LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/6/30   大泉学園 in-F

出演:クラシック化計画
 (翠川敬基:vc、菊池香苗:fl、塚本瑞恵:p)

 荻窪グッドマンで何年も続けてきた、翠川敬基がクラシックを演奏する"クラシック化計画"。

 in-Fでの演奏は初めてだが、保谷in-F時代に翠川敬基と塚本瑞恵でクラシック演奏のライブをやったそう。そのときにラフマニノフの"ピアノソナタ"も演奏したという。
 その縁もあって、in-Fで開催にも至ったようだ。

<セットリスト>
1.ヴィラ・ロボス"ジェット・ホイッスル":翠川+菊池
2.ヴィラ・ロボス"ブラジル風バッハ第6番":翠川+菊池
3.ハチャトォリアン"バイオリン・コンチェルト"(フルート版):菊池+塚本
(休憩)
4.ラフマニノフ"チェロソナタ":翠川+塚本
5.ベートーベン"ピアノトリオ 大公":翠川+菊池+塚本

 今夜の選曲で翠川にとって"初演"な曲は無いそうだが、長尺の大曲をあつめた、濃いプログラムとなった。
 まずは今年の4/1に音金での"翠川敬基+菊池香苗"にて披露された、ヴィラ・ロボスの曲を続けて。

 翠川がすっとアウフタクトで息を吸い、呼吸をそろえ演奏が始まる。
 ふわり、とフルートが鳴る。前回より表現に優雅さが増したように聴こえた。
 和音を押さえながら、別の指でぽおんと弦をはじく奏法をチェロが見せ、前回のライブの光景をふっと思い出す。

 当然、ノーマイク。翠川がステージ中央より若干下手寄り、菊池が上手へ立つ。
 チェロが窮屈そうだが、ピアノの音をきっちり聴くポジションを優先したかな。
 かなりデッドさが目立つ響きだったが、2セット目最後の曲ではふくよかさが増した。
 奏法の工夫もあると思うが、1セット目で起立、二セット目で着席したことで音が変わることもあるそう。
 ちなみにピアノにいたっては、足につく車輪の向きひとつで音が変わると聴いてびっくり。そんなに微妙なものなのか・・・。

 凛とした空気は"ブラジル風バッハ第6番"のほうが強かった。翠川がチェロを静かに奏でる。薄暗さも残る荻窪グッドマンとは違った緊張が漂った。
 危うげなアンダーグラウンド性としぶとさが薄れ、よりサロン的に綺麗な構築が産まれた。これは別に奏者が狙った効果じゃないと思うが。
 サンダル姿で美しくチェロを奏でる、翠川の気負わなさがリラックスしたムードを強調した。

 ヴィラ・ロボスでは譜面を大きく広げる菊池。2つの譜面台をつかって、8ページくらいを横に広げる。終ったとたん、すっと譜面を足元へ滑らす姿が、妙に印象に残った。
 それ以外の曲では、合間にきちんとたたんで横へ置いたから。
 演奏したヴィラ・ロボスの曲では、"休符"がまったく無いそう。呼吸は当然必要だから、気づかなかった。
 曲の美しさの後ろで、譜面の技は隠れてるんだ。

 ハチャトォリアン"バイオリン・コンチェルト"は全曲を演奏。全曲通しては、めったに舞台で演奏されないそう。たいがいは抜粋。
 しかし奏者のこだわりと挑戦として、あえて全曲にしたという。
 ゆったりしたヴィラ・ロボスとは一転、きりきりと素早いパッセージが踊った。
 
 In-F版ではピアノの響きが一番違う。ピアノのある1音は弦を張りなおしたばかりで、響きがおかしいそう。
 しかし根本は、グッドマンの年季入りと鳴りが違う。後半セットでは文庫本を一冊挟む程度、薄く蓋を開けて広げて演奏された。
 ピアノも曲によって、響きがかなり違った。もっとも響いたのがベートーベン。ラフマニノフでは、一歩下がって籠り気味の音色で奏でた。

 ハチャトォリアンはめまぐるしいフレーズがフルートからひっきりなしにこぼれ、ピアノがしっかり支える。寝不足で途中、朦朧しちゃったのが悔しい。
 器楽を追求する厳しさを感じた。流麗さだけでなく、高速でフレーズがこれでもかと空気へ叩きつけられた。

 1stセットだけで1時間を軽く越える。後半は大曲が続くため、休憩も控えめ。
 ぼくにとって今夜のベストは、ラフマニノフ"チェロソナタ"。べらぼうに美しかった。

 ステージ下手側、ピアノへ寄り添うようにチェロが佇む。
 「繰り返しをカットしたけど、長いから。覚悟してね」
 不敵に笑う翠川。そうとう弾きこんだのか、ぼろぼろの譜面を繰りながらチェロを奏でた。

 「作曲者が楽器のことをわかってる」って言葉がよぎるメロディだった。冒頭から多彩な奏法がチェロから溢れる。
 ビブラートを切なく揺らす指は、あちこちのポジションへ弦をまたぎ行き来する。
 さらにまったくの開放弦でフレーズをひとつ、そしてピチカートではじいた。

 もちろんピアノとのアンサンブルは成立する。テンポはかなり奔放にチェロが動いた。
 チェロの小節感が、どんどん希薄となる。音色へうっすらと丸い影を与え、一歩引いたピアノが時を刻む。
 ピアノの音へチェロは思うさま寄りかかり、腹の底から歌う。ねっとりと空気の味が濃くなる。弦の醍醐味をぞんぶんに披露した。

 この曲を聴くの、今夜が初めて。展開を知らず、なおかつ繰り返しをカットされたためか、より物語性が強調された。
 絵巻が繰られ進むような、ドラマティックな演奏だった。

 最後は三人揃ってベートーベン"ピアノトリオ 大公"を。
 ラフマニノフの後では、ずいぶん端整な曲に聴こえた。ダイナミックな曲なんだが。
 3人のアンサンブルが融け、せめぎあうさまが心地よい。

 即興演奏で音の主導権を取り合うとは違う意味での、リーダーシップの受け渡しが興味深かった。
 譜面の指示とは別に、奏者の呼吸が飛び交って空気をまとめてく。
 上手く表現できないが、成立させるため奏者間でサインが行き来するような瞬間を幾度も感じた。

 音楽は駆け上がり、盛り上がってコーダへ。小気味良く、太く大団円を迎える。
 後半セットも1時間を軽く越えた。すでに時間は22時半をまわってる。
 翠川はへとへとで、額に汗はびっしょり。塚本も「あー、くたびれた」と、にっこり笑ってステージを降りる。菊池はそっと微笑んでいた。
 とにかく聴くほうも体力いる、贅沢なライブだった。

 思い切り濃密で、それでいて寛ぎを忘れない。
 クラシック・コンサートへ幾度か行って感じる、スノッブでお高くとまった客席やロビーでの居心地悪さが無い。それが何よりも嬉しい。
 ここでクラシック化計画を続ける可能性も、どうやらあるようだ。次はどんな曲が聴けるのか。楽しみ。

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