LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2007/3/24  大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田惠資:vln
  ゲスト:仙波清彦:per、喜多直毅:vln、高橋香織:vln )

 春の強い風が吹く夜。店内に入ると、観客でぎっしり。しかもミュージシャン比率がやたら高くて驚いた。
 前日に3/30 Jirokichi予定の長見順ライブのリハ、当日に3/26 in-Fでのクラシック化計画リハがあったそう。その流れで前者から仙波清彦と高橋香織、後者から喜多直毅と渡部優美が来店に至ったのか。

「初めて黒田トリオを聴く人のために、1stセットは代表曲を演奏します」
 そんな黒田京子のMCで幕を開けた。
「ええと、この曲は繰り返しが1回でよかったでしたっけ?・・・代表曲のはずなんですが」
 太田惠資がさっそく混ぜかえす。
 冒頭は翠川敬基の曲、"パラ・クルーシス"。弦2本がテーマを奏でる。ゆっくりめのテンポだった。

<セットリスト>
1.パラ・クルーシス
2.20億光年の孤独
3.ワルツ・ステップ
4.ホルトノキ
(休憩)
5.ガンボ・スープ
6.パッシング
7.迷子の小鳥たち
8.ヒンデ・ヒンデ

 バイオリンとチェロを一本のマイクで拾い、リバーブをかける。黒田京子トリオを聴くのは数ヶ月ぶり。エコーの深い響きでがっつり弦が膨らんだせいか、太く強い意志を感じた。
 じっくりと即興が展開される。まず太田が前に出てソロ。黒田が軽やかなピアノで支え、翠川はフラジオを取り入れつつバッキング寄りのフレーズで絡んだ。
 太田ののソロが盛り上がったとたん、高い音をたててバイオリンの弦が切れる。ほんの刹那、音が停滞。じわじわと再び、テンションが上がってく。
 激しく弓を動かしながら数度、「あお〜っ!」と太田が吼える。観客も含め、そんなパフォーマンスを平然と受け止める光景が面白かった。

 目を閉じたままチェロを奏でる翠川。ときおり薄く瞳を開き、太田を眺める。
 バイオリンの弦トラブルには微動だにせず、やがてソロが盛り上がったとき、おもむろに太田の様子をちらと見た。
 かなり長めのバイオリン・ソロからコーダへ。3本の弦で軽がると太田はテーマを奏でた。

 弦交換の合間に、黒田のMC。
「前に(2006/10/23)弦が切れたときは、かまわずに演奏始めちゃったんですよね」
 ぼやく太田に笑いが漏れる。今夜はきっちりMCでつないだあとに演奏へ。

 イントロはチェロの無伴奏。かすかなpppから次第にダイナミクスが大きく振れ、重厚に世界観を提示した。
 黒田がかすかに吐息で合図。次のブロックへ進む。
 トリオ編成なのにとびきり雄大な風景が広がるさまにしびれた。
 バイオリンが瑞々しくソロを取り、ピアノが軽やかに震える。黒田の合図は次第にボリュームが大きくなり、しなやかに曲を展開させた。
 ロマンティックなひとときが味わい深い演奏だった。

 富樫雅彦の"ワルツ・ステップ"演奏前に、翠川がしみじみと最近の富樫とのエピソードを語る。苦い呟きがチェロのイントロへ。ここでも無伴奏のソロで演奏された。
 フリーからテーマへ。メロディが味わい深く歌う。幾度もライブで聴いてきたが、この日のチェロの歌いっぷりは格別だった。
 三人のアドリブが交錯し、すっとチェロの無伴奏へ。ふたたび翠川はしみじみとメロディを紡いだ。
 最後はメガホンを持った太田が、つぶやき声を連ねてストイックなムードで幕を下ろした。
 
 CD収録曲を3曲続け、最近の代表曲"ホルトノキ"へ。毎度ながら弦の二人が「#が4つもある。これは普段の仕打ちへの仕返しだ」とぼやきたおす。
「ギター奏者への曲書いた経験から、#系は弦奏者って得意と思ってましたが・・」
「普通ならばそうです。・・・われわれには、難しいんです」
 太田のぼやきへ爆笑。

 実際には弦もふくめ、軽やかに曲は演奏される。テーマが加速し、ピチカートからアルコへ。ダイナミックに世界が広がった。
 前半セットは3人のインタープレイとアドリブがさりげなく共存する、洗練された世界が広がった。ここ数ヶ月でアンサンブルがより熟成した感触。きめ細かく3人の音が紡がれる密度の濃さから、自在度を増した安定さに移行している印象だった。

 第一部の芳醇さも格別。しかし、この日は第二部の怒涛さにライブ感想の記憶が塗りつぶされた。
 後半セットでは仙波、喜多、高橋、がフルステージ参加の豪華さ。弦4人を生音で、しかも至近距離で聴ける贅沢さは早々味わえない。

 まず翠川の"ガンボ・スープ"。太田が二人を気遣ってリードを試みる。とはいえ緑化ですでに演奏してるのか、喜多はたじろがずに朗々とソロを弾きまくった。
 べらぼうなテンションで果てしなくアドリブを続ける。黒田も弾きやめ、翠川と仙波がバッキングをつけるのみ。がっちりと喜多は自分の音で空気を塗った。

