LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/8/25    大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p,acc、翠川敬基:vc、太田惠資:vln)

 in-Fに到着すると、ドアの向こうからピアノの音がする。そっと扉を開けたら、3人が車座でリハの真っ最中だった。
 構成を確認しながら"ババヤガ"や"ロシアの風"をきっちりと詰める。リハが終わったのは19時45分くらい。おもむろに翠川敬基と太田惠資が連れ立ち、楽屋へ向かった。
 黒田京子はピアノの前で、曲順を確認のようす。

 客席はほぼ満席。20時15分ごろ、呆れた黒田が二人を楽屋から呼び戻す。おもむろに扉を開けた二人の登場へ、大きな拍手が飛んだ。
「(リハを)覚えてるうちにやりましょうね」
 と、ライブは"ロシアの風"で幕を開けた。
 
<セットリスト>
1.ロシアの風
2.ヒンデ・ヒンデ
3.グリーン・クレイドル(新曲)
4.ババヤガ
(休憩)
5.ヴァレンシア
6.イッツ・チューン
7.ゼフィロス(るり色の風)(新曲)
8.ワルツ・ステップ

 1stはクラシックをアレンジした曲ではさみ、新曲を投入した充実のセット。
 まずは"ロシアの風"から。
「テンポはどうしましょう」
「(この曲では)それは、おれが決めるの」
 黒田を眺める太田に、翠川が譜面を見つつ苦笑し指摘する。
 白玉で太田が音を伸ばし、チェロがそっとメロディを紡いだ。
 テーマから滑らかにアドリブへ向かう。リハで構成を確認したせいか、集中したアンサンブルだった。

 バイオリンが弓を強く引いたとき、ぷつんと毛が切れる。
 この日はいつに無く、弓の毛を切っていた気がする。演奏の合間では隙をぬって、素早くちぎり足元へ落とす。ちぎれたまま弾きつづけはしない。
 そして曲の合間に丁寧にくくっては、横に重ねていた。

 アドリブは美しく絡み合う。弦が重なり、ピアノのソロへ。雄大に展開した。
 黒田は時に体を大きく揺らし、鍵盤を軽やかに叩いた。

 続いて"ヒンデ・ヒンデ"。まず弦二本がテーマの変奏を奏でる。黒田は音を出さず、二人の演奏を眺めた。
 翠川は超pppから、しずしずと音を立ち上がらせた。

 やがて黒田が音を重ねる。めまぐるしく即興の主旋律が行き来した。
 この日は全て生演奏。ダイナミックにチェロが音量を操る。
 特殊奏法は控えめに、流麗な旋律のやり取りが印象深い。

 "グリーン・クレイドル"は黒田が以前に書いた曲の再アレンジだそう。翠川に捧げる曲と紹介。太田にも改めて曲を作るとか。
「そのときはぜひ、"壊れたロッキンチェア"のタイトルで」
 すかさず太田が応え、黒田が微笑む。
 
 曲の構成はジャズの文脈にのっとった、優美な和音の感触あり。
 しかしリズム楽器が無い上、チェロがふんだんにテンポを揺らす。
 いきおいビートやテンポが希薄になり、優雅さが強調される。音が美しく拡がった。

 ピアノのソロが丁寧に広がり、和音感がしとやかに響く。
 太田がぐいぐいと前へ出て、アドリブを奔放に展開した。
 黒田京子トリオの編成へばっちり溶け込んだ曲。ぜひ継続レパートリーにして欲しい。

 1stセット最後は"ババヤガ"。バイオリンは冒頭のピチカートで譜割がぶれて太田が苦笑するが、ピアノがすかさず下地を固め、アンサンブルを安定させる。
 ここまで太田はボイスも一切無し。ただ、バイオリンと向かい合った。
 中間部でボディを軽快に叩き、ピアノとチェロのアドリブに味を加える。

 テーマへ戻る寸前で、太田がつぶやく。
「バイオリンが上手くなる魔法を・・・」
 そのまま一人芝居をはじめ、翠川や黒田が笑いながらそっと音を出す。
 やがて太田が弓を構えなおし、即興を膨らませた。

 どの曲もきっちりとテーマ〜即興〜テーマの構成を踏まえたアレンジ。
 あれは"ヒンデ・ヒンデ"だったろうか。3人のアドリブがそっと着地し、静けさを予感させる。
 実際はテーマへ戻ったが、そのまま収斂し終わりを告げる構成も心地よいのでは。

