LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2006/2/27   大泉学園 in-F

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、太田惠資:vln、翠川敬基:vc with 喜多直毅:vln)

 in-Fでの月例ライブだが、今月は翌日にドルフィーのライブを控えた2days。構成を別にするためか、念入りに相談してた。
 「明日のリハーサルってことで・・・」と喋る声が漏れ聴こえ、ギョッとする。でも、心配は無用。

 新曲が2曲投入される、充実したライブとなった。他も全て1stアルバム以降のレパートリーを選び、現在進行形の黒田トリオをアピールした。
 さらに今日は飛び入りあり。観客で来てた喜多直毅は、2ndステージにどっぷり完全参加した。

<セットリスト>
1.スケッチ2、スケッチ3
2.ロシアのうた(新曲)
3.白のバラ(新曲)
(休憩)
4."即興" (with 喜多)
5.ボン・ファイア(with 喜多)
6.Soul-B   (with 喜多)
(アンコール)
7.ガンボ・スープ(with 喜多)

 (1)と(5)が富樫雅彦、(6)と(7)が翠川敬基の曲。(2)と(3)が黒田京子の新曲だ。

 黒田トリオの掟に従い、今夜もMCは太田恵資。配置は中央に太田が腰掛ける、なんだか新鮮な並び。より弦を強調するためか。
 翠川は今日もアンプなしの生音だった。

 (1)は三人がピチカートやスタッカートを、ランダムにばら撒くアプローチで幕を開けた。弱く、強く、様々な短音がてんでに広がる。
 弓を構えなおした太田が、穏やかなメロディを奏でた。
 翠川が加わり、そっと黒田がアンサンブルを支える。

 翠川はpppまで使い、ダイナミクスは豊か。さらに(1)ではピアノも抑え目。バイオリンがひときわ前へ出てしまう。
 もうちょっとバイオリンのマイクを落とすか、ピアノを強めに叩いてもよかった。チェロからピアノへソロ回ししても、バイオリンに埋もれてしまうシーンが幾つかあり。

 かなりの場面でバイオリンが即興を膨らます。だからときおり挿入される、チェロやピアノのアドリブが引き立った。
 ピアノが駈けるソロがよかった。大きく息を吸い込み、呼吸を整えて奏でる黒田の仕草が印象に残る。
 曲調は場面がころころ変わるドラマティックな展開。緊張感いっぱいだった。

 続く"ロシアのうた"は、寒々しいロシアの風景をイメージしたという。譜面は数枚に渡り、きっちりフルスコアのようだ。
 数日前にオーケストラと共演を終えた太田は「最近、譜面づいていますが・・・」と前置きし笑いを取る。

 イントロはチェロの無伴奏ソロ。幽かな音量でメロディを紡いだ。
 黒田はピアノの中へ手を入れ、ボディを叩く。残響が冷徹な雰囲気を醸した。
 太田が布でバイオリンをこする音をマイクが拾った。
 一瞬、翠川がぎろっと太田を睨む。意図的なノイズと判断したか、かまわず続けた。

 やがて産まれるアンサンブル。どこまで譜面でどこからアドリブか判然としない。ユニゾンでテーマが奏でられても、次の瞬、自由な音世界へ。
 ロマンティシズムが美しく雄大に広がる。ずぶずぶと音が深まる。
 構成はかなり決まってそう。しかし曲の持つイマジネーションが膨み、素晴らしく濃密なひとときだった。
 
 自由奔放に展開する印象あった黒田京子トリオへ、ここまで進行の決まった曲の投入が新鮮だった。
 譜面と首っ引きでも、豊潤さを保って奏でるところはさすが。もっとライブを重ね、曲に慣れたときの広がりが今から楽しみ。

 続く"白のバラ"は、つい最近の曲だそう。
 ナチス体制化の学生抵抗グループが題材。日本では"白バラ"とも訳されてるようだ。ドイツ語の歌詞も黒田の自作による。
 こちらもかっちりアレンジされた。もちろん自由度は溢れてる。室内楽を連想する、穏やかな風景だった。
 黒田は弾きながら歌う。バイオリンが支え、伸びやかに声が空を舞う。
 ピアノが丸い音で素早いソロ。中盤ではチェロのアドリブを受け、アコーディオンで黒田は繊細にメロディをつむいだ。