 続く高橋はちょっと戸惑い気味。リフからアドリブへ行くが、この曲では場をさらうまでには至らなかった。
 太田と高橋がソロを譲り合い、ふっと空間が産まれる。
 すかさず翠川のチェロが、豊かなメロディを奏でた。

 そして仙波のソロ。それまでボンゴをダンドゥットのアプローチで叩いてたが、太田のコールに乗り、ステージ中央へ出てくる。
 彼一流の、平手を素早く打ち据える妙技もさりげなく披露した。

 演奏するは口琴。唇に一方をあて、指でバーを動かし鳴らすタイプ。
 スピーディなリズムに歓声が沸くと「まだだよ」と制し、体を捻って仙波の演奏スペースを作る翠川へ「気にするなよ」と低い声で告げる。堂々たるさまがかっこいい。
 椅子へ片足乗せて「マドロスだぜ」と決める太田はあっさりスルーされ、「受けなかった・・・」とぼやく。
 そして颯爽と激しいビートを刻みまくる口琴に、大歓声が起こった。

 高橋が見事なアドリブで喝采を呼んだのが、富樫の曲"パッシング"。黒田の高音部が弾む軽やかなピアノと絡み、ロマンティックな世界をどっぷりと広げる。
 彼女のバイオリンは初めて聴いたが、いきなりテンション一発の即興はしない。まずゆっくりとフレーズを組み立て、じわじわと間口や速度を広げていくかのよう。
 黒田と音の響きがばっちりはまって心地よい。デュオでのライブも聴いてみたくなった。

 なお、仙波はステージ奥で着実にサウンドを固める。さほど楽器の準備が無いようで、in-F内の小物を片端から使った。ブラシでボンゴを叩き、パンデイロでシャープなビートを刻む。

 さらにミニ・シンバルやカスタネット、各種シェイカーをアクセントで次々決めた。
 ステージ奥にあるテレビに着目。スイッチ入れて、サンプリングのようにニュースを流した。綺麗な世界へ唐突に挿入されるアナウンサーの声が愉快。
 ついに店内奥の植木に手を伸ばし、しゃわしゃわと撫ぜて効果を狙う。音はさほど聴こえないが、狙いが視覚的にハマってた。
 
 ゲストに華を持たす形で、黒田や太田はあまり前へ出ない。翠川のみががっちりと音世界を固めた。
 "パッシング"ではひたむきにリフを繰り返す。いつの間にか汗まみれ。額だけでなく鼻やあごに大粒の汗が浮かび、したたった。

 ピアソラの"迷子の小鳥たち"では喜多のバイオリンが圧巻。弾く前は色々謙遜していたが、テーマからアドリブに入ると独壇場だ。ツヤのある音色が震え、アドリブがふくよかに炸裂する。
 かなり長尺のソロがうれしい。弓の毛をざんばらにほつれさせつつ、隙の無いアドリブで疾走した。

 濃厚な"迷子の小鳥たち"を経て、「短めにね」と前置きされた"ヒンデ・ヒンデ"に。
 4拍目の裏から入る譜面らしい。最初はスタートに失敗したため、翠川が仙波へ合図を求める。
 「どういうテンポなの?」と確認するやいなや、「ワ〜ン、ツー、ワンツーせーのっ」と、べたべたなカウント。大ウケの中、きっちりアンサンブルが始まったのがすごい。
 ゲストのソロ回しで、最後に太田の導きで仙波のソロへ。
 
 それまではフロアタムに布をかぶせて叩いてた仙波。
 パンデイロ片手に、ぬうっと前へ。タイトなリズムをびしびし決めた。挙句に客席のテーブルを小気味良く叩く。
「あんまりやること無いなー・・・・」
 バリエーションを一通り提示、一言ぼやく。いきなり、頭や足の間から叩く激しいボディアクションを素早く決め、喝采の中颯爽とステージ後方へ戻った。

 曲が終わったとたん、大歓声。拍手が続く。しかし「曲がない」と、アンコールは残念ながら無し。
 多くのゲストを向かえ普段とは一味違う、豪華なアンサンブルを堪能。これだけの顔ぶれを懐深く受け入れる自由度を備えた、黒田京子トリオならではのライブだった。
 


追記:なお、この日は終演後に一噌幸弘が来店。
 「第三部」と称し、一噌幸弘(リコーダー)喜多直毅(vln)高橋香織(vln)翠川敬基(vc)渡部優美(pf)でヴィバルディを演奏のボーナスまであった。
 (フルートと弦楽器のコンチェルト・A-Morと譜面に見えたが、クラシックに疎く正式な曲名は不明。聴き覚えあるメロディだった)

 それでも喜多が弾き足りない面持ち。さらに一噌へ譜面を求める。能管片手に次々曲が選ばれ、バッハやブラームスなどを演奏する「第四部」まで。曲によっては渡部が伴奏を勤める。能管でハイトーンを響かせる一噌のテクニックを間近で味わえた。
 サロンのような贅沢なひとときは、深夜まで続いた。

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