LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2005/4/1  西荻窪 音や金時

出演:翠川敬基+菊池香苗
 (翠川敬基:vc,菊池香苗:fl)

 隔月奇数月で翠川敬基が開催する、クラシック曲のライブ"クラシック化計画"。その共演者な菊池香苗と組み、音金でライブが開かれた。
 "ビラ・ロボスからフリーまで"をキーワードに、自由な音楽展開が狙いか。
 クラシック奏者の菊池は、フリーを観客の前で演奏するのが初めてかもしれない。19時45分頃、なんだか早めの時間にライブが始まった。

 セットリストは覚え切れなかったので、割愛させてください。ごめんなさい。
 1stを20世紀初頭のブラジルの作曲家、ビラ・ロボスの曲で固めた。
 びっしりと譜面が準備される。菊池は立って演奏。譜面台を二本使い、大きく広げて読んでいた。

 ビラ・ロボスの"ジェット・ホイッスルが一曲目。彼の音楽ははじめて聴いた。クラシックの作曲家かな?
 リズムがショーロだ、と翠川が説明するシーンもあったし、ポピュラー音楽にも目配り聴いた人なのかも。
 さまざまな楽器編成での作曲をしたらしく、この日はフルートとバスーン合奏用の譜面を使い、バスーンをチェロに置き換えて演奏したりも。

 1stセットは即興要素無し。二人とも譜面を前に真剣な面持ちで演奏する。穏やかなメロディがふくよかに広がった。もちろん今夜はPA無し。
 チェロがぐいっと弓を引く時の鳴り、フルートが小気味良く音を連ねる響き。それぞれがすんなりと心地よく耳へ届く。

 滑らかできれいなサウンドだが、かなり演奏は難しいとか。
 チェロは和音も取り混ぜて弾く。アルコで和音を弾きながら、さらに指を使いピチカートではじく、トリッキーな奏法を使った。
 ビラ・ロボス特有の奏法ではないそうだが、初めて見て新鮮だった。

 小品を幾つか集め、次々に演奏が進む。観客もシンと音楽へ聴き入った。
 暖かなメロディがフルートから溢れ、チェロと絡み合う音楽が、とにかく素晴らしい。
 本当に小品が多く、みるみる曲が終ってしまう。観客は拍手も控えて聴き入った。
 何曲か、すごくいいなあと思ったが・・・曲名覚えてません。あしからずご容赦を。曲名長いんだもん。

 1stセット最後が、ビラ・ロボスの"ブラジル風バッハ"か。難曲らしい。
「いままでどんな曲も軽々吹いてた香苗が、泣きをいれるの初めて見たよ。
 聴いてる人に難しさが伝わるかは分かりませんが・・・」
 翠川がコミカルに曲を紹介。菊池はひときわ大きく、譜面を広げた。

 チェロは菊池へ軽く合図、曲が始まる。フレーズの合間で翠川は軽く視線を投げ、フルートと呼吸合わせて奏でた。
 すっと背を伸ばして、滑らかにフルートを操る菊池。
 ここでは譜面台二本を使い、長い譜面を準備した。曲が進むにつれ、譜面も当然先へ進む。
 菊池は吹きながら歩を進めて譜面を読む。一歩、一歩。翠川へ近づくように。

 後半セットは富樫雅彦の曲を3連続で。ステージの硬質な雰囲気は1stセットと似ているが、どこか寛いでる。
「え、チューニングするの?」
 菊池の依頼に、素で応えてた翠川が面白かった。1stセットでは綿密にチューニングあわせてたのに。もちろんチューニングはきっちりあわせる。

「まだ黒田京子トリオでもやってません」
 と、前置きした"wishing"から。クラシック奏者との共演だから、メロディアスで無く抽象的な曲ばかり、あえて選んだそう。

 譜面台を前に、菊池は腰掛けて演奏した。
 かなりの部分がフリーのはずだが、常に菊池は譜面を眺めて演奏する。
 譜面を置いても、目を閉じてほとんど見てる様子のない翠川と対照的だった。

