LIVE レビュー
見に行って、楽しかったLIVEの感想です。
2006/6/17 大泉学園 in-F
出演:黒田京子トリオ
(黒田京子:p,acc,etc.、翠川敬基:vc、太田恵資:vln,voice)
まずはセットリストから。なんだか新鮮な曲が並ぶ。次のステップへ進もうとする手がかりを、ひしひしと感じた。
<セットリスト>
1."即興"
2.あの日
3.おさんぽ
(休憩)
4.ヴァレンシア
5.7th
day
6.白いバラ
7.ちょっとビバップ
太田恵資の入りがぎりぎりになったのと、念入りに曲順打合せをしてたため、かなり押して始まった。そのわりに1stセットの曲順は、全て翠川がその場で決めてた気がするけれども。
「あ、そろそろ演奏しなくちゃ」
20時40分ごろ、時計を見た翠川敬基が呟く。打合せを打ち切り、楽器の前に座った。
太田の照れくさそうなMCで、ライブが始まった。
太田以外はPA無し。薄くリバーブをかけたマイクでバイオリンを拾うが、1stセットではもろに生音で聴こえた。
今夜もチェロは大胆なダイナミクスで弾く。pppも多用したが、音が埋もれない。バイオリンのマイクで、チェロも拾ってたのかな?
いっぽうで黒田京子が、かなり音量に気遣っていた。最も響くはずのピアノだが、1stセットではむしろ小さいくらい。
最初の即興は15分程度。しなやかな緊張の空気が漂う。クラシカルなフレーズを弦2本が交互に、同時に奏でた。
チェロのピチカートがイントロだったかな?太田はメロディを弾いても、決して延々と続けない。全員がアンサンブルを志向し、互いの音を織り込みあった。
アイコンタクトもほとんどない。その場の音を聴きあい、組み立てる。
ほとんどのメロディ部分は太田がつとめる。翠川はポイントでぐうっと前へ出て、要所を締めた。
黒田も下支えするピアノがメイン。ソロでがんがん前へ出ない。
互いの位置を確認しあうような演奏が興味深かった。
翠川の曲"あの日"でも、静かなムードは継続する。最初からいきなりチェロの極小音。黒田がはと笛を取り出したのはここだったか。最初の即興だった気もする。
太田はバイオリンをウクレレのように構え、静かに弦を爪弾いた。
はと笛の音が、そおっと漂う。やがてピアノの横へ置き、黒田は内部奏法を始めた。
指でピアノ線をミュートし、硬く音を止める。エアコンの音にかき消されるほどの小さな響きがかすかに鳴った。
いきなり、チェロが大きな音でテーマを弾く。
滑らかに、ふくよかに。バイオリンが重なり、ピアノが載る。
心地よい響きだった。バイオリンの旋律に、中国あたりの香りをイメージする。
このまま静かに行くと思いきや。太田がいきなりうなり出した。
浪曲風・・・といえばいいのか。搾り出すように「あ〜の〜日〜!」と吼える。
「まだ帽子をかぶらなくてよかったあの日〜!」と続け、爆笑が飛んだ。
黒田も翠川も笑いながら太田を眺めた。
ロマンティックなムードをいきなりかっさらう、太田らしい瞬間。
ちなみに今夜のライブでは、タールやメガホンを準備するも一切使わず。アコースティック・バイオリンとヴォイスだけだった。
コミカルな方向へ向かった"あの日"だが、エンディングのテーマ演奏はきっちり決める。
空気をすかさず読み、チェロがテーマを滑り込ます。その瞬間がかっこいい。
黒田は弾かずにじっと弦二本が織りなすテーマへ耳をすませた。
ちなみにこの曲でだけ翠川は、右ひじを立てて斜めに弓を動かす。さほど意味無いのかもしれないが、微妙なポーズの違いが決まってた。
20分程の長尺演奏だった。
1stセット最後は黒田の曲"おさんぽ"。ライブではほとんど演奏されてないはず。
3拍子でゆったりと。テーマでのピアノの和音進行が心地よい。するっとブレイクが入り、ぱちっと3人のハモりが爽快だった。
アドリブも次々に入り、リラックスぶりは1stセットで一番。
これまでソロを取らなかった黒田も、温かいフレーズの即興を奏でた。両手を交差させて賑やかに鍵盤を叩いたの、この曲だったかな?
