Merzbow Works

Vibractance(E(r)ostarate:1997)

Composed and performed by Masami Akita
Recorded and mixed at ZSF product studio,Tokyo,Japan

 フランスのレーベルからリリース。表ジャケに"4-track CD"とある。普通にステレオで聴けるが、文字通り解釈するなら4トラ盤。その環境だと、四方八方からノイズが染み出してくるのだろうか。味わってみたい。

 表1には色々な秒数や分数がデザインされた。本盤の収録時間は42分ほど。したがって、"57,59"と書かれた数字は、明らかにトラック収録時間の表記ではない。
 これらの数字は何らかの意味を持つのだろうか。何らかのストーリーを持つのだろうか。

 タイトルの"Vibractance"は造語かな?収録曲は以下のように"vibrating sand"から始まり、"reactance"で終わる。
 砂が振動し探索、そして収まるべき箱を見つける。風とともに移動し、位置を変える。そんな埒も無い流れを頭へ浮かべた。

 "reactance"をどう定義づけるか。Wikiによれば、"リアクタンス"とは
 『交流回路において、コイルやコンデンサなどに発生する擬似的な電気抵抗のことである。リアクタンスは擬似的な抵抗であるため、実際にはリアクタンスでエネルギーは消費されない。』
 と、定義される。"擬似的"か、それとも"抵抗か"。どちらのニュアンスをこめたと推定しよう。それとも録音した音楽そのものへの意味合いかもしれない。
 そもそも上記のようなことを考えるのは、全く無意味かもしれない。

 当時のメルツバウはラップトップへ移行する寸前ごろ。本作ではハーシュ一辺倒でなく、隙間の多いアンビエントともいえるアプローチを見せた。メルツバウとして稀少な作品。
 さらに本作は音楽の構成が物語的な流れあり。アイディアを次々に放り込み、重層的なメルツバウの得意要素は薄い。

 ぐっと音数を絞り、物語性の強いノイズに仕上げた。秋田昌美が本作を即興的に作ったかはわからない。出来上がった作品は、ともあれ細かく練られた感触。
 筆者の脳裏に浮かんだイメージは以下のごとく。これを聴くあなたは、どのような風景を描くだろうか。

<全曲紹介>
1.vibrating sand(11:23)

 不穏な電子音の揺らぎ。唸るように震え、辺りを窺う。低音がじんわり滲んだ。
 メルツバウにしては珍しいほど、サウンドに変化がなくしばし続く。
 新たなノイズを求めて、かすかな音に耳を澄ます。いったん現れかけて、表面のノイズに溶けた。

 厚みを出すように、表面をてらめかすように。音が膨らみ、奔出するフィルター・ノイズへ変わった。表題を踏まえるならば、砂が噴出すがごとく。細密なノイズは互いに癒着し、厚みを帯びて突入した。
 激しさを増し、音程が心なしか下がる。先端が尖り硬度を増し、超高音に変化して飛び上がった。

 中空を突き進む。僅かに風切り音をまとって。透き通った表面が空虚に浮かんだ。
 進出をとめ、一点に漂う。無造作に。
 鳥のさえずりが電子加工で作られ、低音と同調してく。

 ちなみにこの当時、メルツバウはビーガンを提唱していない。うがちすぎだが、後の展開との一貫性が垣間見えて興味深い。
 
 ハーシュの高まりが沸き起こるが、炸裂はしない。分厚い布越しに動きをみるようだ。太いパイプを通し、音がやけにうつろに響く。

2.sonar(12:17)

 前曲から切れ目無し、唐突に曲が進む。めまぐるしい動きは低音、高音。そしてドローンの低音。メルツバウの作品でも、音が少ない構成。
 新しい電子音がぴこぴことさえずった。
 スピードは伏せ、周辺を探索するかごとく。タイトルとぴたりイメージが合う、稀有な作品。

 油断させ、メタリックなハーシュ・ノイズが炸裂する。サンプリングした音を電気変調したかのごとく、破裂音は持続する轟音と変化した。
 ぴこぴこも波長を高め、強烈なハーシュのベクトルと同調を図る。

 ふっと拭い去られたノイズは、単体の一本線へ収斂した。背後で新たな要素が蠢くものの、中心線が動き、泡立ち、主役を譲らない。
 ぐいっと体表を広げ、探知範囲を広げた。泡立つ水の中へ。ざわめく室内へ。残響を引きずり、大空へ。
 
 またしても空しいムードが漂う。ハーシュであってもはじけない。内省的に散発なノイズを操っては新たなものへ手を伸ばす。

 雑念を振り払うかのように、きりきりと高まる音で空間を貫き、疾走した。
 じんわりと速度を落とし、ランダムに回転しながら辺りをうかがう。
 最後は表情を消し、シンプルな電子ノイズをあっけらかんと提示した。

3.frame(4:09)

 吹き飛ぶ。ソニック・ブームを残して。反転し、また襲来。
 鈍いノイズが底光りする振動と唸りが周辺の砕片を粉砕させた。じわじわと着地に向かい、ノズルから大量の火花を散らす。
 誘導発振めいた電子音が寄り添い、極低音の震えとあいまった。
 シンプルに曲は終わりを告げる。

 そして母機は、地表を目指した。

4.wind/reactance(14:07)

 場面は内部へ。外のノイズは確認でごく小さく受け止めるのみ。たまにボリュームを上げ、詳細を分析する。ゴムのような一連の流れる響きで、意思の疎通をしあう。
 フィルター・ノイズの分析が流れて、別の形へ変容された。太い低音がにゅっと顔を出し手は沈む。

 甲高く議論が始まっても、どこか余裕ある。ひとつのノイズへ情報をぎゅっと凝縮したか。
 分析の速度を高め、結論が出たか。ゆっくりとぐろを巻いて、安定へ向かう。
 賑やかな電子音が壁を飾り、収斂した。パルスは定期性を持ち、静かな電子音楽へ。
 滴る電気もいつしか止まる。漂う数本のノイズが、埃を取り去る。清掃をはじめ、次の移動へ向けて眠りに向かうのか。

 電源は入っている。規則的な振動。中大域の電子音がにょっと現れ、低音と混ざってゆく。やがて終息へ。ぎりぎりと賑やかに力を蓄えて。
 ノズルが吼える。地中深くもぐってゆく。繭を作り、防御壁を纏った。
 最後は淡々と吐息が続く。長々と。  (2007.8記)

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