LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2008/12/18   大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ with 森泰人
(黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln、森泰人:b、
  早川岳晴:b on 9(飛び入り))

 黒田京子トリオと森泰人のセッション。森は翠川敬基とは初共演らしい。
 観客として早川岳晴が現れた。森とは高校時代からの知り合いだそう。20年近くあっておらず、10年位前にツアー先の宿のフロントでばったり再開したとか。
 店内には既に楽器や譜面がセッティングされ、準備万端。ちょっと時間を押し、翠川と太田惠資が楽屋から戻ってきた。

 今夜はすべて生音。ピアノの蓋を大きく開ける。ウッドベースが上手前にズズイと出て、中央に翠川が座る。太田がステージ下手から、観客席にせり出すほど前に出た。
 楽器のバランスを考慮したゆえの配置か。ぼくの座った位置では、ピアノとチェロが少々聴こえづらい。ピアノはアンサンブルを意識し、音を絞っていたのでは。
 チェロは単に、情け容赦ないダイナミズムでpppまで使っていたため。前の客席で聴いてたら、だいぶ印象変わったかも。

<セットリスト>
1.東福寺の秋 (Autumn In Kyoto)
2.ちょっとビバップ
3.MOMO
4.ホルトノキ
(休憩)
5.冬の朝(新曲)
6.ババヤガ
7.この道
8.Walts for Vana
9.Tilo Akandita Brikama

 森のレパートリーに軸足を置き、完全インプロは無し。(5)は黒田が持ち込んだチャイコフスキーのアレンジ・シリーズの一曲。さらに1曲準備中らしい。

 まず森の"東福寺の秋"から。ベースがアドリブを始め、弦がかすかに載ってゆく。森のフリーは奔放に弦をはじく。小さめなボリュームで、特殊奏法も僅かに取り入れた。
 バイオリンとチェロが弓で弾く。ベースのみがほとんど指弾きなのも興味深かった。
 ピアノが静かに加わり、柔らかな感触で曲が紡がれる。

 ベースが加わっただけで、どこかアンサンブルが整った印象あり。続く黒田の"ちょっとビバップ"が顕著だった。
 今までディキシー的なイメージを受けたこの曲、黒田のイントロから合奏になったとたん、響きがしっかり構築された。ベースが入るだけで、かなり違った。

 なおテーマが終わった瞬間、バイオリンがいきなり硬質のソロを始める。曲調をがらり変えるインプロの方向が、落差あって楽しい。
 黒田のソロがすごく気持ちよかった。アドリブの外観はバップ・スタイルだが、スピードが速くて途中の音を抜いたような感じ。
 映画のコマ落しみたいな勢いがユニークだった。

 どの曲もアドリブはくっきりと回された。黒田京子トリオ独特の、奔放に役割が行き来する玄妙な即興は控えめ。
 すると翠川の立ち位置が微妙になる。低音を森が支えるため、ソロ以外ではオブリやアルペジオ的な低音パターンで、さまざまにアプローチ。
 チェロは時にソロですら、極小音のフレーズを挿入した。

 太田はくっきりとリード楽器で立つ。テーマとソロは勢い良く前へ出るが、他のソロではピチカートでかすかにオブリを入れるか、潔く弾かない。メリハリをつけた。
 意外だったのが黒田。もっと前に出るかと予想したが、聴きに入る場面も多かった。アンサンブルの輪郭が明確になった。

 "MOMO"は森のオリジナル。ミヒャエル・エンデの作品を始めとして、さまざまな"モモ"にちなんだエピソードに基づく作品だそう。
 1stセットのベストはこの曲。リハはやったようだが、森は複雑なパターンの譜面では苦労してるように見えた。しかしオリジナルでは自由に展開できる。即興の柔軟性では黒田トリオはどこまでも強靭だ。
 だからメロディが優しく響きアドリブも充実したこの曲は、しみじみ聴けた。

