Merzbow Works

SCSI DUCK (Fourth dimension:2004)

All music Masami Akita
at bedroom Tokyo May-Sep 2003

 04年の初頭にショップへ並んだ新録音作品。
 表ジャケは画像処理後に線画でなぞったような、アヒル(?)の写真。裏はかわせみかな?いや、表ジャケの変形かも。

 5月から9月まで、おそらく断続的に録音した作品を集めた一枚。
 ループ処理もすっかり馴染み、ゆったりしたインダストリアル・ノイズ風味につつまれてる。
 繰り返しと変形を多用しつつ、高速ビートで畳み込む展開を使わないのがメルツバウの個性だろう。
 
 2002年頃からの、メルツバウの「動物シリーズ」の一環と捉えることも可能。
 しかしそのカテゴライズに、意味があるとも思えない。
 コンピュータの波形操作で、ループを中心に音像を埋め尽くす。

 凄みというより、余裕やユーモアを感じた。
 ハイテンションで駆け抜けても威圧しない。
 あくまで自分とノイズの対峙から即興的に産まれる、音素材を提示する。

 気負わずにメルツバウの感性を切り取った一枚と位置づけたい。

<全曲紹介>

1.Greenman(3:52)

 しょっぱなからガラガラと金属質のノイズが跳ね回る。さりげなくハーシュが加わって、苦々しげに歯軋り。
 基本のビートらしきうごめきを常にループさせ、上物が跳ねる。
 いっきに音像が構築されるものの、展開そのものはすこぶるシンプル。

 4分弱とメルツバウにしては短い曲のため、あっというまに終わってしまう感じ。
 エンディングはフェイドアウト。
 延々と続けずに、フェイドアウトで完結させた意図も興味あるところ。インタビューでこういうところ、突っ込んで欲しい。

2.Rock me booa(16:13)

 甲高いホワイトノイズと、低く唸る低音の対比のループが主体。
 でかい音で圧力を味わうなら印象は変わる。小音量だと、魅力は伝わらないだろうな。
 
 規則正しく鳴るパルス。吹き荒れる砂塵。
 視界ゼロの中、着実に前進。じりじりと。
 変化はごくごくわずか。いつのまにか音波形が変わってた。

 矢継ぎ早に電子嵐がさまざまな方向から叩きつける。
 しかしモーターの速度は、決して変わらない。淡々としたものだ。
 体全体がノイズの霧で覆われた。
 電子の包帯がじわじわ締め付ける。

 上で騒ぐノイズの奔放さをあざ笑うかのように、一定のビートを提示し続ける低音が、なんだか怖い。
 のめりこんで聴いてると、朦朧としてきた。
 唯一、理性を保つよりどころが、この低音のビートだ。

 なんだか不安すら覚えた。
 低音のビートに意識をしがみつかせないと、どこかへ流れていきそう。

 電子のうめき声がしばらく続いたあと、若干上がったテンポがせきたてる。
 復活する、高い音程のパルス。低音ビートはこのピッチを変えてたはず。
 次第に音が少なくなり、左右にパンしながら幕を下ろす。

 名づけられたタイトルは「淡々としたビートの繰り返しこそがロック」と、メルツバウ流の皮肉に満ちた曲なの?考えすぎかな。
 ストイックな構成だが、ハマると凄い曲。

3.Untitled 12 (13:22)

 いきなりフルスロットル。導入部分をぶった切り、盛り上がった瞬間から始まった。
 轟音ハーシュが炸裂。ゴムの板を曲げたような、コミカルな音が基本ビートがわり。
 ダブ風にリズムが微妙に揺れる。

 この曲(に限らず、どの曲も)、完全リアルタイムの一発取りで録音されたのか。"Untitled 12"ってことは、他の11曲があるはず。
 創作過程が気になる。だって同時に音が変化する部分と、順番に音が変化する部分、両方のイメージを感じたから。

 4〜5パターンの音素材を同時進行させてるようだ。
 どれもが脈動し、てんでに独自のループで自己主張する。
 ノイズが巻き付く印象の前曲とは異なり、こんどは降り注ぐイメージ。
 視界をさえぎる点ではいっしょだが、極小粉末が勢いよく噴出す。

