LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/9/21   門前仲町 門仲天井ホール

   〜「くりくら音楽会」ピアノ大作戦 平成十八年秋の陣〜
出演:黒田+平野、林+喜多

 黒田京子が主催するイベント、"ピアノ大作戦"の第一弾。ホールに置かれたスタインウェイの活用がイベントのきっかけのらしい。
 "くりくら"とはドイツ語の"Klingen/響く"と"Kravier/ピアノ"をあわせた造語、と黒田がフライヤーへ寄せた小文に記載あり。
 
 若手ピアニストへ黒田が声をかけ、それぞれがデュオをやる形式。第三回まで発表され、多彩な顔ぶれがブッキングされている。
 黒田の他は、今回の出演者全員がぼくより年下。こういうイベントが聴きたかった。ベテランの演奏も味があるが、同世代がどんな音楽をつむぐかにも興味ある。

 ホールはビルの8回。100人くらい入ったかな。平台もいす席スペースに、満員の盛況だった。
 いびつな四角形で残響はあるようだ。全員がPA無しだが、きれいに余韻が響いた。
 ホール一番の特徴は周囲が窓に囲まれていること。見晴らし良い。穏やかな音楽を聴きながら、夜景を眺めると奏者が窓に映りこむ。贅沢な雰囲気のスペースだった。

 まず黒田がラフなシャツ姿で前説、さっそく林正樹と喜多直毅を呼び出した。

<セットリスト>(作曲者)
1st set:林正樹(p)、喜多直毅(vln)
1.Spirit of the forest(林)
2.ふぶき(喜多)
3.らりる(林)
4.心の板橋区(喜多)
5.ジャパメンコ(林)
(休憩)
2nd:黒田京子(p)、平野公崇(ss,as)
6.即興#1
7.即興#2
8.即興#3
9.即興#4
10.即興#5.
(アンコール)
11.セッション#A(黒田/平野/喜多/林)
12.ひとひらの花びら(エリントン)(黒田)
13.セッション#B(黒田/林⇒黒田/平野/喜多/林))

1st set:林正樹(p)、喜多直毅(vln)
 
 喜多が譜面台を中央へ持ってきた。アイ・コンタクトの後、無言で演奏の始まり。
 すべて譜面物で、中盤にアドリブが入る。50分ほどのセット。互いのオリジナルをバランスよく配置した。

 いきなり猛スピードのフレーズがバイオリンからあふれる。口を軽く開け、くるくると立ち位置や向きを変えて喜多は弾きまくった。
 ときおりピアノへ向かって弾くのは残響を求めてか。のべつまくなしに体が動き、音もめまぐるしく溢れる。
 激しいボウイングであっという間に毛がほつれてく。演奏の合間に、それをむしる。

 林はころんとこもった音色で、優しく弾き始めた。伴奏がメインのようすだ、それこそを自然に弾きこなすのが、テクニックだと思い知った。
 林の多彩な手わざが耳へ馴染む。コード弾きとフレーズを織り交ぜ、ときにソロで突っ走る。流麗なピアノだった。

 2曲を続けて、MCへ。「緊張するね〜」と笑いあう。やけにそっけない進行だと思ってたら、そういうことか。

 林が「喜多さんに似合う曲」と紹介、喜多が苦笑する"らりる"へ。
 50音表に並んだ文字で構成する言葉をタイトルにした曲シリーズのひとつだそう。 
 喜多の"板橋区"から、"日本+フラメンコ"の"ジャパメンコ"でしめた。
 
 バイオリンが鮮烈に響く。特に(1)で多用したグリサンドの鋭い響きが心地よかった。
 弓は時に弦を叩くパーカッションに変わる。さらに(5)ではフラメンコのカスタネットよろしく、ボディを軽快に叩いた。
 
 ピアノもどんどん鳴りがふくよかに。自曲での華やかな展開は無論、喜多の曲でも積極的にカウンターのフレーズを入れた。
 ユニゾンで突っ走ったのは"らりる"か、それとも"ジャパメンコ"かな。
 めちゃめちゃ速いテンポを平然と弾きこなす、二人のテクニックに圧倒された。

2nd:黒田京子(p)、平野公崇(ss,as)

 衣装換えした黒田と、平野がすっとステージへ登場。ストラップを上着の下に隠す平野のスタイルが新鮮だ。牛のおもちゃを持った黒田がおどけて、平野が笑う。
 まず平野がアルトをくわえ、小さく音を搾り出す。かすかにブレス・ノイズが聴こえた。よほど硬いリードをつかってそう。

 5曲演奏したが、おそらくすべてが即興だろう。バラエティに富んだ曲調で組み立てた。
 即興の#2と#3が黒田、あとは平野がきっかけを作ったと記憶する。

 #1ではpppのサックスに、黒田はパーカッションを鳴らして応えた。そっと響くアルトを背に、黒田は客席スペースまでパーカッションを手にもち歩を進める。
 やがて立ったまま、鍵盤へそっと指を乗せる黒田。
 腰掛けてピアノへ対峙する。・・・音が、噴出した。

