LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/9/5   大泉学園 In−F

出演:沖+翠川+太田
 (沖至:tp,笛,etc.、翠川敬基:vc,per、太田恵資:vln,etc.)

「沖やんは弦と競演って珍しくない?」
「うん。"ゲン"がいいね」

 翠川敬基と沖至の、そんな会話からライブが始まった。
 当初は黒田京子トリオとの競演予定だったが、黒田の体調不良によりセッション形式に。
 太田恵資と翠川が弓を構え、静かに音を伸ばす。トランペットを構えた沖は、抽象的なフレーズを短くのせた。

<セットリスト>
1.即興#1
2.即興#2
(休憩)
3.アイ・リメンバー・クリフォード
4.コンファメーション
5.即興#3

 最初のセットは、おそらく全てが即興演奏。まずは45分ぶっ続けで1曲目が演奏された。
 奔放かつ自由に展開する。最初は探りあいから。じきに互いの音をからませあう。
 翠川は今夜もアンプなし。冒頭では音が二人に隠されてしまうシーンもあったが、かまわずにpppをゆったりと奏でた。

 主導権はどちらかといえば、沖か。ソロ回しがわずかに見られる。太田はバイオリンを豊かに響かせる。ヨーロッパの雄大なイメージが脳裏へ浮かぶ。

 沖はすぐにトランペットを置いて、背を向けてピアノへのせたコップからぐびりと飲む。
 笛を二本咥え、フリーに強く鳴らした。フレーズはほとんど無い。ホイッスルのように高らかなノイズを提示した。
 後半で多用した、高速で音を震わす響きが刺激的だった。奏法は不明。口の中で舌を回しているのか、泡立つように鳴る。

 チェロとバイオリンがバッキングから前へ出た。
 沖は淡々と笛を吹くのみ。鋭く音を切り、引き抜くように唇から笛を、下へ強く引いた。幾度も。
 このアヴァンギャルドな展開だけで10分以上。三人ともフリーな音像を許容し、ポップさへ流れない。抽象的な風景をとことん追及した。

 今夜の翠川はバッキングぎみか。フラジオやさまざまなフレーズをばら撒くが、ソロでぐいっと前へ出る場面はごくわずか。だからこそ、ときおり奏でるソロが、ぐっと引き立つ。
 さらに音像へ安易に寄り添わない。あくまでも視点を高く保ち、がっしりと自分のサウンドを披露した。全体の音楽レベルを力強く押し上げるように。
 中盤では開放でひたむきに弦をこすった。

 バイオリンのクラシカルな旋律が響く。沖はシェイカーを無造作に振った。
 チェロが爪弾きから、おもむろにメロディを膨らませた。
 翠川の横を通ってステージ奥へ立った沖が、中ぐらいのレイン・ツリーをゆったり動かし、そっと音をこぼれさせる。
 さらにベルを指輪で叩いてリズムを取った。

 ぼんやりとした4拍子によるビート感はある。翠川も太田もリフでリズムをつくるが、グルーヴさは希薄だ。
 斬りあうスリルや予定調和の安住を志向しない。あくまでも即興に向かった。

 太田はタールを静かに鳴らした。翠川は足元のホースを拾う。沖のホース・トランペットだ。ぶかぶかと静かに音を出した。
 沖がすかさず先端を拾って響かせる。振り回したり、翠川へ先端を向けたり。
 コミカルな沖の仕草と対照的に、翠川は俯き加減で強く真摯にホースを鳴らす。

 ボディを太田が静かにこすり、翠川もチェロのボディを撫ぜる音で応えたのもここだったろうか。

 ホースの先端を小脇に抱えた沖は、笛を鳴らす。
 タールを持った太田が、アラブっぽい即興ボイスで唸り始める。このシーンは絵になって素晴らしかった。

 トランペットへ持ちかえる沖。しだいにメロディが軸で鳴り、3人の音がまざりあう。場面によっては様々なミュートを使い分ける。
 エンディングはさりげなく。そっと着地した。