 5分半過ぎ。鈍く、しかしユーモラスに低い音が幾度も飛び跳ねた。
 着地点の余韻は、大音響だとどんな風に響くんだろう。
 パイプオルガンの高音部だけを強調したような響きが、優しく幕を包む。 以降も表情を変え包み方を変え、さまざまな波形が跳ねる低音を装飾した。

 9分半で低音ジャンプは湿原へ進出。
 視界が晴れ、抜けがよくなった。
 全てが消え去り、思うさま跳ねる低音。
 泥を散らばせ、余韻はべしゃっとひきずる。

 カメラのアングルは地面へ下がり、あおるように低音ジャンプを捉えた。 
 大真面目な音との戯れが、頼もしくも楽しい。
 
 たまに別の音で飾ろうとするが、このサウンドに装飾は不要。
 えんえん同じ音が続くけど、ずっと場は保たれる。
 3拍子でねっちょりと飛んで着地した。

4.Herpos suite(26:35)

 吹き荒ぶ暴風雨。まっしぐらに正面から突っ込む。ループされるため、車に乗ってワイパーをせわしなく使いながら走る闇夜が頭に浮かぶ。
 右手にぼんやりと広い光がきらめく。
 
 風は強く叩き付け、ボディがわずかに軋んだ。
 規則正しくひしゃげる。しかし溶接部分は弾けずにこらえる。
 
 サンプリング・ループはぐるぐると繰り返し、次の音を引きつれる。しかしランダムぽさもそこかしこに。
 たぶんリアルタイムで波形編集したハーシュノイズを、そのまま録音だろう。
 
 ボリュームを上げるほどに視界が狭まる。
 濃密なノイズのカーテンは密度が詰まり、なかなか突き抜けられない。
 むしろ脈動するノイズそのものに活路を見出すべきか。

 徹頭徹尾、降りしきるノイズの雷雨。
 ともすれば単調になるはずだが。
 多彩に積み重ねられた音の奔流と、ひっきりなしに変化する音像に飽きる暇がない。

 切り取り、引き伸ばす。ざらざらした粒子を叩き付け、表面は依然としてささくれ立たせる。
 ひょろっと電子音での色付けも忘れない。

 甲高い音、きしきしきしきし転がる音。片端からノイズを叩き付け、常に刺激を用意する。
 そうか、このループこそが耳の取っ掛かりを作るチャンスなのかも。
 休みなく蠢くハーシュの連なりにしがみつくには、繰り返しの馴染みに頼るのがもっともたやすい。

 メルツバウはそんな甘えを許さず、すぐに次のノイズを差し込んでしまう。

 本盤でもっとも多くアイディアを詰め込んだ一曲。やはりこのくらいのボリュームが、のめりこむのにぴったり。
 12分くらい経つと足元を切り落とされ、鋭いノイズのベルトコンベアに載って前へ誘われる。

 ちょうど一息つけるのもこのあたり。いったんノイズが整理され、収斂。

 13分30秒。明らかに音世界が変わる。
 せわしなく白っぽいパルスで畳み込み、世界はがらりと白煙で燻された。 息苦しい。コミカルな電子の息吹が恨めしい。たやすく規則正しい呼吸に。

 冒頭とは違うタイプの濃雲が包みこむ。
 ぐっと耳なじみのいい電子音が高速ではしゃいだ。
 電子の息吹は継続して存在する。隙間はどこにもない。みっしり埋められた。

 ループがわずかにビートを提示するが、ときにノーリズムとなり不安をあおる。
 17分50秒。一気に宙へ浮かんだ。足元があやうい。
 今は雲の上。はるか下に広がる世界が怖い。このまま落下したら・・・。

 数分で不安定な世界へ移動し、上下の感覚があやふやになった。
 電子ノイズは鋭利にとがり、やみくもに穴を開ける。

 歯医者のノイズみたい。例えるなら大病院の歯医者。
 何人もが一列になって虫歯の治療をされる。ずらっと何人も。
 
 意識は一人へ集中する。淡々と貫く。磨き粉をふりかけながら。
 土台へ到達、少しづつ回転音に鈍い響きが混ざる。

 鈍い回転音のループ。同じ箇所を幾度もほじり、なかなか先へ進まない。 苛立たしげに繰り返される。
 そして、炸裂。またもや色合いが黒味を帯びる。

 回転に火花が混じる。明るく照らされ、さまざまな応援が加わる。
 カットアウト。あっけなく静寂が・・・。

  (2004.8記)

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