LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/7/17 大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln、guest on 8 マスター:b)

 店へ入ると黒田京子と太田惠資がリハの真っ最中。翠川敬基はすでに、楽屋へ行っていた。
 丁寧なリハは観客が入っても続き、マイクのリバーブも細かくチェック。黒田が軽く歌いつつ響きの感触を確かめ、ピアノの蓋の開き具合も調整する。結局、めずらしく大きく蓋が開かれた。翠川も楽屋から戻ってきた。

 20時半近くになり、おもむろに客電が落ちる。黒田の挨拶から太田の曲紹介へ。
 in-F開店12周年を記念し、今夜は特別なセットリスト。前半はクラシックを中心、後半はコルトレーンのレパートリーを元にした即興となった。

 太田がまず、ゆったりとひとつの音を長く伸ばす。翠川と黒田が音を重ね、ぐいっと力技でテーマへ移った。

(セットリスト)
1.ロシアの歌
2.Jack in the box
3.音楽の捧げ物(初演)
4.ババヤガ
(休憩)
5.ひとひらの花びら
 〜白いバラ
 〜花の行方(?)(初演?)
6.ビッグ・ニック(初演)
7.ナイーマ(初演)
8.Mr.PC(初演)
(アンコール)
9.It's easy to remember(初演?)

 まずラフマニノフ"ロシアのうた"を。ぼくはこのトリオで聴くの初めて。かなりひさびさの演奏だそう。ロシア民謡のような叙情的旋律が幾度か提示され、即興へ進む。
 柔らかくてどこか硬質なフレーズが交錯した。黒田は丁寧に鍵盤を叩く。ピアニッシモを効果的に使った。

 翠川は本編を通じて、アルコを中心。楽想の流れなのか、フラジオや特殊奏法は控えめ。トリッキーな押弦もほとんど見られず、ストレートにメロディを紡いだ。
 重厚なラフマニノフは即興へ移っても、テーマの世界観を引き継いで奏でられた。

 続いてサティの"Jack in the box"。07年5月のライブぶり。リハの中に、この曲もあった。コケティッシュな可愛い旋律がスピーディに進む。リハ中のやりとりで知ったが、早いメロディ部分は7/8拍子らしい。メロディが端切れ、前のめりに。
 
 前半は緊張感かぎこちなさも滲む印象。もっとも顕著だったのがバッハの"音楽の捧げ物"。知識不足でうまく書けないが"5つのカノン"から、3曲ほど抽出して演奏したようだ。おそらくアレンジは太田。黒田京子トリオとして初演のはず。

 まず太田が曲目解説を丁寧に。口がろれってたどたどしくなり、笑いを呼ぶ。
 最初の場面はバイオリンとチェロのデュオだったか。即興部分を感じさせず、かっちりと旋律を紡いだ。ごく短く終わる。

 そして"鏡に写した旋律によるカノン"と太田が紹介した。がちがちにエッジの立った音が絡まる。ダイナミズムは幅広いが、アンサンブルは硬く絡んだ。もどかしいほどに。アドリブへ行っても、距離感を感じてしまう。

 太田が途中で歌い始めた。黒田が手を休め、チェロと2弦構成へ。バッハの世界観なはず。メロディにも違和感ない。しかしアラビックに歌う太田の声とバイオリンが演奏する音楽世界も不思議に馴染んで面白かった。不思議な立ち位置が興味深い。
 バイオリンが別の曲も引用したようす。弾きながら翠川が、横に置いた譜面を台へ乗せなおす。あちこちへ展開のあと、パワフルにコーダへ向かった。

 当初はこのあと、チャールズ・アイヴスの曲を予定だったらしい。MCが長すぎた、とカットされる。1stセット最後は、チャイコフスキーの"ババヤガ"。"Jack in the box"同様、07年5月に初演された黒田のアレンジにて。
 1stセットでは、この曲がもっとも活き活きしていた。

 イントロでいきなりフリーに突入したのがこれか。太田がメガホンで鋭くつぶやく。テーマが鮮烈に提示され、滑らかにアドリブへ向かった。
 緊張が漂うムードを残しつつ、3人の即興が進んだ。

 後半セットはまず3曲メドレーで。エリントンの"ひとひらの花びら"から、黒田の"白いバラ"、そして"花の行方"という曲だったかな。MCで作曲者名も黒田が紹介したが、聴き取りそびれた。
 今夜のベストテイクが、これらの曲。