 休憩時間はメロディアスなパーカッションとピアノ、ベースの音楽。富樫雅彦の自演による"ワルツ・ステップ"が流された。
 2ndセットは富樫雅彦の曲を中心に。
「まずは一曲」
 曲名を告げずに、太田が弓を構える。

 翠川が超弱音のフリーを。バイオリンも加わる。ある曲の旋律を予感させ、そのまま予想通りのメロディを太田が紡いだ。
 "ヴァレンシア"はしみじみと優しく、くっきりとりりしく響く。
 弦二本のアドリブに対し、黒田は横へ置いたタンバリンを持ち、軽く振った。

 アドリブが終わりへ雪崩れ、静寂が比重を増す。
 外の車の音が、ふっと耳へ届いた。
 一呼吸置いて、太田がバイオリンを構えなおす。
 ゆったりとテーマが奏でられた。

 富樫雅彦の他界を、太田が話題にのぼらせる。
「次は"イッツ・チューン"。しばらくやってない曲」
 タイトルを告げるや否や、翠川が強く弦をはじく。チェロはダイナミックなピチカートを鮮烈にばら撒いた。
 
 太田はこれまで弦にはめていた、ミュートを取り去り横へ置く。ぎしぎしと弦の根元を弓でこすった。
 ぐっとチェロが前に出る。あえてパーカッシブなアプローチ。強い意志が伝わる。
 奔放に役割分担が入れ替わる黒田京子トリオだが、この曲ではソロ回しっぽい展開に。
 まずピアノからバイオリン、チェロへと続く。チェロのときはほぼ無伴奏の形で。
 伴奏的な立ち位置から、ゆるやかにソロへと翠川が変える。翠川は額に汗を滲ませつつ、弓でじっくりと弾いた。
 太田はバイオリンを抱え、指先でリズミカルに爪弾いた。

 この曲もアドリブの終わりが、すうっとボリューム落ちてきれいにまとまる。
 テーマが最後に提示されたが、いっそテーマ無しで終わるアレンジでもよかった。

 3曲目も黒田京子トリオとしては新曲。黒田が過去に"るり色の風"と名づけた曲のアレンジだそう。
 蝶採集が趣味だったという富樫に捧げるため、選んだ。リハの時に翠川の発言からインスピレーションを得て、タイトルを"ゼフィロス"と変えたそう。
 ステージを通しては、あえて湿っぽい雰囲気を避けた雰囲気のMC。
 しかしここで、翠川が富樫の蝶採集時のエピソードを静かに語る。

 "ゼフィロス"は細やかな旋律だった。ジャズの要素は希薄で"二十億光年の孤独"と通じる、黒田のロマンティシズムが溢れた路線の曲に聴こえた。もっとも曲想はぐっと明るい。
 安定したアンサンブルでくるくると即興が広がる。ピアノがサウンドを引っ張り、チェロが引き締める。バイオリンがあちこち泳いだ。
 
 かなり時間が押しているため、曲順は削られたようだ。
 最後に何を選ぶか黒田が提案、翠川の一言で"ワルツ・ステップ"が選ばれた。
 太田はミュートをとり、丁寧に弦へはめこむ。

 冒頭からチェロが自由に旋律を揺らした。ワルツといいつつ、テンポは奔放に解体される。3拍子ながら、リズムはルバートの塊に。
 それでいて、ワルツのベクトルはきっちり残った。揺らぎつつ、踊る。矛盾した表現だが、音楽はごく自然に提示された。

 黒田はアコーディオンを持ち、そっと鍵盤を抑えた。アドリブへ突入した頃合に、鍵盤へ戻る。
 無理な姿勢でアコーディオンを抱えながら弾いていたが、さすがに途中でそっと楽器を降ろしていた。

 個々のアドリブもさりながら、合奏の完成度が素晴らしかった。
 アンコールはあえて無く、ライブは幕を下ろした。

 数日前に富樫雅彦が他界。結成当初から彼の曲を演奏するトリオゆえ、全編が追悼ライブかと予想してた。そういう展開は、最初から避けたようだ。
 1stは黒田京子トリオの更なる進化を示す構成。2ndセットでは富樫へ捧げるセットだが、自らのオリジナリティもきっちりと提示する。

 アンサンブルの親和度に安定性があったのは、リハーサルをしたせいだろうか。
 今後、どういう方向性に行くかは別として。とにかく今夜は凄まじい名演ぞろい。聴き応え満載のライブだった。

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