LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/6/30   九段下 九段会館

   〜夜のみだらな鳥〜
出演:菊地成孔ペペ・トルメント・アスカラール
 (菊地成孔:ts,as,vo、南博:p、北村聡:bdn、鈴木正人:b、大儀見元:per、田中倫明:per、
  徳永友美:vln、栗原尚子:vln、菊地幹代:va、徳澤青弦:vc、堀米綾:harp、
  カヒミカリィ:vo、中島ノブユキ:strings arr.)

 菊地成孔のぺぺは初めてライブを聴く。副題"夜のみだらな鳥"はホセ・ドノソの小説から。
 九段会館大ホールのキャパは1100人程度。当日券が出つつ、蓋を開けたら立ち見が幾人も出るほど。MCで菊地曰く「過去最高の興行成績」だそう。
 ステージ上に段差をつけ、両翼にスピーカーが置かれた。特別な装置は何も無し。照明も場面ごとに色合いやスポットを変える程度。無造作な演出だった。

 開演前、静かにコンガのビートが響く。10分ほど押して、ぬるりと客電が落ちた。
 メンバーがステージへ現れる。菊地も一緒。一番最後に。小さなサングラスを掛けたスーツ姿で。中央に立って胸へ手を当て、無言で軽く一礼した。
 大儀見元がコンガを鳴らし始めた。

 菊地は背を向け、リズムに合わせて体をゆする。ふっと手を上げ、ストリングスへ腕を振る。静かな弦の響きがちょっと動いたところで、手を振って止めた。
 ときおりパターンが変わる大儀見のビートを基調に、スタート&ストップを幾度か菊地がかける。このアレンジが幕開け。DCPRGと通低するものあり。

 ただしぺぺはきっちり編曲されている。
 菊地のハンドキューすら、タイミング決まってるのかな。菊地すらも譜面を見ながら指示を送っていた。
 南博は音を出さない。ピアノの前に腰掛け、菊地の姿を眺めた。

 ひとしきり続いた菊地のキューから、滑らかに曲へ移った。
 この日は"野生の思考"と"南米のエリザベス・テイラー"からのレパートリーがメイン。曲名とタイトルが一致せず、セットリストは割愛させてください。

 菊地はまずテナー・サックスを構えた。まずコンガのビートが効いた曲、続いて"京マチコの夜"だったかな。おもむろに南もピアノへ向かう。
 予想以上に菊地のサックスが前面に出た。ちょっと吹いたら、首をかしげてリガチャーのネジを締める。
 スポットライトが当たり、サックスがきらりと反射。菊地のピアスも合わせて瞬いた。

 ステージの合間にMC無し。次々と曲が進む。菊地はサングラスを掛けたまま、無表情に演奏した。つま先で、時に体全体でリズムを取って。
 全ての曲はかっちりアレンジされ、アンサンブルの即興要素はほとんどなさそう。隅々まで美しく目配り効いている。
 テナーは最初に柔らかく響いた。やがて音色がみるみる硬くなり、リバーブがうっすらとかかる。

 初手から菊地のソロが長めに聴けて嬉しい。今夜も色っぽく旋律を操り、時に饒舌なアドリブを提示した。フラジオは後半の数曲で使ったくらい。通常のサックスの音域で勝負した。
 他には南、北村聡、鈴木正人あたりがソロを取る。全曲でソロ回しはせず。冗長さを排除し、1曲10分程度でコンパクトに演奏を連ねた。
 場面ごとにスポット・ライトが変わり、さりげなく演出する。

 数曲のあと、菊地がアルトへ持ち替えた。南がAをぽおんと叩き、別の音も加えた静かなアドリブへ。
 メンバーも音あわせから即興っぽいフレーズを次々出して音像を波打たせる。
 菊地はチューニングを終えると楽器を下へ置き、メンバーへ向かって両手のひらをあげた。もっと、もっと、と。
 しばらく混沌が続き、すぱっと次の曲へ。この演出は今晩、数度繰り替えされた。

 カヒミ・カリィの登場ももったいぶらず。イントロの間に下手から、無造作にカヒミはステージ中央まで歩を進めた。
 マイクへ向かい"Look of love"を口ずさむ。1コーラスはソロ。
 サビのあと、菊地も歌へ加わった。二人のウィスパー・ボイスがバックの演奏へ溶ける。

 続けて硬質なコンガと演奏が絡む曲へ。カヒミは紙を片手にフランス語をつぶやく。"パリのエリザベス・テイラー(存在しない)"かな?
 2曲終わったら、すっとカヒミは袖へ消える。菊地はカヒミがいたスペースを、無言で指して一礼する。紹介の言葉は出さない。歌詞以外の声は発せずに次へ向かった。アルト・サックスを持つ。
 
