LIVE レビュー

見に行って、楽しかったLIVEの感想です。

2004/7/17   大泉学園 In-F

  〜『ブラームス・プロジェクト』〜
出演:翠川+太田+黒田
 (翠川敬基:vc、太田恵資:vn、黒田京子:p)

 今年1月に始動した"ブラ・プロ"の最終公演。演目は公然の秘密になっていた。
 ふだんクラシックを演奏しない(翠川敬基は別だが)ミュージシャンは、ブラームスとどう対峙するか。それが聴きどころ。

 盛況の客入り。椅子席は予約であっさり埋まり立ち見も幾人か出る。40人くらい入ったか。
 黒田京子が客席へ尋ねたとき、初めてブラ・プロを見る観客が2割ほどいて意外だった。クラシック好きも訪れたってことか。

 ステージのスペースは照明が落とされ、今夜はBGMも何もなし。観客へも緊張をあおる演出だった。
 ピアノの調律も数時間かけて入念に準備されたそう。万全の態勢だな。

 開演前はどのミュージシャンもぎこちない。みな服装は黒でシックにまとめる。
 黒田は開演前まで店外へ。太田恵資はピアノに載せた譜面を見つつ、ぎりぎりまで確認に余念がない。
 クラシック演奏に慣れて余裕だろうと予想してた翠川すら、緊張の面持ちでチューハイの缶を傾けていた。

 20時を15分ほどまわり、いよいよ幕が開く。
 今夜は小細工なし。PAなしで明るくステージが照らされる。

 店長から挨拶と諸注意(禁煙、"奏者の強い意向により"録音禁止)など前説が入る。

 今夜は全てクラシックのレパートリー。フリー要素は一切なし。
 翠川さんが「フリーとクラシックは指の当て方が違うからね。集中するために、この日はクラシックしかやらないよ」と以前、言われたっけ。

<セットリスト>*
1.ヘンデル:ソナタ
2.グラッペリ「フィリンゲンの思い出」〜ドルドア「思い出」
3.フォーレ「夢のあとに」
4.シューベルト「ピアノ三重奏曲第1番変ロ長調 第2楽章」
 (休憩)
5.ブラームス「ピアノ三重奏曲第1番ロ長調」
 (アンコール)
6.ピアソラ「オブリヴィオン」 
*Thanks to Furaさん

 一曲目はヘンデルのソナタ。翠川と黒田のみで、太田は椅子に腰掛ける。
 視線を合わせ、翠川の深い吸気を合図に始まった。
 厳粛に美しく奏でられる。ピアノの音が凛と優しく響いた。
 音が予想ほど響かない。小さく聴こえるほど。

 4楽章構成だったはず。どの楽章も冒頭は二人のアイコンタクト。そして翠川の鋭い呼吸だった。
 チェロの豊かなビブラートと、そっと鳴るピアノのアンサンブルが素敵だった。
 曲の合間、かすかに歌声。あれは黒田が歌ってたのかな。

 続いて太田によるメドレー。一曲目がステファン・グラッペリの曲。
「ちょっと反則ですが」って太田が笑ってみせる。
 そしてクラシックへつなげた。有名なメロディだが、曲名忘れちゃった。すみません。

 冒頭のグラッペリも豊かな旋律が美しい。
 アドリブの展開はないと思う。コーダから間をおかず、黒田が次のイントロを弾き、クラシックへつなげた。
 クラシックを弾く太田を見るのは初めて。もっともプロになって初めての経験らしいが。

 デュオ編成だしダイナミクスを奔放に変え、ロマンティックに弾き倒すと思いきや。そおっと音を優しく扱った。
 高音部分の響きはかすかにトラッド風味も。太田らしく強いビブラートで奏でる。
 意識しての演奏かは分からないが、長く伸ばしてほんのり掠れる響きは、独特の寂しさがきれいだった。

 前半セットはあと2曲。ここから3人編成で演奏したはず。今日の感想はひときわ記憶に自信ない。
 シューベルトを演奏したのは最後の曲だったか。
 ぼくは太田よりの位置で聴いており、3人揃って弾くとppの時には、少々翠川の音が聴こえづらかった。

 ピアノの音はどんなに小さく鳴っても、しっかりサウンドを支える。
 黒田が優雅に鍵盤より引き出すピアノは、雲の上へいるように柔らかく響いた。

 とびきり印象に残ったシーンがひとつ。あれは3曲目か、4曲目か。
 チェロとバイオリンが交互に旋律を弾いていた。ピアノが二人の交換を静かに眺める。

 中盤、盛り上がったところで。バイオリンとチェロがユニゾンで奏でる。
 タララララ、と八分音符を一塊。
 そのアンサンブルが素晴らしく美しくって。背骨にぞくっと来たよ。

 前半は40分弱ってとこ。
 休憩挟んだ後半は『ブラームス・ピアノ三重奏曲第1番』の一本勝負。
 「あと40分で打ち上げだ〜」って、こそっと笑う太田が可笑しかった。

