LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/9/15   大泉学園 in-F

出演:クラシック化計画
(翠川敬基:vc、喜多直毅:vln、会田桃子:vla、菊池香苗:fl、渡部優美:p、淡路七穂子:p、飯田俊明:p)

 ひさしぶりにクラシック化計画を聴いた。翠川敬基ががっぷり真正面からクラシックへ向き合うイベント。in-Fで会を重ねるごとにメンバーが多彩になる。特に弦で非クラシックをメインの奏者を集めた。
 観客はほぼ満員の盛況。どの奏者のファンだろう。翠川や菊池が楽屋から戻ってきた。

<セットリスト>
1.フォーレ:チェロ・ソナタ1番:翠川+渡部
2.サラサーテ:チゴイネル・ワイゼン:喜多+飯田
3.ヴュータン:ヴィオラ・ソナタ:会田+淡路
(休憩)
4.バッハ:無伴奏チェロ・ソナタ3番:菊池
(休憩)
5.シューベルト:死と乙女:菊池+喜多+会田+翠川

 "チゴイネル・ワイゼン"以外は、全曲通しては初めて聴く曲ばかり。
 最初に翠川の登場。前説のあと、ピアノのすぐ横、入り口側に腰を据えた。ピアノは大きく蓋を開ける。向かい合うと思ってたので、ちょっと意外な配置。

 「誰も知らない曲と思いますが」と紹介して、フォーレの"チェロ・ソナタ1番"を演奏。ロマンティックで雄大な旋律だった。
 力強くメロディが動き、ピアノと絡む良い曲。翠川は朗々と奏でた。中盤で指を立てるように弦を押さえる。
 翠川節のビブラートが柔らかくフレーズを歌わせた。後述するが、1stセットは三人三様のビブラートが音色を操る独自性を産み、興味深かった。

 渡部のピアノはダイナミックな音使い。鍵盤をくっきり鳴らし、着実に駆け抜ける。
 譜めくりの音も、勢いよくばさっと響いた。
 惜しむらくは合奏の響きが少々もどかしかったこと。蓋を大きく開けたピアノと、音量バランスの問題か。
 チェロがやけに痩せて聴こえてしまった。2ndセットでは響きが違ったので、気のせいじゃないと思うが・・・。
 
 続いてサラサーテ"チゴイネルワイゼン"を喜多直毅と飯田俊明のコンビで。ピアノの蓋は開けたまま。
 バイオリンはけれんみすら感じさせる解釈だった。いっきなり強くボウイングで弦を引き絞る。タンゴのアプローチで有名曲を大胆に紡いだ。
 原曲をくっきり覚えていないが、かなり音飾を変えていそうな感触。ダイナミズムはおろか、フレーズ末尾でトリルや装飾音をふんだんに聴かせた。

 飯田は繊細に鍵盤を抑える。あえてバイオリンを立てて、おっとりとピアノを弾いた。
 だからこそ、喜多のアプローチが強烈に響く。3楽章あたりで、ついに喜多は弓を猛烈に叩きつけてピチカート風にテンポをアッチェランド。
 客席に控えてたミュージシャンらが、ついに大笑いし喝采した。
 
 喜多は演奏スタイルもライブでよく見るまま。すっと体を立てて、ステップよろしく両足の重心をめまぐるしく変える。半目で譜面を眺める様子ながら、第一楽章は暗譜っぽい。
 くるくると勢いよく体を動かしながら、トラッドを連想する強い鳴りでバイオリンを弾ききった。

 1stセット最後はヴュータンの"ヴィオラ・ソナタ"。小柄な会田がヴィオラを構えると、なんだか楽器がひときわ大きく見える。
 演奏は、圧倒された。曲の力強さ以上に、会田の堂々たる演奏に。

 1stセットは各弦奏者のビブラートの操りが各人各様だった。翠川はライブで聴き慣れた、柔らかく丁寧に。激しいフレーズなときも、ビブラートは優しく操る。
 フレーズの末尾を発音から、ほんの一瞬溜める。すかさず素早くきめ細かく、指を振るわせる。音のリボンをくるくると振るように。

 喜多はこの日、豪快なビブラートだった。音を出すやいなや、ぐいんぐいんと力強く指を動かす。フレーズの終わりで音と社交ダンスを踊るがごとく。

 そして会田は曲と寄り添ったアプローチ。フレーズの最後だけじゃない。フレーズ中盤でもビブラートを挿入する。あえて旋律の終わりはビブラート無しなときも。
 メロディのアクセントやアンサンブルのポイントでビブラートの箇所を多彩に変えた。
 旋律の感触が幾重にも揺れる。柔らかなフレーズは時に大胆な表情を見せ、早いメロディも切なく響いた。

 会田のビオラは初めて聴いたが、素晴らしく上手い。プロに向かってこういう言い方は変だが、見事に曲を会田の色で染めた。
 ボウイングのスケール大きさにほれぼれ。むやみに弓を行き来させず、懐深く弓を動かした。
 音使いは力強く、惑わずにぴいんと張る。早いフレーズでは音がきらめき、ロングトーンはじわっと広がった。