 翠川は時計を眺める。休憩に入りたそうなそぶり。
 沖がなにやら呟き、もう一曲となった。テーブルに置いたコップへ初めて手を伸ばし、ぐいっと一口のむ翠川。

「アイディア浮かばないな・・・先にやってよ」
「アイディア浮かばないな・・・」
 沖の言葉を翠川がそのまま太田へ、笑いながら回す。
 
 太田の爪弾きから始まったかな。
 2曲目の即興は、濃密だった。今夜のベスト。
 いきなり三人のメロディが溢れ、掛け合いが始まる。
 太田と翠川が早いフレーズや長音符を交換し合う。猛烈なスピードで、太田はバイオリンを奏でた。
 足をすっくと地へ立たせ、身体を柔らかく揺らしながら。
 
 2曲目は15分ほど。沖もぞんぶんにトランペットを吹いた。
 エンディングはきっちり着地したと思う。

 後半は沖のフリューゲル・ホーンによる無伴奏ソロ。
 "アイ・リメンバー・クリフォード"はメロディをたっぷり生かし、身体を揺らしながらロマンティックに演奏する。
 続く"コンファメーション"は硬質さへ軸足を置く。よりクールなアドリブを重ね、角ばった旋律を流した。

 ミュージシャン全員がステージへ揃う。翠川が沖の楽器や曲名を、丁寧に紹介してくれた。
 最後の1曲は30分ほど。演奏前に、三人でMCが入った。
 沖が訪仏の際、もっていったLPは、"クリフォード・ウィズ・ストリングス"と、バルトークの盤だそう。
 演奏始めようと太田がさりげなく促すも、かまわずに沖は喋りをのんびりと楽しんだ。

「よし、"アイ・リメンバー・バルトーク"ね!」
 とうとう翠川が宣言、強く弦を弾いた。すかさず太田がクラシカルなフレーズで応える。
 もしかしたらバルトークの変奏かもしれない。

 沖はホース・トランペットを持ち、振り回しながら吹く。さりげなく太田がマイクや譜面台を片付け、沖にスペースを作った。
 メガホンを持って、太田が呟きを挿入する。

 コップの中へホースの先を漬け、沖はぶくぶくと水を鳴らす。
「"水との対話"だな」
 翠川が沖至トリオの"殺人教室"に引っ掛けて、笑う。

 太田はペットボトルを持ち、吹き口へ息を吹きかけ低く鳴らす。
 いっぽう翠川も弾きやめ、シェイカーを持って執拗に振った。リズム・パターンをつくり、ビートを着実に作る。
 片手ではレイン・ツリーもつかみ、しばし静かに動かす。さらさらと音を響かせた。レイン・ツリーの音が、とてもきれいだった。
 
 メロディも存分にあふれた。太田はジプシー風の切なさをふりかけたアドリブを、いっぱい弾きまくる。
 中盤で勇ましくバイオリンをかきむしる、パワフルなリフがしみじみかっこよかった。

 翠川はいきなりミュートを弦へ載せた。もう何年も翠川のライブを聴いてるが、彼がミュートを使うのは初めて見た気がする。
 いつのまにか太田もバイオリンへミュートをつけていた。お互いがほんのりこもった音を鳴らす。
 沖もミュートを手ではめたり外したりしながら即興を盛り立てた。

 後半セットの即興は、じっくりと音を紡いだ。
 終盤へ向かう道が、ぼんやりとアンサンブルからこぼれる。
 最後にチェロとバイオリンの長音符でエンディングを示唆した。
 ところが沖がゆったりと吹き出す。太田が沖を見つめ、にやり微笑み。

 トランペットはアドリブへ行くと思わせて、静かなコーダを形作る。
 まるで譜面があるかのように、即興演奏は静かに着地した。

 自由さと音楽へのストイックな姿勢がにじみ出る、心地よい緊張が漂う快演。即興がスムーズにまとまり、次々にアイディアが出る。
 場面ごとの面白さが格別だ。様々な場面へ次々移りつつ、唐突さは無い。
 自在な即興演奏を追及する、味わい深いライブだった。こういう演奏は、ライブでこそ魅力が伝わる。

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