LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

04/8/11    代々木 ナル 

出演:黒田京子トリオ
 (黒田京子:p、翠川敬基:vc、太田恵資:vln,etc)

 "ブラームス・プロジェクト"は「In-F」の仕切りで`04/1〜/7まで期間限定で結成された。が、このユニットは嬉しいことにプロジェクト完了後も、継続活動することとなった。
 今夜がハコを変えての最初のライブ。プロジェクトのプレッシャーを跳ねのけた今、どんな演奏を繰り出すか楽しみだった。

<セットリスト>*" "は、曲名があいまいです。 
1.Seul-B(翠川)
2."ホバリング"(ベル・ホランド?)
3.ベルファスト(梅津和時)
4.バカな私(黒田)
 (休憩)
5."HAZE"(富樫雅彦)
6."イッツ・チューンズ"(〃)
7."Passing"(〃)
8."バレンシア"(〃)
9.   ?
(アンコール)
10."ジュ・テーム・?"

 思い切り不完全なセットリストですがご容赦を。

 黒田京子カルテットと銘打っても、実際は3人が対等のユニット。仕事を持ってきたメンバーがリーダーになる仕組みとか。
 今夜は黒田の仕切りで、月例ライブの一環で設定された。

 今夜は18時からリハだという。
 19時くらいに店内へ入ると、ちょうどリハが終わるとこ。開演まで40分くらい、メンバーはじっくり打合せていた。

 ナルへ初めて行ったが、落ち着けるジャズバー。ステージのスペースが特になく、大入り満員だと聴くのがちょっと苦しそう。
 音の響きもリバーブが素直に届いてきれいだったな。

 今夜は全てがアコースティック編成。
 翠川はアンプで、太田は上からマイクで拾う。特に音へ違和感なかった。

 まず緑化計画のレパートリー"Seul-B"から。
 翠川と太田による、静かでフリーなイントロから。黒田は微笑んで二人の演奏を聴いていた。

 おもむろに登場する主旋律。チェロの導きにバイオリンが応えたはず。
 そっとピアノも加わった。
 最初は右手だけ。低音部から高音部まで、ひらひらと指が踊る。

 たまたまピアノの演奏がよく見える位置で聴いていた。予想以上に黒田のゴースト・ノートが多くて楽しめた。
 指は鍵盤の表面だけを叩き、実音として出さない。
 つまり鍵盤を抑える一連の動作のすべてが、音になってはいないってこと。
 イメージに浮かんだ全ての音を発生させず、とっさに取捨選択してる。

 指の動きだけ見てると、かなり濃密な音符が鳴ってるみたい。
 なのに実際に聴こえるのは、スペースを生かしたストイックで優しいピアノ。 
 黒田の綺麗な音世界の秘密を覗いた気分で楽しかった。

 "Seul-B"はしっとりした曲だが、アドリブ部分では力がこもる。
 弦奏者はどちらも、弓の毛を幾本もほつれさせていた。
 アタックが強く激しい瞬間もかなりあり。
 しかし3人とも闇雲に空間を音で埋め尽くさず、息苦しさはない。

 黒田が靴で力強く床板を打ち鳴らした。ぴっと空気が引き締まる。

 2曲目はベル・ホランド作の"ホバリング"と聴こえたが、自信ない。
 「ヘリコプターがホバリングする、そのタイトルがついてます」と、黒田が腕をひらひらさせ曲目を紹介。

 けっこうクラシカルな香り。ピアノとバイオリンでテーマを追っかけるように演奏する。
 中盤で太田はメガホンを取り出し、ドイツ語っぽい言葉で低く語った。退廃的なムードが素晴らしく曲に似合ってた。
 メガホンを置くときには、低くサイレンを鳴らす。

 演奏には、いわゆるソロ回しの約束事なし。
 太田がメインでソロを取り、自然発生でアドリブが繋がる。

 この曲に限らず、黒田が弾きやめて二人の音世界に耳を傾けるシーンがしばしば。
 後半の4曲目だったかな?太田も同様のシーンあり。
 入る隙を伺うのでなく、アレンジの一環として弾きやめるスタンスがなんだか新鮮だった。
 いままで聴いてきたフリージャズは、とにかく音を埋め尽くしがち。
 演奏をやめても果し合いのように、次の参入チャンスを伺うシーンが多かったから。
 ま、このユニットは"フリージャズ"を、やってるつもりなさそう。

 続いて梅津の名曲"ベルファスト"。
 以前の"ブラ・プロ"で聴いたとき、ハマりっぷりがすごくて。また聴きたかったから嬉しい。
 イントロは太田。ちょっとフェイクさせたテーマをワンコーラス。

 チェロが加わり、朗々とバイオリンがテーマを奏でる。そこへピアノも加わった。
 今夜は全体的に抑え気味だった翠川だが、いざソロでは魅力的なフレーズを提示する。

 どこまで決め事か知らない。もしかしたら徹底的に小節数まで決まってるの?
 おっそろしく構築された演奏だった。特にエンディング前。
 静かに進む空気をピアノが一閃、とたんに3人のテンションががらり変わって盛り上がる。鳥肌たった。

 前半最後は、黒田の"バカな私"。これも"ブラ・プロ"でやってたな。
 まず英語で一声、黒田が喋る。それを受ける太田。
 翠川が"ハラーショ"とロシア語でかき混ぜ、コミカルなボイスのやり取りがイントロだった。