 "ホルトノキ"はすっかり演奏前で「シャープが4つ」と黒田が話し、太田と翠川が鼻白むのがパターンになった。
 涼しい顔で譜面を見ている森だが、加速するテーマの早いパッセージでは少々縦の線がぶれる。テーマの最後ですかさず4弦まとめてかきむしる、ベースのアプローチが上手かった。
 ここで初めて森もアルコを持つ。3人の弦がふくよかに響いた。ここで休憩。前半は45分程度。

 後半は黒田の持ち込んだ新曲から。冒頭は弦を中軸にした即興が流れ、テーマのイメージは希薄だった。じっくりとソロが回され、最後にぶわっと弦の絡み合う旋律がきれい。
 この曲は多い弦編成が気持ち良いかも。続いてチャイコのアレンジ曲"ババヤガ"を。

 あとは森のレパートリーを3連発。山田耕筰の"この道"は、ベースのソロから。日本情緒が炸裂のイントロになり、「やりすぎかな」と森が苦笑する。
 中盤ではコミカルな展開へ。唐突に黒田が「この道でいいのかな?」と、誰かに問いかけた。
「この道だよ!」と太田が受けた。
 そのままバイオリンを弾きながら、「だから、この道だよ!」「この道だってば!」と幾度も叫ぶ。だれかを説得するような雰囲気が可笑しかった。
「この道がシルクロードだよ!」
 太田の呼びかけは、ロマンチックに締めた。

 太田はさらにさまざまな曲を織り込んだ。ビートルズ"ノルウェイの森"をほんのわずか弾き、「行き過ぎちゃった」と惚ける。森にまでぴったりイメージを合わせる曲を選んだのがさすが。
 そしてアラブへ向かった太田が、ホーメイを。即興アラブ声に変化。
 盛り上がった抜群のタイミングで、外の道を通るパトカーのサイレンが響いた。
 大爆笑に包まれる中、太田はそっと両手首へ手錠がはまった仕草を見せた。

 今夜、もっとも心に響いたのが"Walts for Vana"。他界したスウェーデンの楽器修理屋に捧げた曲。信頼された人で、幾人ものミュージシャンが曲を捧げたらしい。その曲集CDって聴きたい。無いかなあ。

 テーマが素晴らしかった。3弦による響きが柔らかく優しく包む。翠川が美しいアドリブをたっぷり聴かせた。
 今夜の翠川はフラジオや特殊奏法も使ったが、アドリブのメロディの美しさに沁みた。基本的にはアルコ弾き。スケール大きいフレーズがめだった。
 ちなみに"Walts for Vana"は演奏後に太田が曲の良さを褒める。終演後にも改めて譜面を眺めていた。

 最後の曲。翠川が「まだ寝てないよな?」と早川岳晴を呼ぶ。
 まずはがっちり、早川と森が握手。店のウッドベースを持った。
「え、譜面あるの?」
 と戸惑い顔の早川。この曲は森のレパートリーでゆったり踊るアフリカンな要素を取り入れた。

 ベース2本の無伴奏デュオがイントロ。早川のベースは音量小さめ。
 最初は譜面を追いながら探り弾きが、ぐんぐん早川もメロディを多彩に、力強く鳴らす。
 互いに渡り合うアドリブがスリリングだった。

 テーマへ向かい、軽やかに旋律が弾む。カリプソっぽい肌合いも感じた。たっぷりとソロが回され、再びベース2本のデュオへ。
 特殊奏法やフラジオも混ぜて森が弾き、早川は骨太にメロディを鳴らす。二人の応酬もじっくり聴かせた。
 思わぬ飛び入りによる、充実した一時だった。

 ミュージシャン4人によるセッションでなく、黒田京子トリオと森という対比で構成。トリオの音楽性も再認識する一時だった。
 おっとりとした雰囲気が漂い、ソロを多用する。それぞれの音楽をじっくり楽しめた。

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