LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/5/10 大泉学園 in-F

出演:翠川+千野+太田
 (翠川敬基:vc、千野秀一;p、太田恵資:vl)

 この組合わせでは初セッション・・・かな?太田恵資が登場したのが19時半頃。ほぼノーリハでライブが行われた。

 店へ入ると翠川敬基と千野秀一が音楽を奏でてる最中。どうやらベートーベンの曲を弾いて楽しんでいるらしい。
「あれをやろう」、「テンポがわからん」「弾けねー」と様々に笑いながら、滑らかな旋律がそっと店内に広がる。楽しいひとときだった。

 千野のライブへ行くたびに思うが、彼はとてもピアノを弾くことが好きそう。演奏前でも、ぱらぱらと鍵盤と遊ぶひとときを良く見かける。

 だいぶ時間を押してライブが始まった。MC役は太田だ、と翠川が決める。
「MC役の決まり方がどこかのバンドと一緒ですが・・・。昨日、黒田京子さんと一緒でした。ピアニストが変わるの?!と心配されてましたが・・・そんなことはないです。それにどうやらバイオリンも変わるようです」
「・・・チェロもかわるかも〜」

 黒田京子トリオに引っ掛け、太田が口火を切る。7/24に翠川+千野+喜多直毅でin-Fにてセッションが決まってるからだろう。
 太田のジョークを、さらに混ぜ返す翠川。長くなりそうだ、と千野はタバコを吸いに行ってしまった。
 出演者コールを太田がし、空席のピアノに向かって拍手が飛んだ。

 すぐに千野が戻ってくる。ところが喋り続ける太田や翠川を見て、脚を組んで文庫本を読み始めた。

 自作の"メノウ"をやろう、と翠川が提案。さっそく鳴らされるチェロ。バイオリンも続く。
 すかさず文庫本を横に置き、千野も身体を揺らして鍵盤へ向かった。
 高音のフラジオを弦2本が奏でる。小さな音で。
 おもむろにバイオリンがテーマの旋律を、極小のフラジオでそっと奏でた。掠れ気味の音色で。

 今夜もチェロはノーマイク。ただしバイオリンが下げたマイクの感度とリバーブがかなり強く、チェロの響きは良く聞こえた。観客の拍手すら、リバーブ付きで響いたもの。
 ピアノは蓋を閉めた状態で弾く。

 弓を強く引き、滑らかにバイオリンがテーマを、チェロが追いかけるように旋律をかぶせる。
 やがてアドリブへ融けていった。ピアノは穏やかな表情で、ぱらぱらとランダムなフレーズが中心。ときおり、切り込んでいく。
 ひとしきりフリーが続き、バイオリンがテーマを提示した。

<セットリスト>
1.メノウ(翠川敬基)
2."Klezmorim"(?)(トム・コラ)
3."3つのパストラル"(?)(ピアソラ)<翠川+千野>
(休憩)

4."わたしの指の指輪よ"(?)(シューマン)<千野+太田>
5.Seul-B(翠川敬基)
6."歩きつかれて"(?)
7.Lonley woman(オーネット・コールマン)
(アンコール)
8."自殺未遂?"(?)

 この日は今ひとつセットリストがあやふや。ネットで調べても同定できなかったので、耳で聴き取ったままを書いています。カッコ内が作曲者名。

 なお5/10は翠川の誕生日。太田がそれを称えるたび、やたら暗いイメージのフレーズを千野が弾いてちゃかす。
 翠川は「祝われてる気がしない〜!」と大笑いだった。

 (2)は千野が持ち込んだ。トム・コラの曲だという。ピジン・コンボで演奏された、"Klezmorim"だと思う。
 ただしぼくがきっちりメロディを覚えておらず、自信ない。なお千野がこのバンドに関係していたかは不明・・・。
 
