LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/5/22   大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p,acc、翠川敬基:vc、太田惠資:vln)

 月例ライブにゲストが続いて、トリオの編成は今年の2月ぶり。
 リハもきっちりやった趣き。店内に入ると太田惠資が弓同士をしごき合わせ、メンテナンスに余念無し。新しく弓を張り替えたとか。もっともこの弓を全編で使わなかった。

 しばらくすると黒田京子が店へ戻る。入念にアコーディオンを準備。太田はタールを。もっとも実際は、二人とも演奏で使用せず。
 そのあとセットリストを書いた紙で、太田と構成を相談し始める。
 20時を回っても、翠川敬基は楽屋から戻らず。黒田は丁寧に翠川の譜面も、曲順に並べていた。かなりたって現れた翠川は、懇切丁寧な準備に照れ笑い。
 
 3人で演奏前に打合せ(?)が延々続く。マスターの合図でステージへ向かったのは、20時半近くか。

 弦が軋む。鍵盤がそっと響く。静かなフリーから幕を開けた。
 翠川は小さめの音で、フラジオや変則奏法を多用。弓の背で弦を叩き、細かいフレーズをばら撒いた。指の腹で二本の弦をさわり、かすかな高音を引きだした。
 黒田が残響の多いフレーズで空間を広げる。ピアノの中でなにかいじるそぶり。内部奏法かな?

 テンポは明確だが、リズムは自由に展開した。
 太田がぐいっと旋律を奏でる。中国風のフレーズが朗々と響き、さらにアドリブ。
 翠川と太田が弓の背で弦を叩き合う場面もここか。

 いったん着地しかけ、再び音が膨らむ。
 やがて、曲のイメージが明確ににじみ出た。
 太田と翠川が呼吸を合わせる。テーマの旋律を、ふくよかに。テンポを思い切り揺らし、メロディを歌わせる。
 "ヴァレンシア"だ。

<セットリスト>
1.即興〜ヴァレンシア
2.リンク
3.ドラム・モーション
(休憩)
4.びっくり箱(Jack and box?)(新曲)
5.バーバヤガ(新曲)
6.清い心(新曲?)
7.白いバラ

 "ヴァレンシア"は3人の心地よいテーマから、再びアドリブへ。黒田が弾きやめ、弦二本で聴かせる。太田の即興メロディが前に出た。
 もういちど美しいテーマへ。20分ほどかけて、1曲を演奏した。

 MCが少々入る。先日の翠川敬基の誕生日記念、クラシックのライブについて語る。謙遜しつつも、つっこみあい。
「ぼくを聴くの2回目、ってお客さんも。一回目はブラームスのときとか。
 ・・・どうやってぼくがバイオリンで飯を食ってるか、不思議だったんじゃ」
 太田がぼやいたのが爆笑だった。
「きちんとしたのを聴きたければ、よそに行くって」
 翠川のフォロー(?)へ、さらに笑いが上がる。

 続いて翠川のオリジナル、"リンク"。太田の合図でいきなりテーマから。柔らかく優しく奏でられる。
 ふわりとアドリブへ繋がる。翠川がボディをこすりだした。背を叩く。ちらっと眺めた太田が、楽しそうに微笑んだ。
 翠川はボウイングへ。かすかに声を漏らしつつ、演奏を続けた。

 黒田がピアノを弾きやめ、僅かにあけたグランド・ピアノの蓋越しに二人を見つめる。体を柔らかく、手を宙に躍らせて鍵盤をふうわりと奏でた。
 ピアノのボディを軽く叩く音でアンサンブルへ加わったのもここかな。
 翠川は足でリズムを取りつつ演奏する。
 明確なテンポを感じたが、3人のタイム感が微妙に違う。折り重なるポリリズムで鳴った。

 3曲目も富樫雅彦の"ドラム・モーション"。黒田トリオで聴くのは久しぶりかも。
 いきなり翠川がチェロのピチカート。そっと弦の摘みと、激しいピチカートを織り交ぜた。
 断片的な音の交錯を3人が連ねる。ふっと翠川が音の表情を変えた。すかさず、太田が気づく。

 小さな音でめまぐるしく、チェロの弦を弾く。
 ベース・スタイルでファンキーなランニングを始めた。硬質な低音の連なりでぐいぐい迫る。
 太田がアドリブで切り込んだ。いきなりのクール・ジャズ。ぴしりと空気が張り詰める。
 アドリブがピアノへ繋がった。黒田がここぞと早いフレーズで、めまぐるしい鍵盤を大きなモーションで。紡ぐフレーズは、硬質な譜割ながら優しく響いた。
 ここで1stセットが終わり。45分程度か。
 
