LIVE レビュー
見に行って、楽しかったLIVEの感想です。
06/5/25 大泉学園 in-F
出演:黒田京子トリオ
(黒田京子:p、太田恵資:vln,per、翠川敬基:vc)
メンデルスゾーン演奏に続く、トリオの初ライブ。その成果を確かめるような、長尺の即興で今夜ははじまった。
黒田京子がMC役という珍しい(?)夜。太田恵資は嬉しそうにMCを任せた。黒田は少々憔悴のようす。途中から実質のMC役は太田が担ってた。
即興は弦二本が弓を静かに滑らす。どこか現代音楽のようなクラシカルっぽい響きを聴かすのが面白かった。無拍子で音が重なってゆく。
演奏が始まるなり、黒田は椅子の高さを下げて身体を丸めるようにピアノへ相対した。
ピアノは場面ごとに指の扱いを変え、さまざまに鍵盤から音を出す。
最初はつまむように軽やかな音使い。
指を転がし、次には持ち上げるように高く腕を上げる。姿勢も腕の筋肉もあえてバリエーションもたせたか。
さらに表情も多彩。顔をしかめたり、面白そうに覗き込んだり、笑ったり。
これまで見た黒田の奏法とは、かなり違う印象を受けた。
幅広く音世界を広げる、即興の受け止めを模索のように聴こえた。
バッキング役の場面が多く、ソロは少なめ。
翠川敬基のチェロも静かなアプローチでせまった。
特殊奏法とピアニッシモを多用し、音像を挑発する。
普段は目を閉じて弾くが、ときおり太田へ目を投げて展開を探る姿勢がめずらしい。
前半ではバイオリンが冴えまくり、風格が漂う演奏っぷりだった。
ステージ中央に腰を下ろし、目を閉じて弾き続ける。
マイクはほとんどリバーブ無し。かざりっけない音色で、胸を張って弓が動く。フレーズに力がぎっしりこもった。
この即興では主に太田がメロディを受け持ち、黒田がふくよかな響きで包む。
翠川はかたくななほどソロを取らなかった。
中盤では翠川が幾つかのモチーフ断片を提示し、曲へ誘う。
だがほかの二人は釣られない。がっぷりと即興に浸った。
コミカルな要素は中盤から。翠川は弦の下部をぎりぎりとこすり、狼の吼え声みたいな響きを出した。
太田はニスの剥がれたボディ部分を、ドラムのブラシみたいこすってリズムを出す。
二人は掛け合いで鳴き合った。いつしか太田のホーメイ・ソロへ繋がる。
黒田は面白そうに眺め、ピアノのボディを指で叩いた。
太田がポケットを探る。おそらくバイオリンの弱音器を探したんだろう。イントロ弾いたあと、ポケットへ入れてたから。
ところが見つからない様子。あちこちのポケットをさぐる。
翠川も黒田も音を小さくし、太田を強調してしまう。
ひときわオーバーにポケットを探り、まず紙幣を床へ投げ捨てる。
さっそく翠川が拾い上げて自分のポケットにしまい、目をむく太田。
大きなハンカチをポケットから取り出し、満面の笑みで客先へ広げた。マジシャンのように。
黒田と翠川が音楽をつけた。太田はマイムでハンカチの裏表を見せ、こぶしに押し込んだ。
ほんとに手品やるの?と期待。さすがにそれはなく、すぐさま床へハンカチを投げ捨て、笑いをよんだ。
このシーンが分岐点のように、緊張からリラックスした即興へ。
翠川がゆっくりと弓を動かし、懐深い旋律をソロで奏でる。
途中でクラシックのフレーズを弾きだし、太田や黒田も笑いながら応えた。
黒田の指が、力強く踊る。背筋を伸ばし、指を鍵盤へ落とした。
流麗なクラシカルのフレーズが走り、コーダへ向けて一気に駈ける。
30分くらい、いきなり即興が続いた。
「次はなにをやりましょうか」
太田が黒田へうながす。譜面をめくり、思案顔の黒田。
「・・・ひさしぶりに、これをやりましょう」
曲名を告げ、軽やかにフレーズを弾く。
「ワルツ・ステップ♪ワルツ・ステップ♪」
ユニゾンで小さく歌いだした。アレンジをがらり変え、ストイックな演奏だった。
だれもがテーマを弾かない。伴奏を弾き、虚空にメロディを意識させる。
バイオリンやピアノがメロディの断片を覗かせる。チェロは小さく弦をはじき、つられて音量は抑え目に。
ワルツのリズムながら音は寸断され、ぎこちなく軋む。
