LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

05/4/16   大泉学園 In-F

出演:黒田+平野+翠川+太田
 (黒田京子:p、平野公祟:sax、翠川敬基:vc、太田恵資:vln)

 黒田京子トリオに平野公祟が加わった編成。
 しかし司会を務めた黒田によれば、企画意図は「黒田+平野の組み合わせに、さまざまなミュージシャンを絡める」だそう。
 もっとも蓋を開けたら、平野が黒田トリオの胸をかりた形になったかも。

 平野の演奏は初めて聴く。ライブハウスより、クラシックなどのコンサートに軸足を置いてるのかな。今までにCD4枚をリリース済。
 ステージにはss,as,ts.bsの四管すべてが並ぶ。音を聴いてすぐ分かった。アカデミックにきっちり訓練されたサックスだ。

<セットリスト>
1.即興#1
2.即興#2
(休憩)
3.即興#3(平野+太田)
4. ?  (平野+黒田)
5.即興#4(平野+翠川)
6.即興#5

 セットリストとは言えないなあ。気は心と言うことで。
 
 「何も決めてません。即興です」
 黒田の挨拶と共に、演奏が始まった。
 極消音のピアノとアルト・サックス。
 ピアニッシモでブレス・ノイズが聴こえない。きちんとサックスが鳴ってる。
 ピアノは翠川敬基にバトンをわたした。チェロはPA無し。生音での勝負。
 静寂の中でアルトとチェロのpppがかすかに響く。
 外を走る、車の音が聴こえた。

 黒田は鍵盤から指を下ろし、二人の音を聴く。
 バイオリンを構える太田恵資。
 彼も今夜はアコースティックのみ。わずかにリバーブをかけたマイクで音を拾う、いつものスタイル。
 チェロとサックスの小さな音は、わずかに変化する。

 太田は音を聴きながら、弓を持ち上げ・・・スッと下ろす。
 そんな仕草を幾度か繰り返した。音に加わる瞬間を伺うように。

 平野は循環呼吸を使いながら、小さくサックスを響かせた。
 ふっと音が途切れた刹那。
 ピアノとバイオリンが同時に切り込んだ。素早く。

 一曲目は30分くらい。平野のサックスを軸に3人の音が絡む。平野と誰かによる、デュオの構図がいくども生まれた。
 テンション高まるシーンがあっても、根本は美しいロングトーン同士の和音が耳に残る。
 楽典はよくわからない。しかし和音の使い方が、ふだんの黒田京子トリオとはちがって聴こえる。
 不協和音らしき、複雑な響きが新鮮だった。

 ぼくはこの1曲目が印象深い。はかなく壊れそうな美しさが素晴らしかった。
 なにも事前に音を確認しない、探りあいで産まれた即興だったからかな。
 
 真っ先に平野、続いて翠川の額に汗が滲む。
 音が展開する中、平野はアルトを置いた。
 ふわりと柔らかく音楽が広がる。弦二本の響きへ、ピアノがきれいに絡んだ。
 聴きながら、平野はサックスへ手を伸ばす。ソプラノへ。いや、アルトへ。テナーへ。
 手を伸ばしては止め、また別のサックスへ手を伸ばす。どのサックスを選ぶか。ずっと悩んでいた。
 ついに平野が選んだのはテナーだった。
 
 かれは旋律を紡ぐより、むしろ単音の連打で勝負した。
 やはりテクニックのすごさへ耳が行く。
 タンギングだけでスケールをきれいに吹いたときは、たまげた。
 循環呼吸もひっきりなしに使用する。

 4人で一気に高まったのは、テナーを平野が吹いたとき。
 生音のチェロは、かき消されてしまうのがつらい。

 しかしクライマックスで音楽は冒頭の世界、静かな地平へ到達する。
 そっと消えたあと・・・立ち見がでた満席の観客からの力強い拍手が、しばらく続いた。

 二曲目はストイックな前曲とうってかわり、コミカルなタッチ。
 黒田が「演奏しなさいっ」と、太田へ強い視線を飛ばす。太田の「ええ〜?」って、戸惑う顔がおかしかった。
 小さなペットボトルを取り出し、息を吹き込む。

 黒田が軽快なピアノのフレーズを重ねた。
 バリサクを持つ平野。この曲はバリトン一本で通した。
 これまたppから。さすがきれいにバリサクを鳴らす。合間に手のひらで口を叩き、ぽこんと響かす。太田への対抗か。

 太田はペットボトルの中身をぐびりと呑んで、ピッチを変えようとする。
 マラカスみたいに振ったりも。
 チェロが加わって、音像が膨らんだ。バリサクはあまり前面でフレーズを重ねず、一歩引いた印象だった。
 15分ほどの演奏。

 休憩中の打ち合わせで、平野を軸にデュオをやることが急遽決まる。
 これが各人の個性がモロに出て、いろんな意味で興味深かった。
 まず、太田と平野。ソプラノ・サックスを使用する。たぶん完全な即興。