 後半は新曲というか、黒田のアレンジした曲が連発。
 翠川がクラシック演奏を誘うと苦笑する彼女だが、今回の曲は全てクラシックが素材なのが面白い。
 まずエリック・サティの曲をアレンジした"びっくり箱"。テンポを黒田が示すと、
「そんなに早いんですか〜?」
 と、太田が苦笑した。
 
 3枚に渡る譜面を、弦の二人はしっかり見つめながら演奏する。探り気味の太田はトチるたび、顔をしかめるて可笑しかった。
 コミカルで童謡っぽい風景も、曲想から浮かぶ。アドリブのとたん、太田がペグを捻り始めた。チューニングがズレてるらしい。

 さりげなく小音で音量調節するが、観客からはあからさま。
 くすくす笑い声に応え、どうどうとチューニングの音をアドリブへ持ち込んだ。
 呆れ顔の翠川。チューニングの音を示し、太田を導くさまに、さらに笑いを呼んだ。

 黒田は前面に出ず、アンサンブル全体を支えるイメージ。
 太田のアドリブは、力強い旋律へ。クラシックの曲(タイトル失念)へ繋いだ。すかさず、黒田も翠川も応え、堂々たる響きで一気に疾走。

 結構長めの演奏だ。テーマに戻り、軽快にまとめた。終わったあと、改めて太田がチューニングを始める。
「さっき、さんざんやったじゃん」
 翠川の突っ込みに観客も大笑い。

 続いてチャイコフスキーのアレンジ、"バーバヤガ"。ほんのり切ない印象あり。
「初めて演奏する・・・」
 と、翠川や太田が口々に漏らす。
 きっちりしたアンサンブルが展開し、どこまでが譜面かわからなくなった。
 探り気味だったがアドリブのとたん、バイオリンの音色はのびのび響く。

 黒田がアドリブ途中に弾きやめ、横に置いた小さなタンバリンでリズムを取ったのもここだったろうか。たしか黒田のソロのあと。
 即興の途中で、いきなり太田がつぶやいた。
 ホーメイで喉を震わす。くっきりした日本語で、即興芝居を始めた。喉声のまま。
 さながら浪花節。にやり笑う翠川。チェロの高音部を強いピチカート。三味線みたいに。
 黒田はピアノを弾きやめ、大笑いしながら横のペットボトルへ手を伸ばし太田の芸を眺めた。

 ひとしきり一人芝居が続く。チェロのピチカートとともに。
「ここから戻すのが大変なんだよ」
 ぼやきつつ、強引に器楽アンサンブルへ戻す太田。そのままテーマへ向かった。

「われわれのため、見たいなタイトルだな」
 演奏前に譜面を見てほくそ笑む翠川。
 "清い心"もチャイコフスキーのアレンジだそう。
 メロディは聴き覚えあり。スローで美しい曲だった。

 圧巻が翠川。すさまじい存在感で迫った。
 まずpppで弓をゆったり動かす。ふくよかな音色が、無伴奏で響いた。次第に音量を上げるが、力を解放しない。
 ぐっと熱気を堪え、じっくりと旋律を歌わせた。
 アドリブへ向かってもチェロの紡ぐ響きは、とことん美しかった。

 最後は黒田のオリジナル"白いバラ"。
「やったことありますが・・・すっかり忘れてしまいました」
 みもふたもない太田の曲紹介に苦笑する黒田。ドイツ語の歌詞をつぶやき、そのまま即興へ。

 テーマではかすかに歌いながら弾く黒田。
 冒頭はおずおずしたテーマながら、キメの部分では次第にアンサンブルが締まる。
 黒田の叙情性がにじみ出る即興を聴かせた。
 アドリブからテーマへ戻るあたりの展開が聴き応えあった。

 後半は約1時間。アンコールは無しで、メンバー紹介。楽器を片付けた二人へ、珍しく「これやろうぜ」と譜面を軽く翠川が振った。
 結局そのまま終演になったが・・・。あとで譜面台を覗いたが、おそらく"ラウンド・ミッドナイト"。珍しい。

 黒田京子トリオ。3人の、3人のみだからこそ産まれるアンサンブルの集中力と、互いの駆け引きががっぷりかみ合う構築度が見事。
 ライブを積み重ねた3人の掛け合いが調和した。クラシック演奏が蓄積となったか。
 
 初期とは違う豊潤さに、深みを増して寄り添う即興性が素晴らしい。
 3人のみの演奏は久しぶりに聴いた。1月、2月のライブを聴き逃したから。
 
 新曲とこれまでのレパートリーで、黒田京子トリオの最先端を提示した。
 さらなるレベルへ向かってることが明らかなライブだった。
 黒田京子トリオは、いまだ進化し続ける。

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