LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/10/23   大泉学園 In-F

出演:黒田京子トリオ
(黒田京子:p,acc、翠川敬基:vc、太田惠資:vln,voice)

 月例ライブ。太田恵資は開演時間ちょっと前に現れ、ピアノの前で入念なチューニングしてた。
 おもむろに翠川敬基と黒田京子が"楽屋"から帰還。早々にステージへスタンバイし、曲順をあれこれ準備する。
 今月頭のホール・ライブで初演のオリジナル"ホルトノキ"を黒田が提案した。翠川が譜面を見る。
「わっ。これ、シャープが4つだ。・・・2ndセットでやろう」
 と苦笑した。

 そうこうするうちに、客電が落ちる。静かなチェロとバイオリン、そしてピアノ。
 テンポが速くなる。フリーのまま小節を感じさせず、たがいに音を絡ませた。
 ふっと空白。間を縫って、太田がテーマを奏でた。

<セットリスト>
1.Seul-B〜Varencia
2.All things flow
(休憩)
3.白いバラ
4.ホルトノキ
5.あの日
6.hinde hinde

 まずは翠川の今日"Seul-B"から。メロディはバイオリンが引き受け、チェロはさまざまな奏法で対抗した。フラジオや超高音、ときにオープン弾き。ピアノも隙間が多い。
 演奏は盛り上がる。ピアノが場を作り、バイオリンがトラッド調の軽快なアドリブをたんまりとった。激しいボウイングで、バイオリンやチェロの弓の毛が何本かほつれる。弓の背で弦を叩く奏法を、翠川も太田も繰り出した。
 黒田は譜面台越しに、じっと二人を見つめながら弾いた。

 いきなり、鈍い音。
 バイオリンの弦が、一本切れた。
 刹那、呆然とする太田。しばらくはかまわずに演奏を続けた。翠川が隣で大丈夫かと、様子を伺う。
 弓を置き、切れた弦で残りをこすった。本体から弦をむしる。
 しぜんと演奏全体の音量が下がった。メロディはあいまいに移行する。
 チェロとピアノが、ふっと力をこめなおしてわたりあった。

 ピチカートでしばし弾いた太田は、改めて構えなおす。
 テーマへ移行するが、バイオリンは弾きづらそう。チェロがテーマを引き受けた。

 弦交換の時間とるかと思いきや、ピアノがそのまま次の曲へ行ってびっくり。
 気を落ち着けるかのように、バイオリンを脇にたらして目を閉じる。呼吸を整えた。
 立ち上がって、袖へ。新しい弦を取りに。

 ケースから取り出し、ついでにジッパーをガシャガシャこすらせてパーカッション代わりにした。
 すかさず翠川が、強くケースのふたを締めて応える。
 弦を張りなおした太田は、そのまま爪弾き。チューニングそのものを即興に織り交ぜた。
 
 いまいちピッチが低そうな状態で、バイオリンがテーマを奏でる。チューニングが気に入らないのか、太田はしきりにバイオリンを耳に近づけ微調整した。
 アンサンブルは拡散する。ピアノがぐっと広い世界を提示し、収斂。
 太田も準備が整うと、いっきにアドリブへ雪崩れる。
 2曲のメドレーで30分ほど。中盤から、ぐんぐん濃い音世界となった。

 次の曲へ行く前、演奏前にばさばさと太田が譜面を落としてしまう。拾い上げた譜面をちらとみた翠川。
「それをやろう」
 といいつつ、譜面台へ置いた別の楽譜を開いた。

「10小節しか弾けませんよぅ」
 太田が苦笑する。かまわずに翠川はベートーベン"スプリング・ソナタ"を弾いた。
「ベートォーヴィンですか〜」
 ぼやいてピアノへ肩肘を突く太田。翠川は楽しそうに思い切りアクセントをつけ、アラブ風に音程をベンドさせて奏でた。グリサンドで上から下にぎゅううっと音を下げるさまに、おかしさが漂う。

 バイオリンを構えた太田が応酬、黒田も加わる。クラシカルなフレーズが入り乱れた。途中で太田が"運命"を思い切りフェイクしたりも。もしかしたら、いろんなクラシックの曲をやってたのかも。詳しくなく、良くわからず。

 即興はそのまま"All things flow"へ。
 ずたずたにテーマを変貌させ、リフのみが曲調を保つ刺激的なアレンジだった。

 クラシックと"All things flow"の世界を奔放に行き来する。コーダと見せかけて、終わらない。バイオリンとチェロが切り結び、ときにピアノがあおりたてる。
 幾度もエンディングを匂わせては、また即興へ。とうとう太田がバイオリンを構えたまま、野太くシャウト。豪快に終演へもちこんだ。


 後半セットは黒田の曲を2連発。"白いバラ"では太田と翠川が譜面見ながら軽く打合せ。チェロとバイオリンのパート譜が各ページに収まっているようだ。
「なら、両方いっぺんに見たほうがいいですね」
 いともたやすげに太田がつぶやき、譜面を広げたのが凄かった。

 きっちり構築されたアレンジで、ピチカート部分は少々怪しかったのが正直なところ。バイオリンはぐいぐいテンポをあげた。
 ところが即興になったとたん、音につやが出る。アドリブのはずだが、譜面物のような調和を聴かせる。いつもながら黒田京子トリオはすごい。

 ピアノ・ソロではチェロとバイオリンが揃ってボディを叩き、彼女のアドリブに華を添えた。
 チェロの奏法で新鮮だったのが、弦のはじき方。
 3弦を装飾のように瞬間ではじき、そのまま4弦を押さえて弓で弾く。付点をつけるような音列が耳を引いた。

 "白いバラ"ではバイオリンが、もっぱらアドリブ。とはいえ曲世界はピアノが構築したと思う。
 続く"ホルトノキ"も同様。ホールで初演時には雄大な世界がふくよかに広がった。ステージが間近なin-Fで聴くと、純粋さが強調される。粒立ちを膨らませ、素朴な展開だった。

 ひときわ強烈だったのが、翠川の"あの日"。
 前2曲での譜面物から開放され、翠川が主導権をとった。
 いきなり極小音から。pppで、チェロをそっと奏でる。とたんに外の道路を走る車の音が聴こえた。

 かすかに、かすかに。チェロは弓をぎりぎりまで軽く操る。バイオリンもフラジオで追いかける。しかし翠川ほど小さい音まで至らない。
 "あの日"ではロマンティックな翠川の美学が全開だった。
 アドリブも積極的にチェロがとる。中盤からボリュームは上がったが、唐突にピアニッシモへ落とすから油断ならない。

 テーマはチェロがとる。4弦から3弦、そして2弦へ。指が動きすすむ。ぐいっと指板の上を滑り、弦を押さえた。
 緊張感あふれるテイクだった。今日のベストはこれ。ユニークさでは"All things flow"に軍配を上げるが。

 ライブを閉めるか迷ったようだが、最後に"hinde hinde"を。軽快な弦のコンビで始まった。
 中盤で黒田が、強く雪崩れるフレーズを入れた。太田がにやりと笑い、ピアノを見る。
 勇ましいピアノのアドリブが、活力を注入していった。
 最後は弦を太田と翠川が振り上げ、派手なコーダを幾度も決めた。

 さまざまな奔放さを見せた。奏法の自由さ、展開のフリーさ、アクシデントもかまわぬしたたかさ。
 豊富な音楽性が、どこまで膨らんでも弾けない強靭なアンサンブルを成立させた。次へ進むための、さまざまな実験を行っているようなライブだった。

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