 水を得た魚のように、翠川は活き活きとチェロを奏でる。ひときわ小さいpppも、とたんに飛び出した。
 いったいどんな即興を・・・と期待してた菊池だが、落ち着いた演奏っぷりだった。ステージが進むにつれ、音は複雑に鳴った。

 翠川とからんだり、吹きやめたりのセッション要素は控えめだが、フレーズは譜割やメロディを多彩に切り替えた。
 トリッキーなノイズは無く、あくまでも滑らかに旋律を積む。
 チェロも特にフルートをかばわない即興だ。根本でチェロがフルートを支えるから、アンサンブルは成立するが。

 翠川がアルコで高音から低音まで、自由に弾き連ねる。
 厳しく曲へ向かい、馴れ合いや手癖の即興は避けた。だからこそ、楽しめた。

 菊池の即興は曲が進むにつれ、味わいを増した。
 "Passing"では翠川が、冒頭のオスティナートをいきなり解体。ピアニッシモで数度だけ音形を提示すると、あとは奔放にフレーズを変奏した。
 あげくにアルコへ持ち替え、ビート感すらあいまいにする。

 フルートはどこ吹く風。ゆったりと旋律を展開させた。
 途中でチェロは弾きやめ、フルートへ完全ソロを任せてしまう。
 菊池の音色は止まらず、きれいなメロディが続いた。
 
 着地は翠川が提示したかな?再び指弾きへ戻り、オスティナートをじわじわと蘇らせた。
 フルートがテーマへ戻る。みるみる音量が小さく絞られ、最後は消えるように終った。

 次は"Haze"。メロディアスな富樫作品も聴きたかったため、嬉しい選曲だ。
 フルートのアドリブが、テーマをみるみるフリーに溶かす。ピッチをベンドさせてたのもここか。中盤ではピアニッシモ合戦になった。
 チェロはフラジオを幽かに響かせ、フルートは極小音で対抗する。
 ひとしきり即興が続き、菊池はするりとテーマへ戻った。

「あの、小さな音ってなんだったの?」
 翠川が尋ねる。
「ホイッスル・トーンです」
「・・・負けたかも〜」
 胸を張る菊池に、翠川はふきだした。ホイッスル・トーンとは、フルートの奏法の一種だそう。

 翠川の曲で"Me-Nou"。これがとびっきりのセッションだった。
 みるみる即興へ進み、フルートの音が自由に広がる。チェロが雄大にアルコで広げた。
 二人はちょっと違うテンポのポリリズムで、旋律を絡み合わせた。
 肩の力が抜け、暖かい。互いのメロディは寄り添いつつも、安易にからまない。それでいて、双方が成立する。繊細で穏やかながら、堂々たるフリー・ジャズだった。
 
 デクレッシェンドでコーダへ導いた。余韻を残して、音が消えた。
 店内に大きな拍手が飛ぶ。

「これで静かに終ればいいのですが・・・最後はぶち壊したいのが、我々です。」
 翠川が不敵に笑う。20世紀初頭から半ばにかけての作曲家、ヒンデミットの曲を選んだ。
「2拍子、3拍子、4拍子がランダムに現れて見失ったら最後、復帰できません。いままで練習で最後まで到達したことがありません」
 あとで譜面を見る機会に恵まれたが、まさに一小節単位で拍子が変わる複雑怪奇な曲。
 フレーズを先に作曲し、後から拍子を切ったような感じ。実際のところは知りませんが。

 ぴっと雰囲気が張り詰めた。
 チェロもフルートも、真摯に音楽へ向かう。聴いてる分には、変拍子がぴんとこず。ほんのり重みあるが、壮絶な美しいメロディだった。
 
 破綻なく、コーダへ到達した。大きな拍手でライブが終る。
 "Me-Nou"でふくよかな余韻で終るのも捨てがたい。とはいえ最後のヒンデミットで、引き締まった構成になった。

 翠川も菊池もまったく初めての企画で、刺激たっぷりのステージ。曲演奏もフリーも、さらに深めてほしい。第二弾の可能性もありそう。
 あえて予定調和を外そうと試みる翠川が、どういう地平を見せるのか楽しみだ。

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