しばし続き、黒田の視線が飛んだ。ぐっと背筋を伸ばして太田が弓を構えなおす。
なぜかここで、バイオリンのマイク・リバーブがきちんと効いた。
ユニゾンでゆったりと、テーマが流れる。
めちゃくちゃに美しい光景だった。
前半は約40分。眺めの休憩を挟み後半へ。
曲候補を幾つか選んだらしいが、どの曲から始めるか黒田が悩む。
「そしたら、これからやろう」
翠川の提案で、黒田の曲「20億光年の孤独」を。太田が茶々をいれ、「ひでー」と翠川が大笑い。
じっくり即興イントロの後、テーマをピアノが低く搾り出す。ゆっくりしたテンポで。
低く黒田が喉を鳴らし、ポイントの合図。
バイオリンが強く鳴り、テーマへ。オブリの高い音がチェロより提示される。
ここでもアレンジは厳格な響き。しばしば太田は旋律をフェイクさせ、安定を求めない。
さらに誰もソロに雪崩れず。
一旦テーマが指定された後は、執拗にテーマの反復とフェイクを追求し、そっと着地した。
後半セットは全て曲。
つづく富樫雅彦作の"ボン・ファイア"も、翠川の選択。
黒田や太田が譜面をめくっているうちに、すかさず翠川がイントロを弾いた。
無伴奏チェロ独奏からアンサンブルへ。太田のアドリブは冴え渡り、曲全体を引っ張った。
翠川の"チェック・ワン"。厳しく激しい、辛いアレンジでせまった。
テーマへすんなり行かない、冒頭の即興。テーマでの響きは、一風変わった苦しさを覚えた。
ピアノがアップテンポでリズムを提示し、テーマの旋律へ流れる。
太田が、そして翠川が。思い切って上下に音符を変えて奏で、ひときわ強く弦をこすった。
故意にピッチを変えているのか。不協和音なほどに、かすれながら厳格に響くテーマの旋律。
耳へきつく届く。内面へ責める、珍しくストイックな演奏だった。
時間はまだ終るには早い。
「翠川さんは『もう終らせよう』。黒田さんは『後もう一曲、分かりやすい曲をやって終わりかな』。そう思ってるはず。ぼくはメンバーの思ってることが、手に取るように分かります」
すっかり司会役になった太田が、時計を見た後に呟いて笑わせる。
「・・・ひさしぶりに、これをやりましょう」
次の曲をうながされた黒田が、しばし考えた後に曲名を告げず、ピアノでそっとイントロを奏でた。
「・・・何の曲だ、これ?」
翠川と太田は顔を見合わせる。
しばらく聴いた後で得心顔。譜面をくって演奏に加わる。ゆったりめに、バイオリンがテーマを奏でた。チェロも合わさる。
"ベルファスト"だ。ひさしぶりだ、聴くの。
黒田のピアノ・ソロへ。文句なく、最高の温かくメロディアスな即興だった。
ペダルを踏んでリバーブたっぷりにフレーズを溢れさす。
ロマンチックで美しいアドリブが、奔流のほうにあふれ出す。素晴らしかった。
黒田はときおり目じりを押さえて泣くような表情。
これまでの逡巡全てを開放する、とびきりの即興を聴かせた。
音が踊り、弾み、いっぱいに広がる。
太田も翠川も弓を置いた。翠川はチェロのボディを。太田はタールを掲げ、淡々と打音のみでバッキング。
まるで祝福するようなひとときだった。
かなり長尺なピアノのソロで空気を暖めた後、太田のボイス・パフォーマンスへ。
セネガルかアラブか。吟遊詩人が賛歌をうたうがごとく、喉を震わせる。
温かくピアノ・ソロの世界観を膨らませた。
変拍子の滑らかなテーマを、しっとりと演奏して幕を下ろす。
格別にリラックスできたテイクだった。
メンデルスゾーンの演奏を経て、また黒田京子トリオのアンサンブルは次のステップへ進んだようだ。
どんな即興展開でもアンサンブルを成立させる親和性はそのままに、シビアさや強靭さがつけくわわったか。
アンサンブルの成立そのものを問うような、ぎりぎりと緊張した瞬間があった。
きっぱりとバイオリンを弾ききる、太田のいさぎよさもすさまじい。
今後の黒田京子トリオの展開が楽しみになる、明らかにこれまでと違ったライブだった。
<セットリスト>
1."即興"
2.ワルツ・ステップ
(休憩)
3.20億光年の孤独
4.ボン・ファイア
5.チェック・I
6.ベルファスト