LIVE レビュー
見に行って、楽しかったLIVEの感想です。
2005/12/29 大泉学園 in-F
出演:黒田京子トリオ
(黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田恵資:vln)
In-Fにとっても年末最後のライブは、黒田京子トリオがブッキングされた。
ライブの進行はいつもどおり。最終入りがMCという、月例ライブと同じ、肩肘張らないもの。
むしろセットリストに一年草決算の思いを込めたか。演奏前に譜面を山ほど広げた3人は、これまでになく入念に曲順を相談する。
新たなステップを予感させる、新曲を3曲投入のステージになった。
なお、実際にはその場で決められた曲もいくつかあり。この臨機応変さが、いかにも黒田トリオらしい。
<セットリスト>
1.ヒンデ・ヒンデ
2.Haze
3.おさんぽ(新曲)
4.ベルファスト
(休憩)
5.ちょっとビバップ(新曲)
6.二十億光年の孤独〜『名無し』(新曲)
7.ガンボスープ
8.ワルツ・ステップ
(アンコール)
9.Spleen
新曲は全て黒田京子の作曲だ。
「もしかしたら没になるかも。今日聴けた人はラッキー」
謙遜してたが、どれも力のこもった曲ばかり。さらなる進化が楽しみ。
まずヒンデミットをアレンジした、"ヒンデ・ヒンデ"から。
この日もアンプを使わず。太田がマイクを立てたが、ほとんど使わなかった。とにかくダイナミズムがすごい。翠川が極小音でチェロを奏で、太田があわせた。
アドリブはくるくる役割が変わる。黒田が滑らかなフレーズを、残響を生かして聴かせる。
続く"Haze"(富樫雅彦:作曲)は弦の響きにやられた。抽象的な即興からテーマのフレーズへ。弦の二人がpppで弓を動かす。
翠川のpppは堂に入ったもの。太田の生バイオリンによる極小音は、かなり貴重だ。ふだん、マイクを通すから。
かすかな音がバイオリンの弦から滲み、あたりに漂う。
特にテーマ。バイオリンへミュートをつけ、フラジオでかすかに奏でるテーマのオクターブ高い音が、細く鋭く耳へ届いた。
翠川のチェロが豊かに響く。特殊奏法をふんだんに取り入れつつ、アドリブでは滑らかな旋律を懐深く展開した。
静かな場面では太田がメガホンを持ち、かすかにかすかに呟く。
"おさんぽ"は書下ろしじゃないらしい。しかしまさに今日、トリオ用に編曲した、と黒田が紹介する。
ピアノののどかな響き。「散歩は楽しいな♪」とピアノを弾きながら声を出す。
センチメンタルな音世界が広がる。優しさを全面に出したサウンド。
ここで太田が人さらいみたいなセリフを即興でぶつけ、あえて違う世界観に持ち込み、客席から爆笑が飛んだ。
どうやら前半の予定はここまでだった様子。時間をちょっと見て、その場で"ベルファスト"を選曲する。
なお、この日は観客に、アイリッシュ・バイオリン奏者が聴きにきてた。
なので今日はアイリッシュはやらない、と言ってた太田だが・・・曲を自分で選んだとたん、笑いながら頭を抱えた。
「タイトルからいかにもアイリッシュだよな〜」
イントロはフリーから。おもむろにバイオリンが、チェロが、変拍子テーマを流麗に奏で、ピアノがしっかり底支えした。
アドリブでは弦がとりわけ活き活きと鳴る。チェロがアドリブからテーマへ。途中をバイオリンが受け継ぐ。
二人の構築した、べらぼうに深みある響きが素晴らしかった。
セカンド・セットは名演ぞろい。
まず黒田の新曲"ちょっとビバップ"は、イントロはクラシカルな響き。タイトルとあわず、少々戸惑った。ところがテーマからビバップ要素を込めた展開に。
ちょっとロレってしまうシーンもあり、奏者が苦笑しながらの演奏となった。
アドリブへ行くと太田がグラッペリを思わせる。スピーディなソロをぶつける。翠川は最初、指弾きでランニング・ベースのフレーズを。やがて弓を持ち直し、ぐいぐいと切り込んだ。
ぼくの今夜のベストは続く"二十億光年の孤独〜『名無し』"。どちらも黒田の曲。後半はタイトル未定のよう。"名無し"と紹介されていた。
「このまま『名無し』ってタイトルが、正式名になりがちですよ」
「はーい。タイトルは決めてきまーす」
からかう太田へ、と黒田は笑いながら応えた。
スケール大きく展開する"二十億光年の孤独"だが、あえて黒田はアコーディオンで奏でる。
バイオリンとチェロのからみを、アコーディオンの太く切ない音色で、ぽつんと表現した。
ピチカートで太田がかすかにテーマの和音を爪弾く。
翠川は弓を駆使し、フラジオやフリーな旋律を存分に弾いた。生音。飾りっけも増幅の支援も無し。ただ、チェロへ向かい、素の音楽をさらけ出した。
アドリブが存分に盛り上がって、僅かなブレイク。翠川が、太田が次の譜面を準備する。
二つ折りにした譜面の裏を見て、何も書かれてないのを確認する太田。リハなしの完全初見で弾いてるんだろうか、もしかして。
そっとアコーディオンを片付けた黒田が、ピアノへ向かった。
ぐんっと音楽が立ち上がり、勢いよく"名無し"が始まる。
一転して雄大で勇壮なテーマが力強く鳴った。
シンフォニーを聴いてるかのよう。三人だけの演奏なのに、おそろしくスケールがでかい。フル・オケで聴きたくなったよ。黒田が打ち鳴らすピアノの響きが素晴らしかった。
翠川の未CD化曲、"ガンボ・スープ"はコミカルに演奏された。
黒田は小さなタンバリンを打ち鳴らす。翠川はチェロのボディを叩き、横にあった鈴を静かに振る。タールを持った太田は、リズミカルにアフリカン・ビートで揺らす。
コミカルな冒頭からゆるやかに音楽が深みを増していった。幾度もテーマのメロディが繰り返される。しゅっと音が消えるようにエンディングを迎えた。
最後の曲もその場で決めたような雰囲気だ。富樫雅彦の"ワルツ・ステップ"。
優雅な3拍子のリズムを保ちつつ、触れたら崩れそうな混沌を旋律で表現する。フリーな展開が続き、おもむろにテーマが現れた。
いっぱいの余韻を残して、音が消える。この曲もとびきりの演奏だった。
大きな拍手が一杯の観客から飛ぶ。
同じ3拍子ってことで、選ばれたのがガリアーノの"Spleen"。
演奏へ夢中になった耳と頭をなだめるかのように、ゆったりと美しい演奏で幕を下ろした。
とても充実したライブだった。特に新曲群の投入が嬉しい。新曲投入にかなり慎重な黒田だが、どの曲もぜひともレパートリーにして欲しいな。
リーダー名を冠された黒田が、どういうバンドの牽引を見せるかにすごく興味ある。
即興ならば立場はイーブンになるかもしれない。しかし曲はどんなにフリーに展開したとしても、必ず曲の底にイメージが残る。バンド名も同じ。名前を列記したセッションとバンドでは必ずニュアンスが違うだろう。
ちなみに。だからこそぼくはこのバンドで、曲も聴きたいが完全即興も聴きたいんだ。
イマジネーションの広がりに、きっとそれぞれの良さがあると思うから。