 クレツマーっぽいアンサンブルで蓋を開け、やはり弦同士の対話をメインに進行する。ピアノも積極的にアンサンブルへからんだ。やりとりはストイックで、無造作に進んだ。

 前半のクライマックスはピアソラの作品4番。ネットで調べると"3つの小品"と題され、パストラル、セレナーデ、シシリアーナの3構成になっているようだ。
 翠川は「3つのパストラルって曲をやります」と紹介した。2楽章構成っぽい演奏だったが、パストラルとセレナーデをやったということだろうか?
 とにかく美しい。滲み出すようにゆったりと音符が、丁寧に奏でられた。
 おそらく即興はなし。譜面を見ながら、チェロとピアノのデュオでじっくりと綴られる。太田は入り口前に腰掛け聴いていた。

 訥々と旋律が広がる。駈けることはなく、あくまでも地に足をつけて穏やかに。とびっきり静謐な演奏だった。
 チェロはときおりピチカートを挟む。細かなビブラートが華やかに広がった。

 大きな拍手が飛ぶ。演奏を続けるかちょっと相談あり、余韻を残し50分ほどで1stセットは終った。

 後半セットは千野と太田のデュオでクラシック演奏から。
 1stセット開始直前に渡された譜面を、休憩時間に太田はまじまじと眺めてた。
 翠川はさっさとコップを片手に観客席へ座ってしまう。真剣な面持ちの太田を、満面の笑みで冷やかしてた。
 千野がこういう譜面を持ち込むのが意外。そもそも今夜は、もっとフリー色の強いライブと思ってたよ。

 テンポはゆったりと奏でられ、太田は譜面を睨みながら弓を動かす。ほとんど初見のはずだが。しばしばふわっ、とメロディをうたわせた。さすが。
 小品で演奏はあっというまに終ってしまう。コーダはピアノのみ。
 こわばった表情で弾いてた太田だが、バイオリンのパートが終ったとたん、みるみるリラックスする。ピアノへ耳を傾けた。
 千野が鍵盤から指を離したとたん、太田も一緒になって大きな拍手を送った。

「この譜面、記念に貰っていいですか?」
「いいよ。サインしたげようか」
 太田と千野の会話に笑いが飛ぶ。

 曲順はその場で翠川が決めてたみたい。"Seul-B"をやろう、と宣言、二人が譜面を持っているか尋ねてた。
 冒頭からフリーが続く。太田がやっとリラックスしたか、地中海をイメージするしぶといメロディでアドリブを決め、アンサンブルを引っ張った。

 指弾きとアルコを繰り返し、チェロは隙あらば即興で切り込む。太田を自由に任せつつ、自分のサウンドもキッチリと聞かせた。このあたりに底力を感じる。

 千野は完全に奔放。身体を大きく揺らし、手が鍵盤を撫ぜるように高音から低音まで、あくまでタッチを柔らかく弾いてゆく。音は小さめ。
 きっちり旋律を提示することは少ない。それをせずとも、節目に入る音使いでピアノを活かした。
 
 たっぷりと即興が続いた頃合。翠川がかすかな音でテーマを披露した。そこまで"Seul-B"の面影はどこにもない。だがテーマがひとたび置かれると、ここまでの音世界も全て飲み込み、あとの即興へ展開した。

 (6)は"歩きつかれて"と紹介された。千野が持ち込んだ譜面のようだ。
「ターキッシュ、って書いてある。太田の得意分野じゃないか」
「・・・フラット3つもある。これは難しいです」
 翠川はある程度構成が分かっており、太田は初見状態のようす。千野が太田へ、構成を簡単に説明していた。

 まずはチェロとピアノのデュオ状態で始まり、太田は様子を伺う。
 チェロのメロディが区切りついたところで、いっきにバイオリンも加わった。
 アコースティック・バイオリン以外、今夜はなにも弾かない太田だったが、ここで初めてボイスが出る。自らのアドリブとユニゾンでメロディを歌った。
 中盤の即興は豊潤に、太田が弾きまくる。
 次々に高速フレーズが溢れ、弓先から幾本も切れた毛を垂れ下げながら、懐深いメロディを奏で続けた。
 
