Merzbow Works

Wildwood (2015:Dirter Promotions)

Recorded & Mixed at Munemihouse, Tokyo 2014-2015.
Music By Masami Akita

 じっくり録音した作品のようだ。アナログ・シンセを多用し、ときにスッキリした音像でユーモラスな余裕も見せる。もちろん緻密に構築したノイズ・オーケストレーションの妙味もたっぷり。
 シンセ・ループを素地に土台や安定を構えた上で、奔放に上物で暴れる。緻密さと剛腕の双方がバランス良く整った一枚だ。

 動物愛護のテーマ性を持った4部作で、CDの販売利益は全てWildwoodに寄付という。Wildwoodとは英の自然公園であり動物愛護団体。Webをざっと見た限り、本盤に言及したコメントは見当たらない。Wildwoodのロゴを使っており、まったくメルツバウが自主的にWildwoodへアピールではないと思うが・・・客層の違いなど、いろいろあるとは思うがなんか釈然としない。

 Wildwoodは14年の11月にブルガリアで2頭のクマを救助した。コンクリートの囲いと乾燥餌のみで飼育され野生を失われていた。それらの育成費用の一助に本CDの利益をあてるそう。 

<全曲紹介>

1."Kuma No Mori / Moon"  10:52

 いきなりフェイドイン気味にシンセのループ。すっきりした響きへ、みるみるとノイズが被さり分厚い響きを出した。分離良く定位しており、混沌よりも深い森林を連想する。絡み合った枝の隙間から、次の枝が見えるように。
 ノイズ群のバランスはしばしば入れ替わる。冒頭のループは聴こえ続けるが、新たな振動や噴出が次々に全面で踊った。

 この楽曲タイトルは"月"。しかし静謐や荘厳とは無縁。賑やかに躍動するパワーを感じる。この月の下では、活動はやまないようだ。傲然と硬い電子ノイズと豊かなシンセの轟きが並列した。
 リフがリズミックに鳴り、ノイズが次々としなやかに轟く。すっきりと奇麗な曲だ。

2."Kuma No Mori / Night" 18:05

 サイレンめいたシンセの響きが、音程を変えながらグニャリと形を変えていく。ぬめる生命力とはじける躍動感が心地良い。じわじわと沸き立つシンセの鈍い揺らめきの上で、のびのびと動き続けた。
 しだいに音数を増していく背後のノイズ。全てがシンセかアナログ・ノイズかな。なんだか生き生きした味わいを覚える。つんざくフィルター・ノイズは、波形編集だろうか。
 豪快で剛腕なシンセの音は、ノイズの中へじわり吸収された。複数の脈動がせわしなく溢れ、耳をつんざく美しい精密な音像を作った。隅々まで隙が無く、繊細で激しい美学に満ちた。
 通り一遍でなく、浮かんでは沈み、膨らんではしぼむ。そして新たに盛り上がる。うねりながら生き続けた。静物画のようでいて、肉体性をも内包する。

 12分辺りでいったん方向性がまとまった。細部をばらつき散らせながらも、ゆっくりと前へ進む。そして切り倒す大きなうねりのノイズ。14分半以降の剛腕な進行もスリリングだ。埋め尽くす細かな空気の中、太い音が突き進む。
 ときおりふっと、姿勢や立ち位置を大きく変えて。周波数帯を操るメルツバウならではのダイナミズム。エンディングに向かってテンションが上がった。 
 すっ、とカットアウト。

3."Kuma No Mori / Winter" 19:34

 シンセのループが再び。今度は幾分、響きを低くして高音要素を足し、スペイシーさが強調された。フィルターノイズも直径を大きく広げ、奥行ある余裕のスピード性を出す。 太く深く、薄暗い。前曲後半の切り裂く音も、ちょっと色合いを変えて足されてるようだ。重たく鈍い吹き荒びが、冬の表現か。
 
 うねりを常に残した音像のため、若干のビート性を常に係留する。完全な混沌や無秩序では無い。何らかの規則性が、飛びすさびそうな構造をきっちりと固めてる。噴出する音の畳み掛けとは違う。明確なループとして背後で引っ張り続けた。

 だが上物と全貌は奔放だ。シンセの鮮やかな響きが、自在に暴れる。幾層にも重なったシンセの布が広がったうえで、強力なスプレーみたいなシンセが小刻みに噴出した。
 脈動する大きな動きと別ビートで。それが消えると、今度は新たな幅広い風の奔流に変わった。耳を澄ますと、音像の奥で細かい変化は起こっている。自然でも、まったくの同じ連続があり得ないように。
 近年のメルツバウのノイズで、優れている一つが非連続性だ。ループを重ねてるように見せかけ、常に細かく音像を変えている。

 11分過ぎでループが溶けて、急に浮遊感を覚えた。低音を控え、飛翔する。再び脈動が現れた上で、軋むノイズが身をよじった。幾度も現れた、ゴムみたいなシンセの音色加工品が正体か。
 つんのめり気味に追い立てるループに負けじと、フィルターノイズを幾本も仕立ててシンセが、か細く揺れる。まるで鳥の声みたい。さらに音色を強めたシンセは、こんどは人の声のごとく音程を下げて震えた。

 メルツバウはさらに変化を加える。すっと音を引き、空虚な奥行の世界へ。すっきり整理された音像で、のびのびと右チャンネルのハーシュが暴れた。フィルター加工は激しいが、ループはまだ残って係留する。
 そそり立つ太い音は、音色を変え表情が移った。どんどんと空虚を増す。シンセの鳥が素早くあらわれ、威勢よく啼いた。たちまち音色が変わって背景に溶けてしまう。脈動と太いシンセの対話がエンディング。寂しげにフェイド・アウトした。

4."Kuma No Mori / Guitar"  16:24

 じわじわとフェイド・イン。これまで曲名「クマの森」の副題は、月、夜、冬とまがりなりに自然世界の言葉だった。だが、ここにきて副題はギター。いっきに人間臭さが前に出る。
 ハーシュノイズはエレキギターの代名詞と思う。音程部分を排除し、轟音で唸るディストーションの美味しいところだけ抜き出す魅力を、ハーシュは秘めていると思う。

 この曲もそんな方向性か?と期待させて。冒頭はすごく拍子抜け。分厚い幕を仕立てた隣の部屋の音を聴いてるかのよう。激しい脈動とハーシュが数本暴れている様子はうかがえるが、音像はものすごく抑えられた。ドアの奥で熱狂へ、指をくわえ眺めてるかのよう。

 4分経過頃に、ようやく炸裂の萌芽が現れた。奥ではマグマが幾本も突き立ち、大暴れ。ついに扉が溶け落ち、ノイズがぐいぐいと前へ迫ってきた。野太いノイズが複数本、隙間なくみっちりと立ち並ぶ。さらにわずかな隙間を巡ってせめぎ合った。
 軋みはじけ飛ばん空気が濃密に塗りつぶされる。それでいて細部の精度はクリアだ。

 冒頭のもどかしさが嘘のよう。派手に目の前で暴れるノイズ群の、凄みと迫力。もはや目の前に余裕もゆとりもない。剛腕ノイズの奔出が隙無く迫った。
 ばらつくプロペラめいた回転。無秩序に蠢くノイズ。改めて思う。どの辺が"ギター"だろう?
   (2015/9:記)

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