 淡路は蓋を半分締め、くっきりとエッジの立った音使い。ピアノも三人の弾き方がそれぞれ違って興味深かった。こうしていろんなピアニストの演奏を一夜で聴くことはあまりない。その点でも、今日は豪華な機会だったと思う。
 
 音のバランスはばっちり。真剣な面持ちで淡路は鍵盤を奏で、会田はにらみつけるように譜面と相対する。
 ステージの雰囲気はぴいんっと張り詰めるが、出てくる音楽は豊潤。心地よかった。
 1楽章が終わった辺りで、拍手が飛ぶほど。弾ききった時、ひときわ大きい拍手だった。

 1stセットは1時間あまり。休憩を挟んで後半は、いよいよ菊池の登場。
 ピアノは無し、なぜかチェロのソナタをフルートで弾くアプローチを選んだ。
 前説で翠川が簡単に紹介する。「***のアーティキュレーションに凝ってる」と説明したが、不勉強で何のことかいまひとつわからず。

 譜面を広げ、無造作に菊池はスケールっぽい旋律から吹き出した。無論、そういう曲なんだろう。
 メカニカルなメロディが、次第にばらけていく。この日のフルートは、とくに倍音が響いて聴こえた。丁寧な指使いで菊池は、ぱあんと音を膨らませる。
 3楽章の後半のメロディは、聴き覚えあり。何で聴いたっけなあ。

 今日のメイン、シューベルトの"死と乙女"。繰り返しが多い作曲で、かなり長くなるそう。繰り返し省略も考えたという。
「でもそうすると、シューベルトにならないんです」
 翠川が説明する。結局ほとんどの繰り返しを採用し、45分ほどの長尺になると宣言。菊池が終わったとたん、トイレ休憩を入れた。
 奏者の緊張を保つ作戦かもしれないが、聴き手としては拍子抜けなところも。2部が始まったばかりだし。いっそバッハを1部へ持っていく手もあったのでは。

 ともあれステージには4人が並ぶ。フルートが1stバイオリンの譜面を吹く。ここだけ木管で響きに違和感を懸念したが、全く杞憂に終わった。
 トップがフルートで、きれいに蕩ける響きが快感だった。
 ピッチはビオラとバイオリンが異様に合っていて、溶けっぷりが凄まじく気持ち良い。
 チェロは幅広い響きで、低めからじわっと支える。
 ときおりpppで叩き込むが、チェロの小音ダイナミクスもアンサンブルの中できっちり優しく聴こえた。

 "死と乙女"はきちんと聴いたことが無い。シューベルトって、もっと弱弱しいかと思ったら。今夜の演奏は力強く、ぎらぎらパワーがみなぎった。
 アンサンブルのリーダーはあえて立てない感じ。菊池が冒頭などで合図をするくらい。
 1stバイオリンだけでなく、2ndもときおり旋律が切り込む。喜多が煌びやかにバイオリンを奏でた。
 チェロがぐいっと弓を弾き、ビオラが雄大に弓を操る。会田のボウイングはここでも優雅だった。
 早いフレーズが動くとき、下へ一度引くだけの弓ですます。滑らかに音が変わる響きに嬉しくなる。そうか、ボウイングってこういう楽しみもあるんだ、と初めて気がついた。

 張り詰めた雰囲気と情感溢れる演奏でぐいぐい進む。たしかに繰りかえしは多そうだが、ぜんぜん退屈しない。演奏に不安定さがなく、目の前でがっつり奏でる迫力に惹きこまれた。

 楽章を淡々と積み重ねるが、3楽章の前あたりで喜多がぽつり。
「合間にMCってやらないの?」
「やるわけないじゃん」
 翠川がすかさずつっこむ。
「・・・この緊張にたえられないよ」
 喜多が思わず弱音を漏らす表情に、笑いが飛んだ。

 最後は疾走するプレスト。4人ががっつり音を噛み合わせ、つぎつぎにフレーズを叩き込む。
 バイオリンがぐいっと音を紡ぎ、すかさずチェロとビオラが乗っかる。フルートは軽やかに駆けた。
 激しい勢いのまま、コーダへ突入、流麗にまとめた。

 大きな拍手。アンコールはあえて無し。45分があっというま。アンサンブルの豊かな表現で塗りつぶした。 
「譜面もここにあるよ。見たかったら言ってね」
 にこやかに笑いながら、翠川が譜面を振ってみせる。見てみたかったが、今夜は平日の疲れで眠たく、すぐに帰ることにした。

 クラシックをぼくがまた聴くようになったのは、間違いなくクラシック化計画の影響。かしこまらず、のびのびとクラシックを楽しむすべに気づき、そして新しい興味が沸いた。
 今夜もまた、違う興味が沸いてきた。聴き終わって、胸がわくわくする。力強い充実に満ちたライブだった。

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