

 1stセット最後は、黒田の"Zephyros"。雄大な旋律が、ひときわロマンティックに炸裂した。旋律が繰り返され、最後の和音が玄妙に響く。するすると前のめりにメロディは加速し、高く舞った。
 くっきりしたソロを太田が取る。バイオリンをぐっと持ち上げ、胸を張って太田は弾きまくった。

 後半セットはまず、マスターのMCを。冒頭に記したLPの想い出を語る。
 音楽は黒田トリオの定番"Varencia"から。どっぷりとインプロがまず、提示された。展開の多彩さでは今夜の白眉。活き活きした旋律は、テンポアップしながら加速する。黒田のピアノがくっきりと鳴った。
 
 瑞々しい旋律がふんだんに交錯する即興が長尺で続いた。太田のボイスが入る。ひとしきりアラブ風に歌ったあと、さらりとブレイク。
 おもむろに太田が、"Varencia"の旋律を弾いた。ぐっとテンポを落とし、譜割を歌わせながら。
 すかさずピアノとチェロも。わずかテーマを崩しつつ。
 しかし即興は改めて展開しない。ひとしきりテーマをさまざまなアプローチで奏でたところで、コーダへ向かった。

 "Sketch 2,3,4"は譜面1枚にそれぞれまとまった、富樫のモチーフ"Sketch"の2番から4番までをメドレーで演奏した。滑らかに曲が進み、即興の区切りは無い。太田が譜面をめくる仕草で、なんとなく曲の移り変わりを推測する。

 "Sketch 2"では翠川のシビアなアルコのかきむしりが強調された。二音をオクターブで同時に押さえ、アルコを激しく動かす。鮮烈なチェロの軋みをバックに、ピアノとバイオリンが鳴った。

 黒田がペダルを駆使、軽やかに鍵盤を鳴らしながら音をふうわりと操ったのも"Sketch 2,3,4"あたりか。3人は特にアイコンタクトも交わさず、互いの音へ耳を傾けるのみ。
 最後の"Sketch 4"は譜面のFine(終止)がわかりづらかったらしく、雪崩式にばらばらと終わる。逆手に取った翠川と太田がいたずらっぽく、音をひょいひょい最後まで出し合った。

 時間を確認して、"Waltz step"を。演奏前に丁寧な曲紹介をしていた太田だが、ここでは曲名を告げない。譜面が無い、と辺りをかき回す翠川も、タイトルを口に出さず演奏曲を確認した。

 翠川のピチカートから。ゆるやかにワルツが奏でられた。
 おもむろに3人でテーマへ。 メロディをきっちりと奏でない。あえてスペースを残し、一部のみ抽出するかのように。流麗ながら隙間を多くとったフレーズ使いが、繊細に響いた。

 最後に大曲"Spiritual nature"を。マスターがステージに加わった。マスターは暗譜での演奏が印象に残る。
 鋭いウッドベースの響きが、アンサンブルを引き締める。指先で弦を削ぐように、勢い良く弦がはじかれた。ダイナミクスも激しい。時に極小音で低音が響く。
 ベースはアドリブの旋律が上下へぐいぐいと動く。低音ながら、メロディ役も受け持っていた。あくまでソリッドな風合いを残して。

 翠川がピチカートを多用し、一歩弾いた感触あり。アドリブをあえて控え、重厚なオスティナートを濃密に提示する。終盤ではグリサンドを多用し、音程を勢い良く変えて唸るようなフレーズをばら撒いた。

 たっぷり密度濃い。ぐいぐいと演奏へ引き込まれ、細かいところを正直覚えていない。
 チェロが道を高らかに示す。ピアノとバイオリンとチェロが三位一体で、凝縮したアドリブを織成す。暖かくて素敵な音楽が溢れた。

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