Merzbow Works

Scene (2005 waystyx)

Recorded and Mixed At - Bedroom, Tokyo
Music By - Masami Akita

 シンプルで骨太なリズムを根底に、音色の組み合わせを実験した盤。

 ロシアで活動の本レーベルが、初めて発売したメルツバウの作品。500枚限定でリリースされた。さらに100枚限定で"Early Computer Works"を併収した2枚組のバージョンもあり。
 なお音だけなら本盤は、MP3配信があって今でも容易に聴ける。

 ここではノイジーな音色によるオーケストレーションが明確だ。音構造や主役となる音色はくるくると変わる。けれども明確なビートがフィルター処理されながら、蔭に日向に常に存在を主張する。つまりインダストリアルな支配感が、ハーシュ・ノイズの奔放な混沌を制限した。

 非常にわかりやすいノイズだ。いや、音色以外はノイズとも言い難い。
 リズムとバッキングにソロといった対比構造のセッション的な場面もしばしば。それを秋田昌美ひとりきりで、本盤を録音したってところが本盤の特異性だ。
 デジタルの混沌とアナログの偶発性、さらに本盤ののちに傾倒するドラムとノイズの混交、さらにアナログ回帰の予兆も含めて。
 
 メルツバウは膨大な作品群のなかで、一曲たりとも同じアイディアを採用しない。
 したがってリアルタイムでは変貌がじわじわと感じられ、後年にさかのぼって聴き返すと、あざやかな一貫した変化が作品群からにじみ出てくる。
 一人のミュージシャンとして、変化していく様子が興味深い。

<全曲感想>


1.Part 1 1:29

 いきなり始まるハーシュと、鈍い金属質な4つ打ちの上下降するフレーズ。抽象的だが、くっきりわかりやすい構造だ。
 シンプルな音構成に留まらず、複数のノイズが並列して奥行きを出す。ここでは音色がノイジーなだけで、明確なアレンジだ。イントロのように、あっという間に終わる。じつはアウトロからのらせん構造ともとれるが。

2.Part 2 37:28

 鈍く低い打楽器の静かなパターン。拍頭を二回打ち、付点でふわっと伸びる。祭り太鼓を連想した。上物はガチャガチャと暴れる、やはり金属質の音。ところどころ連続性を感じる。ループかな、と思わせて全くの同じパターンでもない。この馴染ませないところが不安をあおりつつ、一方で低音打楽器のループが一定の小節感を提示し続けた。

 わかりやすく、ノイジー。楽器や音色がざらつくだけで、発想やアレンジはセッション的な生々しさがある。
 それをたった一人で作る点が、さまざまな複雑な要素を本盤に込めた。

 おもむろに噴出するハーシュなノイズ。ドラム・パターンのフィルター処理かのごとく。だがここではボリューム上げたときの音圧や、おそらくCDには封じ込み切れていない高低の周波数帯域を除き、雑音の混沌さは希薄だ。
 5分半過ぎにハーシュが更に加えられてすら、も。

 明確なバスドラのフレーズが執拗に続く。各帯域ごとにミックスはきれいに振り分けられ、混沌だが奥行きのピントは明確に整理されている。メルツバウならではの絶妙なオーケストレーション。
 続くのはバスドラのパターン、のみ。上物はどんどん変わっていった。

 聴きどころは7分過ぎから低音をまとってあらわれるノイズ。グラインダーのような錐揉みに変わり、音程感は低い。けれどもテーマからアドリブ・ソロへつながるセッションのようなドラマティックさを感じた。

 ドラムがふっと消え、同じパターンが手拍子のように響いた。本盤はスピーカーとイヤフォン、さらに聴く音量によって表情が変わる。
 スピーカーでは荒々しい奔流と体に触れるさまざまな周波数の快感、イヤフォンでは濃密で頑固な音隗が耳朶を強固に揺らした。

