LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/9/23   新宿 Pit-inn

出演:菊地成孔+南博
 (菊地成孔:as,ts、南博:p)

 菊地成孔ピットイン3daysの初日(二日目はライブ・ダブ、3日目は山下洋輔デュオ)。200人詰め込み、超満員だった。
 菊地もこの満員ぶりに驚き、「前列の人は貴族、後列の人は平民ですね」と苦笑する。

 この組合せは、前はin-Fで聴ける企画ってイメージがある。
 南とのデュオを聴くのは、02年9月のマン2ぶり。そのとき以上に混んでいる。
 ここまで観客が増えるとは・・・次はホール公演かな。やるとしたら。

 客電が落ち、楽屋からくわえタバコで南博が現れた。なぜかステージと逆方向へ向かう。飲み物取りに行ったのかな。
 同じく菊地もタバコをふかしつつ、ステージへゆっくり向かった。

 黒いジャケットをびしっと決め、アルト・サックスを構える菊地。同じくスーツ姿の南へ頷いて、マウスピースをくわえた。

 サックスの音が流れる。ふわり、リバーブのベールをを薄くまとって。
 どこかピアノの音の輪郭が硬い。この響きは最後まで変わらなかった。
 菊地はサブトーンをうっすらまとって、メロディをあふれさす。
 硬質なフレーズが漂い、ピアノがかちっと鳴る。不安定なムードが漂い、あっというまに1曲目が終わった。ピアノ・ソロすらなかったと思う。

 テナー・サックスへ持ち替えて、無言で次の曲に。今度は既聴感あるメロディ。この二人独特の、ダンディでブルーなジャズがとろりと広がった。
 くっきりとソロを。アドリブがサックスからピアノへ向かう。菊地は微笑みながら南のアドリブを聴く。
 サックスを構えなおし、いきなりエンディングへ向かった。

 2曲終わったところで、初めて菊地がマイクを持った。

<セットリスト>
1.即興#1
2."ブルーズ"
3.Blue in green
4.Isfahan
5.Embraceable you(?)
6.即興#2
(休憩)
7.即興#3
8.即興#4
9.Elegy 2(?)
10.Pinochio
11.Lush life
12.  ? (A・C・ジョビンの曲)
13.Quiet Dream
(アンコール)
14.Stars

 南デュオでは馴染み深いレパートリーがほとんどだが、即興を多く取り入れた展開が新鮮だった。
 冒頭からいきなり即興、(2)はブルーズ進行だがキーを考えてるうちに終わっちゃった、と菊地が笑って説明する。
 菊地は躁状態。毒舌は控えめながら、自分の喋りに噴出しつつ早口で喋り捲った。対照的に南が一言もしゃべらず。菊地のギャグにも、にこりともせず。無表情にタバコをふかしたままだった。昔は気さくに喋りあってたのに。
 
 1部はほぼ、一曲ごとに菊地はたっぷり喋ってくれた。
「繰り返す(ギャグのことを)"天丼"といいます。ぼくは天丼屋の息子ですからして」
 まず"Blue in green"の前に「"Kind of blue"はここにいる人、当然全員が持ってますよね?」。
 これを皮切りに、エリントンの"極東組曲"から南博の"Touches and velvets"まで「当然、持ってますよね?」と続け、南の新作話へつなげた。

 菊地が好んで取り上げる"Blue in green"ではアルトを吹いたか。1stセットでは、ほぼ一曲毎に楽器を取り替えていた。
 ライティングは赤を中心に、二人の顔をどす黒く染める。

 続いて"Isfahan"。デュオで聴くのは初めて。センチメンタルなメロディがしみじみと美しかった。
 この曲に限らず、菊地は休み無くアドリブを吹き続ける。手癖はほとんど感じられず、曲を吹いているかのよう。フリーク・トーンは皆無。ときおりサブトーンを混ぜ、ピアニッシモまでダイナミック豊かに吹きまくった。

 場面ごとにリバーブの量が変わる。足元でスイッチ操作かと思ったが違う。PAで細かく調節かな。
 薄いサングラスを掛けた菊地は、表情を読ませない。どっぷりジャズを降りそそいだ。

 南へのソロは滑らかに受け渡される。訥々とした雰囲気が強い。時折キーを強く叩く。しかしロマンティックなピアノは変わらず。どちらかというと、アドリブは短め。
 とにかく菊地のサックスをたっぷり聴けた。どの曲でもアップ・テンポにならない。じっくり浸った。

