LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/9/18  大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p,acc、翠川敬基:vc、太田恵資:vln,etc)

 体調崩したため黒田京子は先月、欠席をやむなくされた。黒田が復帰した、トリオの月例ライブ。
 ところが1stセットは黒田と翠川敬基の、デュオをやむなくされた。
 大連へ演奏旅行していた太田恵資の飛行機が、中国の軍事訓練で成田着が遅れたため。
 20時過ぎに翠川と黒田がスタンバイ。歯切れ良いアップテンポのランニング・フレーズで幕を開けた。

<セットリスト> 
1.富樫雅彦メドレー
(休憩)
2.ガンボスープ
3.20億光年の孤独
4.Link
5.Para Cruces

 1stセットは前回のライブでも聴かせた、富樫雅彦のモチーフを取り入れたメドレー。
 強い8分音符をピアノとチェロが重ねあい、アグレッシブに走る。黒田の体調を気遣ったか、翠川はくっきりと輪郭のはっきりした音使いな印象あり。
 リズムを明確なチェロに、単独でもサウンドを成立させるアプローチを感じた。

 黒田も初手から手加減無し。タッチは若干強い。刻むように鍵盤を叩いた。
 フレーズがふと揺らぎ、"Haze"のテーマへ。
 チェロが美しく旋律をあふれさす。ソロを取り合うより、アンサンブルを志向した。

 音が途切れる。いったんコーダへ。奏者が緊張を切らさず、聴き手は拍手しそびれた。
 無言で翠川が譜面をめくる音。そして極小のフラジオ。いきなりダイナミクスの触れ幅が大きくなり、外を走る車の音が店内に響いた。
 黒田は耳を押さえて、軽く顔をしかめるそぶり。片手は鍵盤へ置いた。

 富樫雅彦の曲は3〜4曲やったか。その場で譜面をめくって曲を決めたようす。 
 即興の合間からテーマへ流れる。翠川が一節だけ弾いた旋律は、聞き覚えあるがタイトル思い出せず。
 
 チェロはアルコをメインに、指弾きをたまに挿入した。リズミカルなベース・パターンを弾く。
 オープンで弦をはじきながらフラジオを取り混ぜた。ダイナミクスがますます激しくなる。
 弓を動かしても音が聞こえるぎりぎりまで絞り、pppを追求した。
 さらにチェロは場面ごとに多彩な響きを聴かせる。弓の位置を変えているのか、豊かな響きから鈍くきしむ弦まで幅広く。

 ロマンティックなピアノのソロ。その合間にパーカッシブさとペダルを使った残響豊かなフレーズが交錯した。
 演奏が進むにつれ、耳を押さえる頻度が上がるのが痛々しい。サウンドはやや硬めか。
 翠川が極小音を追求するため、細かなピアノのタッチも響いた。
 たまたまピアノが一音だけ、店のどこかに共鳴してノイズを出す。偶然ながら、それが軋んだ響きで音へ影を投げた。

 互いに視線を投げあう姿が、黒田京子トリオでは新鮮だった。普段は目を閉じ、音だけで対話する印象あるため。
 しかし相手を伺うお互いの視線は、直接絡まない。互いが別のタイミングで見あい、やがて目を閉じて音楽へ没入する。
 
 終盤で"ヴァレンシア"のテーマも弾いたと思う。一曲づつ明確に区切りながら演奏をつむぐ。
 一時間ほど演奏してコーダへ達した時点で、翠川が黒田を伺う。
 こんどこそふっと緊張を切って、休憩を告げた。

 以前に黒田京子トリオで、翠川と黒田のデュオを聴いた記憶がある。そのときよりも緊張感は控えめな気が。
 それぞれのサウンドを単独で構築させた上で、絡み合うようだった。

 太田は21時半頃、ちょうど休憩が終わるあたりに登場した。入ったとたん、観客から拍手が沸いた。
 なぜか太田は、黒田のアコーディオンを持って現れる。しかしこの日、アコーディオンの演奏はなし。残念。