 エンディング・テーマは太田が途中で間違えてしまう。中途半端にアンサンブルが止まってしまい、
 すかさず千野はもう一度テーマを弾きだす。
 どこかでアンサンブルがぎこちなくなると、またテーマの再演。幾度か重ねられ、勇ましく着地した。

「こんな難しい曲は、ターキッシュじゃありません!」
 太田が笑いながら言い放って、ムードがにこやかになった。

 最後はオーネットの"ロンリー・ウーマン"。キーに迷う太田へ、翠川が指定する。
 千野はピアノの上に乗った譜面を床へほおり投げ、ピアノの譜面台も片付けてしまった。
 やたらヘヴィなイントロから演奏が始まった。テーマはチェロやバイオリンが応答状態で弾く。とはいえほとんどアドリブで自由に動いた。
 
 ピアノはときおり譜面台をがばっと持ち上げ、大きな音を出す。内部奏法をやるかと思ったが、そこまで行かない。鍵盤最高音まで確実に使い、その一方で出音の数は少なめ。
 空間へ音粒を差し込むような演奏だった。

 途中で太田と翠川がボディをこすりあう。なにやってるんだ、とピアノ席から降りて、わざわざ千野が二人を覗きに来たのがおかしかった。
 もっともボディ奏法で追従はせず、あくまで自らのピアノ・スタイルで鍵盤へ指を落とした。

 最後はなんだか腰砕けに弾き終わる。太田が一音、高く弾いて締めた。

「本編はこれで終わりです・・・」
 と、太田が口火を切ってメンバー紹介へ。この時点で後半は40分ほど経過。演奏が短すぎることを気にして、アンコールを示唆する配慮がにくい。
 翠川と千野はまったく気にせずマイペースだったから、かなり太田が観客へ気を使ってみえた。
 すかさず観客もアンコールの拍手を送る。もっと聴きたい。
 
 "リベルタンゴ"のリクエストが飛んだ。
「こないだのセッションでやったしな〜」
「もう、伴奏は飽きた」
 翠川は気乗り薄で、千野はもっとフリーへ行きたいようす。

 最後も、翠川の提案で選曲された。
 "自殺未遂"とか物騒な言葉が聴こえたが、誰のなんていう曲かは不明。

 譜面がない、と譜面の束をめくる太田。演奏はすでに始まっている。リバーブにつつまれ、紙束の音がさらさらと響いた。
 諦めて翠川の薦めで譜面をシェアすることに。覗いたとたん、「ヘ音記号だ・・・」とぼやく太田。
 しばらく弾いてた翠川が、ぎょろっと太田を見つめてソロをうながした。 
 ピアノは宣言どおり、伴奏するそぶりはさらさらない。あくまで自在に、鍵盤を叩いた。かなり早いフレーズで疾走したのはここだったか。
 3人のアドリブをぎゅっと詰め込んで、アンコールが終った。

 クラシックの色合いも織り込み、きっちりしたアンサンブルをイメージする展開が意外だった。徹頭徹尾フリーに行くかと思ってたよ。
 即興巧者の三人だから、どんな場面でも慌てふためくことはない。どこか硬い空気が漂うセッションだった。初組み合わせだからかな。
 特に太田の緊張が伝わった。コミカルな技は何もない。真摯に音楽へ没入した。タールもメガホンも、準備すらしなかったもの。

 さまざまな方向性が予想される。バンドとしてじゃなく、セッションの色合いが強いサウンドだった。
 その点で、初期の黒田京子トリオとは明らかに違う。あのときは親和度の深さに舌を巻いたが、今日はあくまで3人の音楽が交錯するアンサンブルだった。
 正確には翠川と千野、か。太田は一歩引いた印象あり。もちろんサウンドはバイオリンもぎらぎら響いていた。 

 この3人は6/23にもう一度ライブを予定している。そのときはもっと親しげなのか、それとも譜面志向でストイックに互いを磨くのか。
 どういうアンサンブルになるのか、読めない。次回が楽しみなセッションだった。

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