 前半では太田がメロディの多くを受け持った。2曲目、3曲目と曲を重ねるうちに、みるみる弓をほつれさせ、ザンバラ状態で弾きまくる。
 翠川はどっしりかまえ、自在に音楽を展開させた。
 自作曲が多いためか、黒田はアンサンブルの土台を支え役にまわって聴こえた。

 45分くらいながら、充実した濃密なセット。黒田トリオの新たなステップを鮮烈に見せ付けた。
 コミカルなシーンはあえて無し。特殊奏法も控えめで、きっちり音楽に向かいあう。たとえば太田はタールもメガホンもボーカルも、何も使わず。ただ、バイオリンだけで対峙した。

 2ndセットは喜多を向かえ、リラックスした雰囲気。
 中央を喜多へ渡し、太田は下手の定位置へ移動した。一応マイクを立てていたが、ほとんど拾わず。
 喜多のバイオリンがとにかく鳴る。ノーマイクながら、他の音を掻き消すほど豊かに響いた。

 まず即興から。最初に喜多が口火を切り、翠川と太田が音を重ねる。
 黒田は微笑んみ弦の三重奏へ耳を傾ける。太田も別の場面で、喜多の弾く姿を見ながら、にこやかに聞惚れてた。
 しばらく弦の交錯。一瞬のスペースをついて、黒田がすかさずピアノへ指を落とす。スリリングな瞬間の切り込みがみごと。

 太田が一歩下がり、喜多にアドリブを明け渡す。
 椅子に腰掛けた喜多は、休み無く激しくメロディを弾きまくった。ソロ回しの様子はまったく無し。黒田トリオが喜多を盛り立てるかのよう。
 
 アンサンブルを意識したのは、続く"ボン・ファイア"以降。これも美しかった。弦の妙なる響きで、あたりの空気を暖める。だれもが全体の音配置を大切にとらえ、アドリブも滑らかに繋がった。
 エンディングでそっと音が消えてゆく。抜群の演奏。どの曲も充実してたが、ぼくの今夜のベスト・テイクはこれ。
 曲が終ったとき、チェロの指板は汗が幾筋か滴っていた。

 ここまで一歩引いた翠川が、指揮役で活躍が"Soul-B"。イントロはチェロの無伴奏ソロ。指弾きからアルコへ。アドリブからやがてテーマが紡がれる。
 まっさきに音を重ねたのが喜多。カウンター・メロディで絡んだ。しかし弾きすぎない。時に弾きやめ膝へバイオリンを乗せ、じっとチェロの音を聴いた。
 切ないダンディズムをふんだんに漂わせ、翠川はチェロを奏でた。
 
 スローに幕を開けたが、中盤からぐっとテンションが上がる。4ビート・ジャズでブルージーに盛り上がった。
 翠川はベース役へ。ピアノが土台を作り、喜多と太田での4バーズ・チェンジへ。
 しまいに太田はメガホンを取り出し、保健所で結核の検査を受けたことをコミカルに唸り始める。きっちりメロディをつけて歌った。

 しかしエンディングは翠川。いったん着地しかけたアンサンブルだが、目を閉じて翠川はチェロを弾く。
 極小の音で響き、足元からはスナックのカラオケが漏れ聞こえる。窓の外で、バイクが走り抜けた。
 ついに音がやむ。静かな、エンディングだった。

 拍手はやまない。アンコールは"ガンボ・スープ"。観客の集中力を優しくほぐす、リラックスした演奏だった。
 翠川の指示でテンポは抑え目。3本の弦でスイングするテーマの響きが格別だ。
 黒田は"ガンボスープはカレーみたい♪"と即興で歌い、太田もアラブっぽい歌を一節。翠川と喜多も軽やかにソロをとって、あっさり今日の幕を下ろした。

 ゲストが入り、黒田京子トリオのライブとは別物になった。しかし喜多をどっしり受け止める鷹揚さが凄腕ぞろいなトリオらしい。
 黒田の曲がくっきりとアンサンブルの特異性を際立たせた。歌心溢れる弦二本が産みだすバリエーションと、どこまでもどこへでも進める懐の深さ。
 新曲を演奏したからこそ、更なる可能性を痛感した。ホームグラウンドとしてライブを重ねてきた場所だからこそ出来る、奔放な自由度を見せ付けたライブだった。

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