 #1はダイナミックな演奏へ加速した。サックスの旋律はハイテンションで膨大なメロディを溢れさす。
 ピアノも豪快に鍵盤を叩き、残響をまとったフレーズがスケール大きかった。

 続く#2は一転してフリーキーにシフトする。黒田は抽象的なサウンドを弾き、床を強く踏み鳴らした。時に内部奏法も。ピアノ線でなく、骨組を叩く。
 平野が循環呼吸を駆使し、リードへ強く舌を当てた。フラジオも連発。根本の音がしっかりだから、軋み音すら耳へ優しかった。
 ラストは平野がフレーズを叩き切り、ピアノがエンディングをおっつけた。

 一転して#3ではロマンティックな音楽世界を黒田がつむぎ、平野はソプラノで加わった。
 いくつかの音を平野が強く続けて、猛烈に息を吹き込む。あっという間にピッチが暖まる。ピアノと寄り添わせて優雅に吹いた。
 空気が静まり、耳は音楽へ集中する。外は暗闇に、いくつかのネオンライト。
 ピアノとサックスの穏やかなデュオが、豊かに膨らんだ。
 
 #4は記憶があいまい。アルトへ持ち代えた平野がきっかけ出したかな。リリカルな雰囲気だったと思うが・・・。
 最後の#5も、活き活きと音楽が成立。ミニマルなフレーズの交錯が、次第にメロディアスへ移る。
 シンプルなフレーズを、サックスはまず繰り返した。ピアノは寄り添わず、独自に音世界を構築する。じわじわとサウンドのベクトルをあわせ、一気に駆け抜けた。
 あっさりと40分程度のセッション。

 アンコールの1曲目は、4人で即興から。感激した面持ちで近づく林へ、
「(自分の)椅子」
 下手を指差し、冷静につっこむ黒田が面白かった。喜多は弓をかえて登場。

 喜多と林が真っ先に音を出す。二人が素養を作り、平野が加わった。
 こうして聴くと、一番即興に慣れているのが喜多。迷いが無く旋律を膨らませ、なおかつ主導権を素直にとる。林も戸惑いは無いが、まだ自己主張が弱め。
 平野は一歩引いて聴きに入る。ソロ回しを意識したか。
 喜多が途中で気づいてスペースを開けると、すかさずサックスが大きく入った。

 林がピアノを弾く後ろで、黒田はおもちゃを振り回し風切り音を。
 何が起こってるかわからない林が、弾きながら後ろを伺う。しぐさが愉快で、観客だけでなく喜多や平野も噴出した。
 後ろでタンバリンを叩き、リズムを取る黒田。ひとしきり3人のセッションを聴いた後、ピアノの低音部分へ座って林と連弾。

 満面の笑みで楽しそうに弾きまくる林と対照的に、黒田は鋭く喜多や平野を見つめる。演奏の方向性を探ったか。場数を踏んだゆえの、凄みが頼もしい。
 やがてリラックスした表情で、林と黒田は鍵盤を叩きあって楽しむ。
 最後に林と黒田で鍵盤位置を変えようとしたようだ。

 ところが喜多と平野がエンディングへ向かってしまう。バイオリンとアルトでフラジオ合戦。互いに順番で高い音をゆったりと出し合う競争が始まった。
 そのまま幕引き。ちょっとくつろいだ雰囲気でセッションが終わった。

 続くアンコールは黒田のソロ。呼んでも来ないほかのメンバーをあきらめ、
「も〜。・・・30秒だけ弾きますね」
 簡単に曲紹介して、エリントンの"ひとひらの花びら"(原タイトルは不明)を奏でた。
 右手を優雅に動かし、花びらを表現する黒田。数分程度のコンパクトな曲にまとめる。
 優しく柔らかくきめ細かに。ピアノが心地よく響いた。

 アンコールはまだ終わらない。
 どういう編成で弾くか、ひと悶着してピアノの連弾で落ち着いた。
 最初は黒田が高音部だったかな。リズミカルに弾く林の横で、ピアノのボディ叩いてリズム取る。
 しばしピアノのデュオ。リズムとソロが交錯した。

 いつまでたっても出てこない二人を、黒田が演奏中に立ち上がって呼び出すのが可笑しい。

 喜多が主導権を、あっという間にかっさらった。ピアノは黒田に譲り、林が立ち上がってピアノのボディを叩きに入った。
 ついに黒田も立ち上がり、ピアノの奥で林と踊り始める。何をやってるのか、喜多と平野が弾きながら覗き込んだ。

 エンディングは黒田が低音部へ回って、4人でセッション。コーダでブレイクを揃って幾度も決め、びしりと幕を下ろした。

 おっとりとした空気漂う、リサイタルという言葉がふさわしいイベント。
 普段ぼくがライブで聴きそびれている、今後の才能にまとめて触れられる貴重な機会になりそうだ。次回は10月19日、同じ場所にて。

 すべて生音で、細かな部分まで聴き取れる。夾雑を廃し、純粋に音楽へ向かう。
 のびのびとストイックに楽しめた一夜だった。

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