しばしの休憩、後半は富樫雅彦の"ヴァレンシア"で幕を開けた。
「In-Fではほとんどやってないはず」
と、太田の紹介。この日はふだんやらない曲を並べたようだ。
数日前にドルフィーでライブあったから、雰囲気をあえて変えたのかも。
20分にわたる、圧巻の"ヴァレンシア"。今夜のベスト・テイクだった。
かすかな音を互いに出し合う。黒田は鈴をいくつも持って、そっと振った。
立ち上がって袖へ行く。すっと手袋をはめてピアノへ戻り、内部奏法を響かせた。
静かなインプロの流れを断ち切るように、太田がバイオリンをかき鳴らし、アラビアン・ヴォイスで唸る。"ヴァレンシア"のムードはどこにも無い。
そこでチェロがおもむろに、アルコで強くテーマを。するりと世界が変わった。
美しいテーマの旋律は即興へ雪崩れる。優しい耳ざわりを維持したまま。弦二本だったり、チェロとピアノだったり、無伴奏ピアノだったり。
役割分担を明確に変え、互いの楽器をくっきり目立たせるアレンジも積極的に採用した。
いったんはエンディングへ向かう。しかし翠川が終ることを良しとしない。継続するチェロ。
ピアノが、するりとまったく別のテーマを提示した。
曲の色合いががらりと変わる。"ヴァレンシア"であって、"ヴァレンシア"でない。
即興でどこまでも展開できる、黒田京子トリオの醍醐味に溢れた演奏だった。
"7th
day"は翠川の曲。ほとんど演奏してないそう。黒田がアコーディオンを構え、ピアノの前に立つ。
背筋を伸ばすきりっとしたメロディの曲。キリスト教で言う日曜日を意識した曲か。
4拍子だと思うが、アクセントがくるくる動き変拍子っぽい複雑な旋律。正直なところ、テーマの冒頭はろれっていた。みるみる立ちなおし、骨格はしっかり。
最初の即興はバイオリンのソロ。アコーディオンがコードを膨らます。とたんに音のツヤが増し、活き活きするのが面白かった。
アコーディオンのソロもたっぷり。ステップを踏んで、身体を揺らしながら黒田はふっくらとアドリブを弾く。
締めはバイオリンの無伴奏ソロ。旋律が駆け抜け爽快に終らせた。
"白いバラ"も久々に聴いた。
前置き無しにチェロがテーマを弾き、一瞬太田と黒田が顔を見合わせ苦笑する。イントロがさらにあるのかな。
かまわず翠川は力強く弓を動かした。
テーマ構成の転換は黒田がそっと呼吸で合図する。これも正直なところ、アンサンブルは少々揺れていた。
「・・・あれ?」
太田は落ちたのか、弾きながら譜面を見つめてかすかに呟く。その声までもが客席に届き、小さく笑いが漏れた。
たしか前に聴いたときは、ピアノがたんまりとアドリブを聴かせる、厳粛さとロマンティックさが同居した曲って記憶あり。
今回はより即興要素が強まり、堅いムードが漂う。太田はドイツ語っぽい響きでシュプレヒコール風に吼えた。
構成のきっちりさは崩さず、めまぐるしくメロディが動く。
「ドイツ・プログレみたい」と、太田は演奏後に笑った。
開演が遅かったぶん、この時点で10時半を回ってた。
「そろそろ終わりかな〜」
翠川がうそぶく。すかさず太田が曲紹介した。
「では最後に一曲。黒田さんの曲で"ちょっとビバップ"です」
チェロの無伴奏ソロにバイオリンがかぶる。クラシック調のおごそかなアドリブをイントロに持ってきた。
テーマは軽快に、スイング時代からモダンへ移る。そしてアドリブはバイオリンへ。
続く黒田のソロが力こもっていた。
ピアノは歌わせるが、力がこもってタッチが強い。ぐうっと前へ出て、肩を揺らして鍵盤を叩いた。
最後は揃ってテーマにエンディングは溜めず、バイオリン主導でさくっと高らかにコーダを響かせた。
黒田京子トリオの音は、どんどん変わってる。驚異的な親和度を見せた構築志向の即興アンサンブルから、曲に軸足置いたフリーな進行へ。
現在は次のステップに向けた、解体と構築が瞬時に交錯する時期な気がする。
奔放なイメージを纏め上げた"ヴァレンシア"や"あの日"。音のつばぜり合いを感じた(1)の即興や"おさんぽ"。それぞれの曲を聴きながら、そんなことをぼんやり考えていた。
もちろん音楽はばっちり。ほぼ満席の客席に向かって、がっしり耳を掴んで離さぬ、唯一無比の自由なアンサンブルを聴かせた。