 チェロはエンドピンを弾き、バイオリンは弦の根元ぎりぎりを曳く。ピアノはボディを叩いたり、鍵盤を薄く撫ぜたり。
 お約束のように翠川が一節ブラームスを弾き、客席から笑いが漏れた。
 黒田も混沌の合間に、ちょっと旋律を匂わせる。太田が苦笑してたなあ。

 テーマらしきものはなく、いきなりソロへ。バイオリンからピアノ、チェロへときっちりソロを回す。
 ウクレレみたいにバイオリンを構え、太田がソロをとったのもこの曲だったはず。

 しだいに演奏が盛り上がる。
 「ワン、ツー、スリー、フォー!」
 抜群のタイミングで、黒田が高らかにカウントした。
 テーマへ雪崩れる。力強く、幾度もメロディが繰り返された。
 
 たっぷり休憩があったあと、後半は富樫雅彦(ds)の曲を4連発。
 (7)だけが、このメンバーで始めて演奏するそう。
 黒田が曲目紹介をするも、いまいち聴き取れず。

 (5)は"Haze"と聴こえた。クラシカルで静かな小品。
 アドリブ部分があったにせよ、それと悟らせない。きっちり構築した美しい演奏だった。
 この曲に限らず。どの曲も美しいメロディで驚いた。
 ほとんど富樫の盤を聴いてなく、もっとパーカッシブなメロディ描く人と思いこんでたもので。
 
 続く"イッツ・チューンズ(?)"は、ぐっとアップテンポ。

 そして(7)は曲名をまったく聴き取れず。家で富樫のCD聴いてのヤマカンです。間違ってるかなあ。
 仮に演奏されたのが"Passing"なら、富樫が"モーション"(1977)に吹き込んだ曲。この盤ではベースを翠川自身が弾いていた。

 ならば27年の時を経て翠川が楽器を変え、この曲を再解釈する瞬間を聴けたことになる。
 この感想を書きながら、なんだかしみじみしてしまった。
 思い込みで盛り上がってもしゃあないが。

 とにかく(7)はチェロがピチカートで同じパターンを繰り返す曲。太田はハンドドラムで静かにビートを補完する。
 メロディはピアノ。チェロのオスティナートを包むように、優しく旋律を奏でた。

 聴いててアフリカっぽい香りがした。
 曲が持つ性質なのか、奏者による味付けなのか。よくわからない。

 続く"バレンシア"もアフリカっぽかった。
 とにかくテーマのメロディがとびっきり美しい。メロディを家へ持って帰りたい。彼らの演奏をCDで聴きたいなあ。

 圧巻は太田のボーカル。見事に曲にはまってた。
 アラブっぽい言葉とメロディだが、イメージしたのはアフリカ音楽。
 セネガルの音楽を連想した。例えるならイスマエル・ローやユッスー・ンドゥール・・・と言えば、伝わりやすいだろうか。

 実際にはもっと素朴で、グリオ(吟遊詩人)っぽい。
 でもグリオはろくに聴いたことなく、ミュージシャン名が出てこない・・・。こんなあやふやな知識なのに。
 黒田京子トリオを聴いてて、アフリカの印象を感じたのは初めて。なぜだろう。自分でもよくわからない。

 ラスト2曲は譜面演奏となった。両方ともクラシックかな?すみません、曲目不明です。
 といっても堅苦しさはない。譜面をベースに独自の音楽を組み立てた。
 冒頭はバイオリンとチェロのフリーなデュオから。

 全部譜面だったのかなあ。曲が進むにつれ、黒田は素早く譜面をめくる。
 太田はめくりそびれて慌ててみせる、コミカルな一幕も。
 スペイン、フランス・・・そのあたりのメロディっぽかった。

 コーダは派手に。太田がなかなか弾きやめず、いくどもいくども最後のフレーズを繰り返す。
 翠川を苦笑させたのがこの曲だっけ。・・・アンコールだったかも。うーん、記憶があいまいです。

 とにかく演奏が終わったとたん、盛大な拍手が。でもアンコールをやるつもりはなかったらしい。
 「今来たお客さんもいますよ」というスタッフの言葉をきっかけに、メンバーがステージへ戻った。

 やはり譜面での演奏。「繰り返し(記号)は長くなるからカットね」と翠川が指定する。
 最初はピアノとチェロにて。ほとんど初見という太田は、ここで初めてじっくり譜面を見ていた。
 メインセット最後の曲では譜面を置いても、目をつぶった格好で見るそぶりなかったのに。

 出るタイミングの小節を数えてる太田へ「愛してるわ〜。太田さん〜。翠川さん〜」と、呼びかける黒田。"ジュ・テーム・(なんとか)"の曲名に引っ掛け、茶目っ気で。
 とっさに声がかかり、小節数が分からなくなったらしい。太田が思い切り苦笑してた。
 このあとは堂々と声に出して小節を数えるさまが可笑しかった。

 終演時間は22時半を軽く回る。
 ユニット独特のロマンティシズムと構築性を兼ね備えた、極上のアンサンブルだった。
 全員がリラックスして互いの音を聴き、素早く反応して包みあう。
 
 それでいて音の濃密さに溺れることがない。すっきり風通しよく、音楽の組み立てを聴ける。
 本当に親和度の高いユニットだ。しかも聴くたびに新鮮さがある。また次のライブが聴きたくなる。
 個性的な音が合わさって、すごく親しみやすく奥深い音楽が産まれた。

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