 ちょっと空気を探りあい、ほぼ同時に音が出た。
 バイオリンが下地を作り、トラッドっぽい世界を提示する。ソプラノ・サックスは生き生きとメロディを紡いだ。
 デュオの中では、サックスのフレーズ展開がもっとも多彩だった。
 特に合図もなく、音の切れ目でソロが回る。
 太田はアラブ風の歌やホーメイで、サックスを盛り立てつつも自分の音楽も崩さない。濃密なひとときだった。

 続く黒田。今夜のライブ中ここだけ、曲をやったみたい。曲名は不明。
 ヨーロッパ調の情熱的な旋律だった。
 黒田は主催として平野の紹介に徹したか、ソロよりも伴奏に軸足を置く。
 平野はとても気持ちよさそうに、ソプラノを吹きまくった。

 そして翠川の登場。「汗をかかないようにしようね〜」とリラックスさせつつも。
 実際の音楽は相当しぶとい。一筋縄ではいかないところを見せた。

 冒頭からいきなりピアニッシモ。
 またしても外の車の音が聴こえる。in-Fで演奏中にこれほど静かなこと、めったにない。
 ただ静かなわけではない。きっちり音楽は鳴っている。

 次第にテンションが上がった。
 主導権は翠川だろう。ところが平野に要求する音楽観を、がらがら変える。

 いつしか怒涛のフリージャズに。弓をほつれさせ、翠川はこれでもかと平野を追い詰めた。バリサクで平野は立ち向かう。
 とたんに翠川はランニングのフレーズへ。
 オーソドックスなジャズに切り替え、ファンキーなソロを必要とさせた。
 翠川は容赦なくチェロのピチカートで平野をあおった。

 平野がフレーズをさぐり、しだいにジャズになりかけた。
 が、またしても。するりと翠川はきれいなピアニッシモの世界へ飛ぶ。
 もう、この時点で平野は汗みどろ。
 ラストは翠川がソロでチェロをかすかに弾き、幕を下ろした。翠川の怖さを垣間見たデュオだった。

 ここで平野は一休み。しばらく三人で演奏したあと、平野が加わることに。
 彼のリクエストで翠川と太田のデュオから。
 改まってのデュオで照れてるように、アイコンタクトだけが飛び交う。しばしの前置き。
 
 しかし音が出たとたんにアイディアが存分に膨らむ。滑らかな響きを基調に展開した。
 バイオリンのソロもごく自然に馴染む。
 5分くらいデュオをやってたかな?黒田が背筋を伸ばし、鍵盤へ指を落とす。
 弦同士の親密な対話へ、いともたやすくピアノが加わった。

 三人のアンサンブルを聴いていた平野は、むくりと立ち上がった。手に取ったのはソプラノ。
 黒田京子トリオの音楽は、わずかにベクトルが変わった。

 まず平野は高らかにソプラノを吹いた。ベルを上げ、睥睨するようにぐるりと客席に向けてまわす。
 アドリブもサックスは取るが、ソロ回しのムードがないのが新鮮だった。

 太田のバイオリンはずいぶん気を使ってるように聴こえた。根本はもちろん、自由だけれど。
 とにかくアンサンブルの弛緩を逃さない。隙あらばバイオリンのアドリブが滑り込む。
 ところがサックスがメロディを吹き始めたとたん、すぐさまバイオリンはバッキングに溶け込んでしまう。
 あまりにも身軽な音の変貌に舌を巻いた。

 翠川はアルコを多用。アドリブもそこかしこで挿入するが、むしろ根本を支えるイメージか。
 ときにトリッキーな奏法も使用し、サウンドの表情に刺激をもたせ続ける。
 前半セット、二曲目の冒頭だったかなあ。単音で弦を歪んで響かせ、じわじわあぶった音が忘れられない。

 ダイナミックなピアノを聞かせたのは黒田。アンサンブル全部のまとめ役だった。
 力強く鍵盤が鳴らされ、時に手はピアノのボディを叩く。アドリブはサウンドを包み、次の展開を促した。
 軽やかな音を多く使い、ロマンティックな世界を次々表示させてた。
 
 後半最後の曲は、やはり静かに終わったような気がする。
 奏者が顔を見合わせた。
 ふっと緊張が切れ、観客へ終わりと知らせる。
 観客からいつまでも、大きな拍手が飛んだ。

 平野は即興演奏も踏まえた音楽性だが、黒田京子トリオを相手にしては、分が悪く感じたところも、正直あった。
 けれどテクニックに裏打ちされたサックスは、やはり聴き応えあり。

 しかし初対面こその、緊張した音楽は味わい深かった。
 黒田はアコーディオン、太田はメガホンやハンド・パーカッションを準備するも使わず。
 あくまで楽器一つで平野の音楽に立ち向かった。むしろ他の楽器を使わせなかったのが、平野の存在感がなせる技だったのかもしれない。

 今後は「黒田+平野」を軸に企画は進めるという。
 でも黒田京子トリオにゲストを招いて、ってライブも聴いてみたくなった。今回のライブを聴いてて、つくづく思う。
 黒田トリオは即興のリトマス試験紙みたい。共演者の即興度合いや姿勢を浮き彫りにできそう。

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