 エリントンの"ひとひらの花びら"は、黒田のレパートリー。in-Fのスタッフへ捧げます、とごく短いピアノ・ソロ。
 ペダルで残響を深く、ロマンティックに音が弾む。寛いだメロディは美しく軽やかに展開した。
 アイコンタクトで翠川らに曲のつなぎを知らせる黒田。ぴくりと体を動かし、翠川は弓を構えなおした。

 "白いバラ"へはごく自然に繋いだ。ピチカートからピアノのアルペジオで助走し、テーマへ。黒田トリオの本領、構築性ある即興と、豊潤な調和が存分に聴けた。
 小刻みに即興の応酬でなく、個々のソロも効果的に挿入される。
 "白いバラ"のテーマは終盤であまり強調せず、"花の行方(?)"に移った。この曲は7/12にin-Fで、小室等/梅津和時と黒田がセッションした時に弾いたそう。日本情緒が漂うメロディだ。
 "花"をテーマに弾かれた一連の曲は、ふっくらと音像がリラックス。存分に楽しめた。

 MCをはさまず、唐突にフリーなイントロに突入。尖った音の断片が寸断しながら、ノーリズムで交錯。やがてピアノがうっすらとテンポを提示、スイングするテーマが解体されつつ登場した。
 コルトレーンの"ビッグ・ニック"。
 リズム楽器が無い分、テンポが即時にぐいぐい変化してもノリがブレない。メロディやアドリブを歌わせながら、奔放に進んだ。
 
 続くコルトレーン"ナイーマ"もアンサンブルに馴染んだ。弦2本で奏でられるテーマの美しい響きにしびれる。
 イントロで黒田が大きく体を揺らしつつ、鍵盤へそっと指を落としたのはここか。
 太田がたっぷりとアドリブを披露。2弦のみの展開から、ピアノも加わる。きれいなメロディがバイオリンとチェロの積み重なりで効果的に響いた。
 この曲は、黒田トリオで再演して欲しい。

 時間が無い、と予定からここで1曲削除。「コルトレーンといえば、これ」と太田が紹介した直後にカットされただけに気になった。
 どうやら"マイ・フェイバリット・シングス"だったらしい。

 2ndセット最後の曲はin-Fのマスターを呼び、ウッドベース入りのセッションとなった。
 冒頭にダイナミックなピアノのイントロをくわえ、太田や翠川が「こんな曲だったっけ?」とにこやかに驚く。

 鋭いウッドベースのあおりが轟き、"Mr.PC"のテーマへ豪快につっこんだ。
 バイオリンのソロが冴える。弓をざんばらにしつつ、猛烈に弾きまくった。ピアノのソロは一転してリリカルに柔らかな響きをたたえて。
 チェロはテーマと即興を織り交ぜ、ふくよかに奏でた。
 ウッド・ベースのソロでは、ぐっとピアノがボリュームを下げてベースを強調する。太田がブラシのように、バイオリンの胴をこすった。軽やかに。

 がっちりコーダをまとめ、大きな拍手。
 アンコールは考えてなかったようだが、拍手に応えスタンダードを一曲。"It's easy to remember"。黒田トリオで過去に、演奏の記録があるかは不明。
「コルトレーンじゃないけど、好きな曲」と黒田が紹介した。
 
 この演奏も抜群だった。太田の提案で主旋律はチェロが受け持つ。翠川の細かなビブラートが情感豊かに旋律を紡ぐ。太田のオブリが包みこんだ。
 チェロの響きがひときわ寛いで、しっとりと鳴った。

「テーマをさらっと流すだけね」
 演奏前に黒田がつぶやいたが、とんでもない。3人のアドリブはじっくり膨らむ。
 バイオリンが次々に即興に旋律を提示し、翠川の懐深いソロに。しみじみと聴いていた。
「黒田、いけ〜♪」
 チェロのアドリブが佳境に至ったとき、太田がそっとピアノ・ソロを促す。黒田も滑らかに鍵盤を操った。
 ふんわり着地し、大団円。ふっくらとライブの幕を下ろした。

 特別セット・リストで普段とは違う空気が漂うステージだった。しかし後半セットは初演続きでも、もともとがキャリアとして体に馴染んだ曲なのか、ぐっと3人の音密度が濃くなる。
 奔放な即興を自在に操るトリオの、幅広い底力をうかがわせるライブ。たまにこういう特別テーマで演奏してほしい。

 なお、in-Fでの黒田京子トリオは、おそらくほとんどが私家版的な位置づけできちんと録音されている。今夜はマスターからリリースの可能性もゼロではないと示唆された。
 いろいろな思惑があるとは思うが、ぜひ実現して欲しい。

目次に戻る

表紙に戻る