 ちなみに"Isfahan"では、終盤で南があわてたしぐさで、ピアノの中から何かをつまみ出すそぶり。どうやら灰皿が中に入っちゃったみたい。

 "Embraceable you"(だと思う)は菊地が歌詞を説明しかけて、
「今説明したらつまんないね。後で言うか」
 と、中断。ふくよかなテナーでアドリブを吹きまくった。フラジオがごく滑らかにフレーズに挿入される。
 左人差し指がすぱっとスムーズに動いて、フラジオの音へ。さりげないしぐさに確実なテクニックを感じる。

 ひさびさに菊地のサックスをじっくり聴いたが、フレーズも奏法も抜群だった。
 サブトーンが多いところだけ気になる。固めのリードを使ったのかも。
 ちなみに"Embraceable you"の歌詞は、さんざんラブ・ソング風に情熱たんまり盛り上げて、実は"パパの胸に飛び込んでおいで"って内容だそう。

 各セットの曲はたっぷり。それぞれ時間を掛けて吹き、さらにMCもいっぱい。
 サービス精神満載の進行だった。
 さすがに"Embraceable you"の歌詞説明で終わらせづらいか、もう一曲即興をやって、1stが終わり。約1時間。

 休憩挟んだ後半は即興2連発。両方ともアルトでかな。短くジャジーな小品を1曲やったあと、
「今の良かったので、もう一曲やりましょう」
 と、南を誘う。こんどはもう少し抽象的だった気がする。

 1stセットの"天丼"を駆使し、南のアルバム宣伝に繋げたのは前述のとおり。
 そして演奏したのが"Elegy 2"。最新アルバムの1曲目、と言ったからたぶんこの曲。
 クールでストイックで美しいジャズを、サックスとピアノで存分に聴かせた。

 そして馴染み深い選曲で、マイルス"ネフェルティティ"よりショーター作"Pinochio"、ストレイホーン作のエリントンのレパートリー"Lush life"を。
 特に"Pinochio"が抜群だった。不安定なテーマをあっさりと片付け、そのままサックスはアドリブへ向かう。
 サックスのメロディは耳へすんなり馴染み、ピアノのコード進行が複雑な響きをかもした。
 テナーで吹いていたろうか。たゆたうサックスが素晴らしかった。

 メインセットがさらに続いて驚いた。
 続くジョビンの曲は"なんとおろかな〜"というような言葉が入っていたと思う。聞き覚えあるメロディだが、曲を特定できず。すみません。
 小粋なムードであっさり決めた。ピアノがわずかにボサノヴァ風味を漂わせたが、じきにブルーなジャズへ向かう。

 最後に南の"Touches and velvets"から"Quiet Dream"を。
「このタイトルでよかったっけ?録音時代は違うタイトルがついてて、横棒で消してある譜面なので」
 と、苦笑しながら菊地は曲紹介した。
 サックスとピアノで、それぞれアドリブをたんまり。ピアノのソロでは、いすに腰掛けて菊地は譜面を見つめる。

 ふと、南が菊地を見た。気づかない菊地。
 ピアノへ向かって南はもう1コーラス、ソロを取る。
 すっと立ち上がった菊地が、テナーで滑らかにアドリブを受け継いだ。

 すでに1時間以上演奏してる。そのうえアンコールにまで応えてくれた。
 上着を脱ぎ、黒いTシャツ姿の菊地が現れた。

 ステージに戻った南は、無言で菊地の前へ立ちふさがる。
「あ、タバコですね。どうぞどうぞ」
 一本抜き取って火をつける南。りゅうとしたスーツ姿の凄みは、マフィアの親分みたい。

 やはり南の新譜から、"Stars"を。もとは違う英題だったが、パーカーの同名曲があるため改題したそう。
 ソロはかなり長めに各自が演奏してくれた。終演は11時近かったと思う。
 最後に菊地は、ピアニッシモで音を伸ばした。サブ・トーンをかすかに響かせ。
 
 とびきりのジャズに浸れた。演奏が進むにつれ味わいが増す。ゆったりした環境で、くつろいで聴きたい。菊地人気でなかなか難しいが・・・。
 
 それにしても、なぜ菊地も南もこの形式で録音を残さないんだろう。菊地にいたっては、存分にジャズ・サックスを聴けるアルバムすら皆無だ。
 伝家の宝刀として取っておくつもりかな。彼らのジャズを、菊地のダンディなサックスを、南とのデュオで存分に聴きたいのに。

 この日は録音も撮影も禁止といわれた。ならばいつか音源をリリースしてほしい。
 禁止するからには、もう一度聞けるチャンスを。

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