 パーカッションは大儀見が異物リズム役を主に叩き、ジャンベや小さなシンバルも揃えるセット。
 一方の田中倫明はコンガ中心のセットで、ジャストなビートをメインに叩いた。
 中盤で大儀見と田中のみを照らしたリズム・ソロがあり。バトルまでは至らない。
 大儀見が小さくリズムをタイトに置き、田中がコンガを滑らかに打ち鳴らした。

 弦の4人は流麗で着実な演奏ながら、ボウイングをあわせるほどアレンジは詰めない。もっともいわゆるソロは、ほとんど無し。それぞれ奏者の印象が、いまひとつ薄いのが残念。
 アレンジの一環で主旋律を一人で弾くことはあった。たとえば徳澤青弦がピチカートで弾く、鋭い響きは記憶に残る。

 若々しい北村がバンドネオンを巧みに操る。堀米綾のハープと同じく、アレンジの芯となってサックスと絡んだ。
 堀米は演奏もさりながら、チューニング即興の場面でハープの上へ手を伸ばし、耳をすませる調弦の仕草がなんだか印象深い。

 南はストイックに譜面を踏まえた演奏。出番がないときにはさりげなく袖へ消え、1曲終わる頃に、そっとステージへ戻った。
 アンプ越しで硬い音色だが、甘いタッチで鍵盤を叩く。アドリブではペダルを踏まず、足でリズムを取りながら弾いていたポーズが印象深い。
 一番最後の曲ではかなり長いソロを取ったが、あとはアンサンブルの一員として演奏した。

 アンサンブルの芯をがっしりつとめたのがウッド・ベース。鈴木正人の上品で指の動く低音は、膨らみを存分に出した。
 アドリブでの爽快なフレーズが活き活きと印象に残る。

 そしてアレンジの芯は大儀見だろう。大儀見のパーカッションが強靭にアレンジを揺らした。
 ストレートなリズムはほとんど叩かない。拍の頭をずらす変則アクセントを多用し、時にポリリズミックに。
 叙情的なタンゴの世界観へ異質感を注ぎ、不安定さと幅を促す。アンサンブルにスリルを注入した。

 数曲のアルト演奏を経て、テナーへ持ち替えた。ステージはさくさく進む。
 曲名を忘れたが、最後の2曲が鮮烈だった。まず爽やかなアレンジの曲。
 菊地のサックスが軽快にアドリブを紡ぐ。するすると河を滑るようなムードが心地よかった。

 ついに最後の曲。ステージが真っ赤に染まる。これが"ルペ・ベルスの葬儀"かな?ピアノが鮮烈に響き、サックスが高らかに軋む。
 終盤ではピアノやバンドネオン、ベースなどにたっぷりとアドリブのスペースも。最後の最後で菊地があまりサックスを吹かなかったような。

 一礼する菊地。南がバンドメンバーを手で指し、拍手に応える。
 メンバーは袖へ去った。MC無しで通したため、あっけなく思えてしまう。
 本ステージは1時間20分ほど。

 数分の間を置き、ミュージシャンがステージへ戻ってきた。菊地がマイクで、やっと喋る。
 「演奏で興奮した」と言いつつ、躁状態でメンバー紹介。
 「日本でもっとも部数が出てるタトゥー雑誌に登場してます。ここでは袖を隠してますが、そこでは全裸で出ています。お好きな人はぜひ」
 と、まず大儀見から。たっぷり15分くらい喋りまくった。最初の段階で中島ノブユキを呼び出すも、長さに途中で引っ込んじゃってた。

 菊地は大笑いしながら次々と一人づつメンバーを紹介した。最後はカヒミと呼び戻した中島を。
 アンコールへ。
「まずカヒミさんと"Crazy he calls me"。そしてぼくらだけに戻って、"You Don't Know What Love Is"を。ダンスはここで出来ないと思うから、脳内で踊ってください」
 最後に菊地は客席へ向かって、香水を幾度か吹いた。

 "Crazy he calls me"が小粋に決まり、"You Don't Know What Love Is"は菊地のウィスパー・クルーナーで。たしか、どちらも菊地はサックス吹かなかったと思う。最後にもたんまりと、アドリブを聴きたかった。
 観客の拍手に応えつつ、ステージから去る。客電が速やかについた。しめて2時間ほどのコンサート。休憩無しだと、長く感じる。
 
 場末の雰囲気が贅沢に構築され、爛れた豊穣さが漂う。滴るクールな情感が、美しく昇華した。
 次のコンサートは年末に予定だそう。また聴きたい。

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