 旋律が流れる。今までのブラ・プロのライブで、翠川がさわりを弾いたこともあった。
 ロマンティックなメロディが積み重なり、情熱的に溢れる。
  
 この曲を事前に予習して、今日のライブへ臨んだわけじゃない。
 予備知識なしで音楽と向かい、存分に楽しんだ。
 交錯する響きは滑らかで、どれもが説得力ある和音とフレーズだった。

 もっと重厚で分かりづらいと思ってたが、かなり予想と違う。
 いいなあ。CD欲しくなった。

 前半よりもブラームスのほうが、アンサンブルは締まってた。
 自然体で演奏してたのは翠川か。音の粒が滑らかで、譜面をめくりながらどっしり落ち着いてる。

 翠川はビブラートのかけ方が太田とちょっと違う。
 ひとつながりの音符の節目で、ごく一呼吸置いたあと、細かく音を震わせる。
 いっぽう太田は音を当てたの瞬間から、ダイナミックにビブラートをかけるタイプ。

 今までのブラ・プロではこの二人のビブラートの違いも聴きものだった。 だけどブラームスでは、どうやら翠川が曲の部分でビブラートのかけ方を変えてたみたい。太田にあわせダイナミックなビブラートを取り入れてたと思う。

 黒田のピアノは疾走する。音が次々溢れ、丸く膨らんで弦の二人をしっかりと支えた。
 軽やかに弾ききりながら、素早く譜面をめくる。
 しとやかにたたずむ弦を、繊細に包み込む。きめ細かく音が弾んだ。

 ちなみにピアノの譜面は終演後に、ご好意で見せて頂いた。
 すみずみまで書き込みがいっぱい。たまげた。

 クラシックは感想が難しい・・・なんと書いたらいいのやら。
 音の流れに耳を傾けてると、どんどん曲が進んでしまう。

 終楽章に向けて、ぐいぐいテンション上がる。
 この流れがいかにもで面白かった。テンポが速まるとかじゃなく、音の艶が見る見る増すんだ。 

 クライマックスのアンサンブルはひときわ輝く。
 太田のバイオリンがここぞと甘く鳴った。
 コーダに向けて音がはじける。そして着地。

 盛大な拍手がやまない。店内一杯、拍手で包まれた。
 そしてアンコールへ。

 「ピアソラの『忘却』です。・・・忘れてね」
 翠川が曲名を告げ、にっこり笑った。

 ソロ回しはなく、譜面をもとにした短めの演奏。ピアノはさりげなくアドリブも混ぜてたらしいが気がつかず。
 アンコールというより、余韻みたいな気分で聴いていた。
 ブラームスで高揚した耳を、そっとなだめるようだった。
 
 ライブの時間は短めだが、充実。またぜひ聴きたい。
 太田や黒田がクラシックを弾く姿なんて、そう見られるもんじゃない。

 ユニットは今夜で解散せず、継続活動が決まってる。
 「もうブラームスはやらないよ」と口をそろえて宣言してましたが。

 一里塚"ブラームス"を越した経験を、どう即興へ昇華させるのか。次のライブが楽しみだ。
 今まで数度見たが、この3人による演奏の親和度は尋常じゃないよ。

 

 

 

 ここからは余談です。

 演奏の細かい事故はいくつかあった。気づいたものもあり、気づかなかったものもあり。
 ぼくは音色や響きの処理へ耳が行くが、奏者はさらに楽譜の再現性もこだわってた。別に不思議じゃないが、正直、意外だった。

 太田さんの悔しがりようが凄く、しきりにリベンジを宣言する。
 「おんなじ曲をやってもつまらないよ」
 って提案してた翠川さんの言葉がさすが。

 どうやらバイオリンが落ちた箇所もあったらしい。ピアノを弾きながらバイオリンのパートまで歌う黒田さんへ、太田さんは賛辞を惜しまなかった。
 かくいう黒田さんも「あと3日ほしい」と更なる高みを目指す。

 「間違えたっていいじゃない。今まで間違えずに弾いてきたわけじゃあるまいし」
 翠川さんの言葉が、すごく的を射ていたと思う。

 事故があろうが関係ない。今夜の顔ぶれがどうブラームスを料理するかを聴きたかった。
 もし譜面の再現性にこだわるならば、クラシックのCDが何枚も出てる。 それぞれの奏者がどう弾くかを、目の前でわくわく聴くことが楽しさだろう。

 話はそれるが。ぼくがクラシックのライブへ行ってたときのことを思い出した。20年位前かな。検事の耳で聴いてると気づいて、慄然としたんだ。
 「あ、間違えた」「あ、遅れてる」
 ・・・これってコンサートの聴き方じゃないよ。そんな自分に嫌気がさして、クラシックからあえて遠ざかったっけ。

 まあそうは言っても。こんなの聴き手の勝手な言い草ですね。
 奏者の目標ハードルがいかに高いか。打ち上げでの言葉を伺いながら、つくづく感じた。

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