 揺れながらリズムがノイズの中で出し入れされ、14分過ぎにアップテンポなビートに変化した。シンコペート効かせたダンサブルさに変わる。深く暗いノイズの奥で、フィルター処理されエッジを様々に崩しながら。

 さらにリズムは軽やかに変わっていく。ノイズはか細いビートを補強するように細かくまとわりつき、極低音が同じパターンでリズムと揺れる。
 ハーシュが次第に消え、飾りのように変わった。19分経過したあたりは、クラブの轟音で映えそうなファンクネスすら滲む。

 新たな音が加わっていく。だがリズムは一歩も引かない。音色がじわじわ変わりながら存在感を主張し続ける。
 音色操作と周辺ノイズのバランスを取りながら、色合いを変え続ける構築美が凄い。

 ヒリヒリする緊張感が、最後まで持続する。だが、テンポ感はビートのパターンに支配され、動かない。このインダストリアル性が、本盤の特徴か。

3.Part 3 17:22

 小刻みに動くフレーズとハーシュの断片が素早くよじられ、暴れていく。低音は違う譜割で動いた。左右で小刻みに浮かんでは沈むノイズの対比がビート感を出すけれど、明確なリズムは無い。
 前曲とは対照的に、フリーな展開。けれども小刻みなノイズの上下が係留感を残す。

 ぐっと全体を静めて、新たなハーシュのそそり立ちへ。ときおりがらりと構成要素に変化をつけ、持続する単調さを常に回避し続けた。

 もし本曲だけを聴いたら、混沌なノイズに聴こえたかもしれない。だが前曲で30分位以上ものビートを浴びた耳では、この曲でも無意識に小節感を探してしまう。

 3分が経過して、音像で水中みたいなもどかしさと、目の前の生々しいざらつきの対比が現れるあたりで、ようやく耳がリズムから解放された。
 サウンドは妙にこじんまりとして、可愛らしく暴れていく。

 深い残響、一転してハーシュ。
 常に音像は変化していった。

 シンプルな音色は無秩序なようで、ところどころにループ感が漂う。これは幻想か。複数の音色ループをバランス変えながら並列させ、リアルタイムでフィルター処理して混沌さを描いているかのよう。

 世界は次第に過激さを増した。11分過ぎで低音成分がぐっと高まり、海中から陸上へ巨体は移動した。重力のくびきに負けず着実に進んでいく。表面が乾き、ざらつきを増した。てかり、鮮やかに光を反射する。空気中の汚れをまとい、ざらつきを増した。

 だが一筋縄ではいかない。それでも唐突にグッと音が絞られる。強烈な濃霧へ突入し、ばらついた。
 そして音色は打楽器に変わる。区切りなく、滑らかに。これまでの音はすべて、打楽器音色のフィルター加工だったのか・・・?

 15分過ぎにアナログ・テープ処理みたいな音が唐突に滑り込んできた。コラージュっぽい生々しさが、これまでのデジタル的な堅苦しさをきれいに色替えした。
 
4.Part 4 7:59

 冒頭から強くはじける音色とハーシュの嵐。持続する甲高い音域。リズムとノイズが一気に溢れ、やがて低音が奇数拍を踏んで4拍子を演出した。 5分前後で、肉声のような吼え声がそこかしこに聴こえる。終盤では低音のリズムが淡々と、しかし着実にうねった。
(4)では(2)の明確さと(3)の混沌が同時進行し、調和もしくは並列した。
 
 このクライマックスが最も短い。
 持続するビートを(2)でたっぷり聴かせ、印象を敢えて固める。自由なふりをした(3)で寛がせ、実はビート性の存在を最後に示した。

 そして双方を混ぜ合わせる心地よさを(4)で披露。本来、この世界観こそ存分に浴びたい。だがメルツバウはそんな期待すらも、さりげなく裏切る。

 もういちど、冒頭から聴いてみた。すると、冒頭にもそんな片鱗が現れていたと気づく。  
(2016/7:記)

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