 手早くセッティングを済ませ、後半セットへ。太田はノーマイクのセッティングで臨んだ。アコースティック・バイオリン一本で、タールやメガホンも準備なし。

 まずは太田のソロから。インプロはどことなく大陸風味でメロディを組み立てる。
「おっかしいなあ。中国風になっちゃう」
「アフリカだぞ、この曲は」
 嘆く太田を、翠川が冷やかす。にやり笑った太田は即興を弾きながら、ホーメイで喉を震わせた。
 黒田は立ち上がって体を揺らせ、小さなタンバリンと鈴でリズムを取った。

 翠川が強いリフで太田をあおり、強引に"ガンボ・スープ"へ持ち込む。
 このときのピアノが素敵だった。黒田京子トリオ特有の優しい合奏の響きが、ふわりと広がった。
 バイオリンが活き活きとソロ。3人でのテーマは、アクセントを強くつける。

 曲の合間で太田がクラシックを一節。12月にin-Fで"バイオリン・サミット"をクラシック限定(?)で予定しているそう。翠川がご意見番で、弦楽四重奏の可能性もあるとか。

 続く"20億光年の孤独"は、黒田のイントロで。
「左耳はこの音・・・。右耳はこの音が、今は聴こえています。"耳鳴り"という曲を作ろうと思いましたが・・・次にまわします。もうっ!」
 ひとこと強くぼやき、アドリブへ向かった。

 左耳では一音のみ(最初、"右耳"といいかけ、"・・・ごめんなさい、左耳でした"と、きちんと訂正するさまが律儀だった)、右耳は和音で耳鳴りがしているようだ。
 重たい雰囲気で、チェロが駒の下をぎりぎりと弓で弾く。鈍く弦をこする音が響いた。
 太田もぎしぎしと弦をうならせ、ばらりと指ではじく。
 
 ゆったりしたテンポから、即興が深まる。黒田は耳をたまに押さえながら、ペダルで響かす。
 流麗なフレーズ展開のピアノが聴けたのはここだったか。
 後半セットでも3人がそれぞれのタイミングで視線を投げあった。それが絡むのは、エンディングの合図くらいだったが。

 圧倒的な存在感で迫ったのが、翠川作"link"。ダイナミックな展開の快演だった。
 弦の絡むテーマは芳醇に響き、ピアノが豪快なソロでつっこむ。
 テンポも変わり、ソロとアンサンブルが同時並行で展開した。

 翠川は1stセットに比べて、奔放さが増した。弓弾きを基調ながら、ソロともバッキングともつかない、微妙な立ち位置の即興でせまる。
 テーマへ太田が向かうときに軽く目を開けて眺め、タイミングを計るさまが新鮮だった。

 太田は弱音器をつけて演奏していたが、途中ではずし譜面台へはさむ。弓が強く弦へ押し付けられ、幾本かが切れた。
 滑らかな旋律があふれ、ソロをとりまくる。しかし黒田の音が前へ出ると、すっと素早くボリュームを下げる嗅覚がさすが。

 ゆったりしたテンポの音像のとき、アップテンポなピアノで鮮烈に風景を塗り替えたのは"Link"でだったろうか。鮮やかな展開が刺激いっぱいだった。

 時間を確認して、もう一曲。"Para Cruces"を。ざくざくとテーマのフレーズを刻んだ。
 バイオリンが素早く高音部分へ駆け上がり、ソロを取る。勇ましく曲が盛り上がった。

 先月や今月頭の翠川+太田+αのアンサンブルとは、明確に違う。黒田のピアノが乗ることでアンサンブルは柔軟性とふくよかさを増した。
 チェロとバイオリンの奔放さを溶かし、自由を許容する。アンサンブルがはまったときの豊かな響きは3人ならでは。
 黒田京子トリオ独特のサウンドを実感した夜だった。即興で、音楽は絡んで相乗展開した。

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